(…?)
 当然、目の前にはその人物はいない。ただ、安らかに眠るルーンが隣のベッドにいるだけだ。
(…ねぼけてんな…俺…)
 もそもそと起きだして、ルーンのベッドを蹴った。
「おら、起きろ、ルーン。」
 強引に起こして身支度をする。
(あの時…あいつなんて言ってたんだっけ…)
 着替えながらぼんやりと思い出す。…そうして、思い出せそうになった直前。
「おはようー、レオン。今日はこれからムーンブルクに行くんだったよね?」
 ルーンの声に、夢の欠片が消え去った。
「ああ、そうだよ!とっとと支度しろよ!!」
 レオンは八つ当たりをこめて、ルーンのベッドをもう一回蹴った。


 それは風のそよぐ、気持ちのいい朝。
 食事を終えて、三人はムーンブルク城跡へ、出発していた。…たとえ何も見えない魂でも、 リィンは逢うべきだと考え、リィンもそれに同意した。
「なぁ、リィン」
「なんですの?レオン。」
「ハーゴンは、どんな風に攻めてきたんだ?お前はどんな風に犬にされちまったんだ? 「……」
 振り返るレオン。リィンはとても苦い顔をしていたが、ポツリポツリと話し出した。
「…あれは、わたくしの精霊の儀式の直前でしたわ。全て準備が整ったその時…。ご存知の通り、 ムーンブルクの精霊の儀式は秘された儀式。…もし、そうでなければもう少し早く気がつけたのでしょう。 わたくしたちが気がついたときは既に…ハーゴンは城内に侵入していたのです。」
 ムーンブルクの精霊の儀式に使われる部屋は、代々隠された地下室だったとリィンは語った。…それは、 あの兵士が死んでいた地下室だったのだろうか。
「遠くで叫ぶ声がしましたわ。そして…いぶかしがる暇もなく、モンスターたちがその部屋に入り込んできたのです。 それから…わたくしは犬にされ、父と母はハーゴンに殺されました。…それから後のことは存じません。」
 語り終えたリィンに、ルーンは疑問を投げかける。
「…リィンは、ハーゴンに犬にされたのー?」
「…そうですわ。」
 リィンは痛々しげに顔をしかめる。その感情を慮りながらも、ルーンは言った。
「じゃあ、リィンはハーゴンの顔、見たんじゃないの?」
「そーいや、そうだよな。見てねえのか?」
 暫くの沈黙。そして。
「…見ましたわよ。あの儀式に乱入してきたモンスターの先頭にいたのが、ハーゴンでしたから。」
「じゃあ、なんであの兵士に聞いたんだ?」
「…もし見ていたら、危険だったからですわ。」
 リィンはこちらを見なかった。二人はそのことに疑問を覚えなかった。
 だが、リィンのその顔は、余りにも張り詰めていた。
(もし、見ていたら…)
 わたくしが、あの兵士に手を下さなければならなかったかも、しれない…


 青空の下のムーンブルク城はそこだけ暗雲立ち込めているような雰囲気だった。 リィンもその有様は覚悟していたのだろう、何も言わずに入っていく。
「お父様は、玉座に?」
「ああ。俺たちが行った時にはそのあたりにいた。」
「まともに話せないかもしれないよ…気にしないでね。」
「ええ、それでもお父様に逢える事は、幸福に思っておりますわ。…死人には逢えないものですものね、普通。」
 そういう顔は、普通の顔だった。少し笑って見せたりもした。
 その顔が、どこか遠くにあるように、ルーンは思えた。…無理をしてはいないだろうか。それだけが 心配だった。
 その心が、壊れてしまわなければいい。それだけを願って王の間へ向かった。

 あいかわらずふよふよと浮いている人魂。
「…だれか、おらんか…。わしは、この城の主…ムーンブルクの王の魂じゃ…誰か、おらぬか…」
「お父様!わたくしです!リィンです!お父様…」
 父親にすがりつく肉体がないことが悔やまれた。
「お父様、リィンは無事ですわ!お父様と、お母様のおかげです!」
 そう呼びかけるリィンに反応せず、ただひたすら人魂は、ふらふらと動き回っていた。
「誰か…おらぬか…わしは…探さねば…」
「もう、何も見えないらしいんだ。わりぃな。」
 レオンの言葉に、リィンは気丈にも笑って見せた。
「いいえ、これだけでも、わたくし構いませんわ。」
 そう言った、矢先だった。王が、こう口にしたのは。
「帰ってきてくれたんじゃ…フェオ…やっと帰ってきてくれたんじゃ…フェオ…どこじゃ… どこに…おるんじゃ…」
 リィンの顔が、一気に真っ青になり、そして赤くなるのが見えた。
「…どうして…」
 手がわなわなと震え、怒りと悲しみで美しい顔がゆがんでいる。
「どうしてですの!わたくしはずっと一緒にいたのに!どうしてどうしていつも兄ですの!! どうしてお父様もお母様も、兄しか見てくださらなかったの!どうしてわたくしでは駄目でしたの!?」
「リィン、落ち着いて。もう、王様、聞こえてないんだよ?」
 ルーンがなだめるが、リィンにはその声こそが聞こえてはいなかった。ただ、 いまだ兄を探し続ける父に、叫びながら抗議するだけだった。
「どうして、死してもなお、兄を…兄だけを探されるのですか?…お父様を殺したのは、…ハーゴンは、兄じゃ ありませんか!!!」

 一瞬の沈黙のあと、聞こえたのは、レオンの感情のない声だった。
「…なんだと…リィン…お前、今、何を言った…」
 その言葉に、徐々に怒りが含まれていくのが分かる。
 リィンは、レオンを見もしなかった。
「わたくしの兄が、ハーゴンです。だからこそわたくしは、ムーンブルク最後の人間として、その恥を 正しに行くのです。」
「馬鹿な事言ってんじゃねえ!!あの人が、そんなことするはずねえだろ!!」
 リィンは振り向いた。恐ろしいほどの目で、レオンをにらむ。
「貴方に何がわかるとおっしゃるの?」
「お前よりはフェオのこと、よく知ってるぜ!俺とフェオはずっと親友だったんだ!!あの人は本当に高潔で、 まっすぐで…だから絶対そんなことするわけねえ!今すぐ取り消せ!!」
「レオン、貴方…フェオのことご存知ですの…?」
 レオンは怒りながらも頷く。
「ああ。俺はフェオが幽閉される前から知ってた。…国を出奔したあとからもちょくちょく会ってた。」
 そう聞いて、リィンは逆に少しだけ冷静を取り戻したようだった。少し皮肉に笑ってみせる。
「なら、逆に話が早いかもしれませんわね。わたくしは、兄の顔を見ましたわ。いいえ、わたくしは兄の顔を 覚えておりません。ですが、父と母は言いましたわ。兄の名を。…実の親がお間違えになるとお思いですか?」
「そんなの…」
 言い返そうとするレオンの言葉を、リィンはふさぐ。
「そして、兄は喜び寄ってきた両親を、自らの手で殺しました。そしてわたくしを犬に変え、草原に放り出したのです。」
「それが何だって言うんだよ!」
 レオンは既に、冷静さを欠いていた。
 レオンにとって、フェオは大切な人だった。親友とも、師匠とも言える人。その人の名誉が汚されるのは、我慢できなかった。
「…なんだってそんな…フェオがそんなことして、なんになるって言うんだよ!!」
「判っているでしょう?わたくしはもうとっくに16年生きているわ!!けれどわたくしは名に ロトを冠することをいまだ許されていないわ!!!わたくしは、いまだリィンディア・ルミナ・ムーンブルクですのよ?!」
 精霊の儀式を受けることを16年間楽しみにしていた。それを、支えに してきたとさえ言える。…だが、それは結局叶わなかった。その思いがリィンを突き動かす。
「リィン、落ち着いて…」
 ルーンの言葉は、どちらにも届いていない。
「ざけんな。そんなの、そんなのあの人には関係ねえ!!!」
「本当にそう思って?わたくしの誕生日はわたくしの身内以外誰も知らないのよ?そして、ムーンブルクの王家の者が、 精霊の子供になる儀式の事は、あなた方にさえ知られてなかったはずよ?!ええ、わたくしはいまだ、精霊の こどもではない、ただ人なのよ!!あなた方と違って!!!」
「…何が言いたいんだよ!」
「…兄の目当ては、ムーンブルクに伝わる秘宝。その厳重にしまわれた宝を取り出す唯一の時を狙ったのです。 でなければ、他人が決して知らない地下室を探り当て、秘宝を奪ったりはしないでしょう?」
 レオンの、反撃の言葉が、切れてしまった。だが、それでも小声でつぶやいていた。
「…俺は、信じねえ…あいつが…フェオがそんなことするなんて…絶対信じねえ…」
「現実を直視しないのが勇者ですの?貴方はハーゴンを倒して勇者になるとおっしゃいました。…それを破ると おっしゃるのですか?」
 畳み掛けるように言うリィンの言葉を、ルーンは押しとどめた。
「とりあえず、宿屋に帰ろうよ。…眠っている人の場所で騒ぐのは、良くないと思うから。」
 その言葉にしぶしぶ頷いた二人を連れて、ルーンはムーンペタに向かった。


   リィン登場、から怒涛の展開に…と読んでくだされば嬉しいです。まだわからない謎も多々おありでしょうが、 次回ゆっくり解説ルーン君が解説してくれる予定です。つまり次回は動きなし!と…すみませんすみません 頑張ります。
 会ったとたんに喧嘩してるレオンとリィンですが、蒼夢の作品は基本的に「仲良し」を信条と しております。いがみ合いながら旅、ということにはならない予定ですので、安心してご覧くださいませ。
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