既に暗くなった空に、儚く抵抗するように、赤の炎が燃えていた。…そして、その向こう側に、兵士が 座っていた。
「こんばんは。…貴方が、一番会いたかった人を、連れてきたよ。」
 ルーンの言葉に、兵士はハッとして顔をあげる。
「…あ、あなたは…まさか…」
 兵士はまだ新兵で、姫の側に使えられるような身分でもなかった。だが、そんな自分に声をかけてくれた誇り高き姫は、 自分の…いいや、自分たちの労働の原動力だった。
「リィン…ひめ、さま…?!ご無事でしたかっ!!」
 兵士は立ち上がり、そしてリィンの前にひざまずいた。
「申し訳ありません!わ、私は…王様や城の人たちを置き去りにして…逃げだし、ここでおめおめと生き延びて おります…」
 自分の目の前でそのひざまずく兵士に見覚えはなかった。だが、兵士の鎧がムーンブルク特有の型 であることくらい、リィンは知っていた。
「私はなんという情けない兵士なのでしょう…!もう、姫様に顔向けなど、とてもできませぬ…。」
 自分だけ、生き残ってしまったことの苦しみ。役に立たない自分が、今此処にいることへの後悔。そして、 みんなに対する申し訳なさが入り混じったキモチ。
 それは、今の自分そのままだった。そして…その懺悔ができるのは、ムーンブルク王家の生き残りで ある自分だけなのだと…気がついた。
「顔をあげなさい。もう…誰も貴方を責めることなど、できませんわ。」
「リィン姫様…」
「たった一人でも、城の人間が生き残ってくださったことを、わたくしは嬉しく思います。たった一人でも、 あの美しかった城のことを、語り継いでくださる方が、王国のことを、覚えてくださっている方が 生きてくださったことに感謝いたします。」
「そ、そんな…もったいないお言葉です。姫様…う。うぅぅぅ…」
 兵士は、感極まって泣き出した。レオンはなにやら難しい顔を、ルーンはいつもの にこやかな顔で、それを見守っていた。
「貴方は、あの城の最後の兵士。どうか誇りを持って生きてくださいませ。」
 そう告げる姫君は、まさにムーンブルク王家の生き残り。…威厳と誇りを持った王女が、そこに立っていた。
「…姫様!!ひめさま…うううううぅぅぅ…」
 泣き伏せる兵士を見ながら、レオンはすぐ側にいるルーンに小声で話し掛ける。
「お前、分かってたのか?」
「なにがー?」
「こいつが、リィンの助けになるってことが。」
 その問いに、ルーンは少し考えて、小さく頷いた。
「誰か一人でも生きててくれたら、リィンはきっと嬉しいかなって、僕思ったんだー。それだけだよー。」
 そうにっこり笑ったルーンを見て、レオンは小さくため息をついた。
(こいつには、こういうところ、一生適わねえだろうな…)


「姫様は…これからどうなさるのですか?」
 泣きやんだ兵士がリィンにそう尋ねてきたとき、リィンの時が止まる。
「もし、王国の再建をなさるのでしたら…私も微力ながらご協力させていただきたいと…」
 今の自分にできること。今の自分にしかできないこと。今の自分が…やりたいと、やらなくては ならないこと。
 気がつくと、リィンはまっすぐに前を向いていた。
「…いいえ。わたくしは…ハーゴンを討ちに参ります。父と母と…王国の仇を。そして…世界を 危機に追いやろうとしている者を、わたくしはロトの末裔として、そして…ムーンブルク最後の 王族として討つ義務があると思いますわ。」
「ご立派な、お心がけです、姫様!」
「貴方はここで、この町が混乱せぬよう、どうか力になって差し上げて。」
「はい!」
 …そうして頷いた兵士は、あの時炎に当たっていた兵士とは別人のようだった。
 懺悔を済ませ、自らのなすべき道を与えられた人間と言うのは、これほどまでに力強くなれるものなのだろうか。 レオンは感動すら覚えていた。
 そうして、リィンは優雅に礼をしたあと、レオンたちに語りかけようとして…振り返った。
「…貴方は、ハーゴンの顔を、見ました?」
 その言葉に、顔を横に振る兵士。
「…いいえ。それを見たものは…おそらく誰一人として、生きては…。お力になれず申し訳ありません。」
「いいえ、それで良いのですわ。それでは、わたくしたちは失礼いたしますわ。」
「はい!」
 そしてリィンは身を翻し、二人の元へ歩んだ。


「わたくし、ハーゴンを討ちに行きますわ。」
 宿屋へと向かいながら、リィンはそう二人に決意を話していた。
 そして、二人はその言葉を待っていたかのように言った。
「じゃあ、一緒に行くよ、リィン。」
「しゃーねーな、付き合ってやるよ。」
 にこやかに笑うルーンと、だるそうなポーズをとりながら立つレオン。
「で、ですけれど…」
 あまりにもあっさり言われ、リィンはうろたえる。
「おめー一人にいい格好はさせねーよ。」
「リィンが良ければ、僕も一緒に行くよ。…構わない?」
「だめですわ…だって、わたくしは…」
「いーからとっとと行くぞ!おめーがいりゃ少しは楽になるな。」
 レオンのその言葉に、光明を見出すのは、はたして罪だろうか。
「いいんだよ、リィン。レオンはね、最初っからそのつもりだったんだよ。」
「ああ、俺はハーゴンを倒してあのアレフ様と同じような、勇者にきっとなってみせるぜ!お前だって そうだろう?リィン。」
 レオンの言葉は、いつもリィンを誇り高くしてくれる。戦う気力を呼び起こす。
 レオンはリィンにとって、まさに竜の勇者そのもの。勇敢で、少し荒っぽくても前向きで。その姿と あいまって、本物そのもののようにさえ見えた。
 …そんなレオンを、リィンはずっと好きだった。
 だからこそ、気がつくと言っていた。
「わかりましたわ。わたくしが仲間になってさしあげますわ。感謝してくださいましね。」
 一瞬の沈黙のあと、二人が笑った。
「おっし、それでこそリィンだ!」
「元気が出たみたいだね、リィン。良かった。」
「なんだか失礼なことをおっしゃってません?」
 …しばらく不安は忘れることにした。疑問も、不安も…黒いキモチも。心に奥にしまって、誇り高く笑っていようと、 リィンはそう思った。


 夢を見ていた。…それが夢だと気がついているのは、とても不幸なこと。
 かつてあった幸せな現実を、レオンは夢に見ていた。
 ローレシアの近くの丘。こっそりと抜け出して、大切な人に逢っていた。
 約束の丘の上で、黒に近い深い蒼の髪が揺れている。  その人は、嬉しそうにレオンを呼ぶ。
「そんな風に呼ぶなよ!!」
 レオンがそういうと、その人はにこやかに笑う。
「いい名前だと思うけど、何が嫌なんだい?」
 いつも笑っている人だった。くしゃりと、レオンの頭を撫でる。
「だって…俺には似合わない…母上が付けてくれたけど…」
「そんなことないよ、いい名だよ、レオンクルス、獅子の十字架。お前はただ、本能のまま戦うわけじゃない。 戦う理由をもって、戦う。そう言うことだよ。」
 その人は物知りで、間違ったことは言わない。その人にそう言われると、不思議と自分の中の 迷いとかコンプレックスとかが抜けていく。
「そういわれると、なんとなく嬉しいな。」
「似合ってると思うよ。今までも、これからも自分の名前を誇りにして生きていけば、きっと憧れているような勇者に なれるさ。」
 そう言って笑うその人こそが、レオンが憧れる、もう一人の勇者。その目を見ながら、まっすぐに言った。
「…俺、アレフ様もいいけど、そういうふうにもなりたい。」
 そういうと、その人は突然真顔になった。口を開く。
「駄目だ。自分みたいになったらいけないよ。」
 優しい言葉には、少しの後悔が混じっていて。
「どうしてだよ、フェオ!!」
 そう言って、レオンは飛び起きた。


戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送