レオンはため息をついて、続きを話し出す。
「で、だ。そっから3年後。フェオは国を出たんだ。どうしても僧侶になりたくて。…ここまでは文句ねえよな、リィン?」
「ええ、わたくしも兄のことはそこまで聞き及んでおります。神官になりたかったというのは初耳ですけれど。」
「なんて聞いてたのー?」
 ルーンの言葉に、奥歯をかみ締めて、リィンが吐き捨てる。
「国を捨てたと、次期国王の地位を拒んだと、わたくしはそれだけ聞いておりましたわ。」
 ぎりりという歯をかみ締める音が、痛々しかった。
「まあ、でだ。…実はそのあと暫く…三年位かな。フェオは、ローレシアにいたんだ。」
「なんですって!」
 リィンが立ち上がって叫ぶ。
「お父様は国内のみならず世界中探したとおっしゃってましたのに…ローレシアで匿ってたんですの?」
「ちげーよ、落ち着けよ、お前は。…ローレシアの港町だよ。そこの小さな教会で世話になってるって言ってたよ。」
 ローレシアの港。それはローレシア城の北にある港だった。その周りには町があることは二人とも知っていた。
「灯台下暗し…ということですわね…」
「どうやって教会で見習いやったのかとか、どうやってムーンブルク兵の探索から逃れたとかは 聞くなよ、俺だって知らない。俺はフェオが働いてるところを見たことはねえし、教会に行かなかったからな。」
「レオンが行かなかったんだー。てっきり抜け出して遊びに行ったのかと思ったのにー。」
「…俺、そのとき8才かそこらだぜ?それに…まぁ、フェオに止められたしな。でも、時々は遊びに来てくれた。 仕事の合間をぬって、俺の部屋の近くの窓にハンカチをくくりつけてくれるんだ。それが合図。それを見たら 俺はいつも近くの草原に行くんだ。そこでよく剣の稽古をつけてもらったりしたんだぜ。」
 そう話すレオンは、かつてフェオのことを話してくれたときと同じ。…とても嬉しそうで。
 リィンにもそれが伝わったのだろう。悔しそうな、それでいて少し和んだ顔をしていた。
「で、今から7年前…俺が11のときだった。フェオがここから旅立つって聞いた。遠くの大陸の教会で厄介に なるって、それだけ最後に言ってローレシアの港から船で出た。…あとで教会のじーさんに聞いたら、そこは 身寄りのない人間を引き取って育てたり、神官としての修行をさせることで有名なんだと。場所とかは 俺はしらね―よ。…俺が知ってるのは、それだけだ。」
 語り終えてルーンを見た。リィンもルーンに視線を移す。
「で、だ。フェオがそんなことするとは俺は思えねえし、信じられねえ。…この中でフェオのことを 知ってるのも俺だけだ。お前はどう思うよ、ルーン。」


「…僕ね。ずっと考えてたんだよ。フェオさんはハーゴンなんじゃないかって。」
「お前…」
 レオンの言葉を、リィンが手で制す。
「それはどうしてなの?ルーン?」
「うん、あのね。どうしてリィンが生きてるのかなって。リィンはハーゴンに犬にされたんでしょう?でもね、 ハーゴンがただ宝を狙うだけだったら、リィンを犬にする理由もあんなにたくさん城の人を殺す理由もないような 気がするんだ。宝だけ奪って逃げちゃえばいいんだよ。」
 ルーンの言葉に二人は無意識に頷く。
「だからね、ムーンブルクの国に恨みがあったんじゃないかなって。レオン、フェオさんが幽閉されてたって言ってたでしょ? たとえばフェオさんが…王様の子じゃなかったら。…リィンのお母さんにこんな事言うのはとても失礼なんだけど、 不義の子だとしたら。王様がその事に気がついて幽閉されてて、…そのうち命の危機を 感じた。自分の身を守るためにフェオさんが国を出て、でもその事をずっと恨んでたら。 王様と王妃様は恨まれて、フェオさんのことを認めない 城の人間も殺されちゃって。…でも、リィンはなんの罪もない、片方だけでも血のつながりを持った妹。… どうして殺せなくて、犬にするしかなかったとしたら、一応つじつまは合うよね。」
「そんなことねえぞ?フェオは王様にも王妃様にもどっか似てたと思うぞ。それに…それならロト王家じゃない。 精霊の儀式は受けられない。」
 レオンの言葉にリィンはただうつむいた。
「うん、今のはただの推測だよー。ただね、僕、ここ20年くらいしか分からないけど ムーンブルクの王家が治めてる教会にハーゴンて名前の神官はいなかったはずなんだ。だから単純にフェオさんかなって。」
「お前…他の国の神官の名前、暗記してるのか…」
 勉強が大嫌いなレオンが、体を傾けながらかすれた声を出した。
「ううん、ムーンブルクの国のことを聞いたとき、書庫に入って調べたんだよ。うちには20年くらいの歴史しかなかったし、 ちゃんと名前順の一覧があったから、そこを見てみただけ。リィンなら、もっと詳しく知ってるんじゃないかなぁ?」
 ルーンはずっと黙っていたリィンに会話を振った。
 リィンは、ずっと黙っていた。顔をうつむけ、重い沈黙を保っていた。
「大丈夫かよ?リィン。」
「…どうしたの?リィン?怒っちゃった?」
「いいえ…」
 重々しく、リィンが顔をあげる。
「ルーン、その推測は間違っておりますわ。…それはわたくしのことです。」


 二人の表情が固まったのが分かる。
「…どういうことだ?」
「リィンは…」
 ルーンは皆まで言うことができなかった。口をつぐむ二人に、リィンが追い討ちをかける。」

「わたくしは…ロト王家の者ではないかもしれない。…そういうことです。」
「…そう、なの…?王様が、そう言ってたの?」
「いいえ…お父様は何もおっしゃいませんでした。お母様もです。」
「ならなんでだ?」
 レオンの言葉に、リィンは薄ら寒い笑いを浮かべた。なまじ顔が美しいだけに、恐ろしい迫力があった。
「…父も母も、わたくしが精霊の儀式を受けることを、最後まで反対していらっしゃいましたから。」

「…それだけ、か?」
 レオンの言葉に、リィンは頷く。
「それだけ、といえばそれだけですわね。それも直接言葉に出して反対されたわけではありませんわ。 …ただ、わたくしはお父様にもお母様にも似ていませんわ。そして… お父様はおそらく一度もわたくしに王位を継がせることをお考えにならなかった…。」
 そういうリィンの顔は確かに、がっしりとした父親の面影も、丸く愛らしい母親の面影も残していない。… いや、こう言ってしまってもいいかもしれない。ムーンブルクにあった肖像画のどの人物にも、リィンは似ていなかった。
 人並み外れた美しさは、同時に城全体からの孤立をしめすことでもあったのだった。
「そして、わたくしが16に近づくにつれて、父はわたくしを城から追い出そうとしてらした…修行、結婚、瞑想、視察 …理由はさまざまでしたが、どれも16の誕生日をまたいだ計画だったことは確かですわ。」
 それがいかにありえないことだったかは、精霊のこどもである二人にはとてもよく分かる。
 ロト三国ではどの誕生日よりも…いいや、国王の葬式をのぞけば、どの儀式よりも重視される一大イベントである。 葬式で延期された例はまだなかったが、逆に近親者の結婚式を精霊の儀式と重ならぬよう調整した例などは数知れない。 他国の戴冠式を出席を断った例すらある。それくらい重要な儀式なのだ。
 その儀式を、よりにもよって本人に欠席を呼びかけるようなことをするなど、考えられない。
「ムーンブルクの精霊の儀式は、他国より特別なものだと聞いておりました。ロトの遺産を掲げ、抽象的に 祝福を得るのではなく…ローラ姫の遺産により、直接的に何かを授けられるのだと、言われておりました。」
「どういうことだ?」
 レオンの新たな問いかけに、リィンは首を振る。
「申せません。もう亡きものになったとは言え、それはムーンブルク最大の秘儀、秘宝にまつわる話になります。 他の者に公言するわけには参りませんわ。…それに、もう、すでに終わってしまった話でもありますし、わたくし自身、 その儀を受けていないのですから。」
 そして、リィンは一呼吸置くと、二人をまっすぐに見た。
「…わたくしは楽しみにしておりました。精霊の儀式をすれば、その謎が全て解かれるのではないかと。 もし、無事にロトの名を得ることができればわたくしは…その時こそまっすぐに両親の顔が見ることができると。 得ることができなかったことができなかったとしても、その時は真実を聞く事ができましたのに…。」
 その機会は永遠に失われてしまった。真実も何も分からぬまま、両親とまっすぐに語り合うことも できないまま…全ては終わってしまった。
「ただ、死してなお、自らの仇であるはずの兄を探していた父を見ると…出て行ってしまった兄の帰りを ひたすら跡目を継がせるために待っていた父を思い出すと…やはりわたくしには血のつながりはなかったのではないかと 思わざるを得ません。」
 そう言って、この話を締めくくった。


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