「セラ、駄目だよ。」
「どうして、どうして駄目なの?」
 大きなエメラルドの目を潤ませ、兄に訴えかける。
「とっても危ないんだよ。セラ。」
「危ないのはおにいちゃんも、リィン姉さまもレオン様も一緒よ!どうして、セラだけ駄目なの?」
 リィンはセラの目線になるためにしゃがみこむ。
「セラは女の子だもの。旅なんて女の子がすることではないのよ」
「リィン姉さまだって女の子です!わ、私だって戦えます。魔法だって使えます!」
「…わたくしだってお城があんなことにならなければ、自らを旅の身に置くなんて、考えても みなかったわ。だから、セラにはそんなこと、してほしくないのよ。」
 その言葉に、セラがハッとする。
「ご、ごめんなさい、リィン姉様…でも、だからこそ、セラはリィン姉様たちの力になりたいんです。… それに、お兄ちゃんもいなくって、お城の中にひとりぼっちで…」
 後ろから、ルーンがセラの頭をなでる。
「セラはまだ小さいから、お城にいていたほうが良いよー。僕たちそういってくれるだけで 十分うれしいからー、ね?」
 その言葉に真珠のような涙をぼろぼろと流す。
「セラが…小さいから…。遅く生まれちゃったから…。…もっと、早く生まれたらよかったのに…」
 それが子供のわがままだと、セラ自身にもわかっていた。
 泣き喚いても、迷惑にしかならないと。…それがさらに嫌われるだけだとわかってはいた。
 側にいたかった。三人の仲間になって旅立ちたかった。それが無理だとわかっていても。
「もっと早く、生まれたかった…」
 泣きながらそうつぶやくことしかできなかった。

「生まれた時期にも、意味があるんだ。」
 低い声が、上から響いて、セラは顔を上げた。
「意味がないことなんて、何一つありません。姫には…姫が13年前に生まれたことには、きっとちゃんと意味が あります。今意味があることなのか、将来意味を成すのかはわからないけど。」
 それは、レオンの声だった。いつもどおり、硬く無骨な声だったがセラは泣き止み、レオンの目を見た。
「…もし、今意味があるんだったら、…それは多分この城でルーンの帰りを、三人の帰りを待ってくれる 事だと思います。私は、親に反対されて城を出てまいりました。 …ルーンもそうでしょう。…リィンは待ってくれる人がいない。…だから、姫だけです。 すべてを成し遂げた後「おめでとう」と言ってくれるのは。私たちの 戦いの無事を祈ってくれるのは、姫だけです。それは多分、仲間になるのと同じくらい力をくれるものだと 思います。」
「本当?」
「本当です。」
 レオンが言うのと同時に、ルーンがセラを抱きしめた。
「僕、セラにお土産話、するからね。楽しみにしてて。僕もセラが待っててくれるからがんばるよー。」
「そうですわね…今、わたくしを迎えてくださるのは、セラだけかもしれませんわ…どうかここで待っていてくださいね。 そして、もしもすべてが無事に終わったら…その時は笑顔で迎えてくださる?」
 その言葉に、セラがようやく頷いた。
「わかりました。ご武運をお祈りします。ずっとここで待ってますから…だから、レオン様。無事に帰ってきてくださいね。」
「ああ、…約束します。」
 レオンはそれだけいうと、顔をそらした。
「いってまいりますわ、セラ。セラも、お元気でね…。」
 リィンは笑顔で、セラにそう言った。
「リィン姉さま。どうかお元気で…。」
 礼儀正しくセラは一礼した。そして、
「お兄ちゃん…がんばってね。ちゃんとレオン様や、リィン姉様の役に立たないと駄目だよ!」
「うん、がんばってくるねー。」
 最後にぽんぽんと、軽く頭をたたいて、ルーンは笑った。
 そうして、旅立つ三人はまた窓から出て行く。
 それを見送るしかないセラは、せめて最後まで見送っていよう、そう思った。


「…意外でしたわね。」
「うん、ちょっとびっくりしたよー。」
 顔を見合わせて言う二人に、レオンが怒鳴りつける。
「何がだよ!」
「レオン、セラを慰めてくれてありがとうー。」
 ルーンはにっこりと笑うが、
「女性にあれほどの親身になった言葉をおかけになるなんて、レオンらしくありませんわね。 ずいぶんお優しいこと。女性が苦手だとおっしゃってたのはどうやら偽りだったようですわね。」
 とげのある言葉でリィンがダイレクトに言った。
「ちげーよ。…俺も、あるんだよ。…同じように泣いたことがよ。」
 かつて、言ったことがある。『もっと早く生まれればよかった。』そう泣き叫んだことがある。
「だから、さっきの言葉もそん時言われた受け売りだ。俺の言葉じゃねえよ。」
 優しいのは自分じゃない。優しいのは…。
「フェオ、さん?」
 自分が考えていたことをルーンが口にした。
「何がですの?」
 とたんにリィンの顔に怒気が宿る。
「レオンが早く生まれたかった理由だよー。レオンとフェオさん、年が離れてるからかなーって。」
「…そうなんですの?」
 射るようなリィンの目をあっさりかわし、レオンは否定した。
「ちげーよ。…まぁ、もうちょっと年が近かったらいいと思ったことはあるがよ。…でも、 さっきの言葉はフェオが俺に言ってくれた言葉だ。」
 それだけを言って、その会話を無理やりに中断させた。
「しかしこっからムーンブルクの方に戻んの、めんどくせーな…」
「まぁ、それは初めからわかっていたことですけれどもね。まさか気がつかずに提案された わけではないのでしょう?レオン?」
 ちくちくと冷ややかなリィンの言葉が刺さる。
「てめえな!…たく、なんだってんだよ…」
「当然のことですわ。わたくし、何かおかしなことをいいまして?」
 あわや一戦が始まろうというとき。
「大丈夫だよー。」
 ルーンがにこやかに笑う。
「何が大丈夫なんだよ?」
「二人ともー。もっと近くに寄ってくれるー?」
 レオンの言葉をスルーしてルーンは呼びかけた。しぶしぶ二人は近づく。そして。
「ルーラ!」
 一気に呪文を唱えて、三人は空を飛んだ。


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