その通路はローラの門と呼ばれていた。
 かの勇者王アレフが、ムーンブルクに進出したとき、二つの大陸をつなぐ掛け橋として重要な この通路を、かの愛しき王妃の名をとって「ローラの門」と名づけた。
 今は中立国、サマルトリアが管理する、全ての旅人にとって重要な拠点となっている。
「ここさえ通れりゃ、ムーンブルクはすぐなんだが…通してくれっかな?」
「大丈夫だよー。サマルトリアの兵士だし―。いこう、レオンー。」
 特に何も考えなく、ルーンは門へと突っ込んでいく。
「あ!ルーンバルト王子!レオンクルス王子!!」
 案の定声をかけられた。
(やっぱりじゃねえか…)
 頭を抱えながらもなんとかフォローしようとしたが、先にルーンが口を開いていた。
「こんにちはー。いつもご苦労様だねー。」
「いいえ!それが仕事ですから!!」
 生真面目に答える兵士たちに、ルーンにはにこにことねぎらう。
「ううん、ここはとっても大切な場所だもの。この大陸の平和全てを担ってるんだよ、 みんな。とっても偉いねー。」
「いいえ、そんな!」
「ここは、今日、異常ない?」
「はい!異常ありません!」
「そっかー、頑張ってねー。」
 そういいながら、ルーンはレオンを連れて、兵士の横を通った。
「はい、ありがとうございます!」
 直立不動でそう答えた兵士を、レオンは横目で見ながら、急ぎ足でローラの門を進んだ。
 そして数分後。ローラの門を通って。
「あ!!!しまった!!」
 という兵士の叫びが、ムーンブルクへと抜けた。


「さすがサマルトリアだよな…」
「えー、なにがー?」
「いや、あれで通してくれるっつーのがなぁ、なんつーか抜けてんだよな。」
「そんなことないよー。分かってて通してくれたんだよー。」
「いやさっき、しまったとか聞こえたような気がするんだが。」
「あははー、きっと気のせいだよー。」
 そんなのんきな会話をしていられたのも、ごくわずかな期間だった。
 ムーンブルクがあんなことになったからだろうか、ローレシア大陸とは比べ物にならないほど モンスターが凶悪だった。何度も血を流し、ムーンブルクのお膝元、ムーンペタにつく頃には 体力も魔力もほぼ尽きていた。疲れてへばりこむ。
「大丈夫ですか?旅人さん?」
 入り口近くにいた男が、レオンたちに声をかけてきた。
「あ、ああ、大丈夫だ。」
「お連れ様も平気のようですね、良かった良かった。ムーンブルクの用事の方ですか?」
「…いえ、ムーンブルクが崩壊してしまったことは、知ってるから。わざわざ声をかけてくれたのー?ありがとうー。」
 ルーンが言うと、男は苦笑した。
「いいえ、ムーンブルクがあんな風になって、ここには城に用があった方ががよく訪れるのです。ですが…モンスターも 活発になってきて、入り口で行き倒れる方も…そんな方を一人でも減らすために、有志が交代でここに立って旅人を出迎えて いるのです。」
「そうか、そりゃ立派だな。」
「いいえ。…旅人さん、ムーンペタの町にようこそ。ここは人と人が出会う町。どうかあなた方にも精霊の恵みが 降りますように…」
「うん、貴方にもね!!」
 ルーンが笑顔でいい、レオンも男に礼を言って立ち上がった。

「さてと・・・とりあえずムーンブルクのこと、知ってるやつがいるか調べなきゃな。」
「うん…もし、リィンがいるなら…きっとここにいてくれると思うから…いたら、いいな。」
「そうだな。」
 その町はとても普通に見えた。難民もほとんどいなかった。…つまり、ムーンブルクから逃げてきた人間が、 ほとんどいないことをあらわしていた。
「…めんどっちーな。」
「そんなことないよ。たくさん人と話せて楽しいよね。」
「じゃあ、お前に任せる。頼んだ。」
「うん、わかったよー。じゃあいこっか。」

 そうして、町をうろつく。
「どこかの塔の中に風のマントってえのがあるらしいぜっ! そのマントをつけてれば高いところから落ちてもむささびみたいにとべるんだってよ。」
「へー、すごいねー。」
「関係ねえだろ!そうじゃなくてよ、ところでムーンブルクのこと、知ってるか?」
 やはりルーンに任せておくとろくなことがない、とレオンは目の前のごつい男に聞いた。
「いや、崩壊したとは聞いてるぜ。モンスターの襲来だとか…」
「生き残ったやつはいるか?」
「…いや、きかねえな。なんだお前さんたち知り合いがムーンブルクにでもいたのか?」
「ああ、そんなもんだ。…誰も逃げられなかったのか?」
 暗い顔をして言うレオンに、男は頷いた。
「もし、誰か一人でも逃げてたらきっとこの町にもモンスターが来てただろうよ。城を 見てきたやつが言うにはそれっくらいひどい荒れようだったとさ。」
「そうなんだ…。」
「なんだなんだ、お前さんたち、惚れた女だったのか?」
 わざと明るく言う男に、レオンが顔を赤くして抗議する。
「ちげえよ!!あいつは…妹みてえなもんだよ!!」
「おーおー、顔を赤くしちまって。まぁ、めげんなよ、女は一人じゃねえよ。おお、そうだ。」
 レオンの抗議を無視して男が言う。
「そういやムーンブルク崩壊のあとに、一匹の犬が来たぜ。お城で飼われてた犬らしくって、毛並みのいい犬でな。 お前らの愛しい恋人の飼い犬かも知れねえぜ。」
「違うって言ってるだろうがよ!!!ちっ、もう行こうぜ!!」
「待ってよー。ねえ、その犬さん、どこにいるの?」
「いつも広場のあたりをうろついてるぜ。」
「そう、ありがとうー。」
 すでに歩き出していたレオンのあとを追いながら、ルーンは手を振った。


 遠く、音が聞こえている。声はいつも遠かった。頭には入ってきても、けして心には届かない。
 ただ考えることは、自らの不運。そして王族としての誇り。
 自分は、王家最後の一人。こんな姿で死ぬわけにはいかないのだ。死んでいった父と母の誇りにかけても。
 もしいつか誰かが助けに来てくれるなら。そのときは…
 考えるのはただそれだけのこと。遠くに見える、青の姿をぼんやりと眺めながら、 空なこころを握り締めていた。


 
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