ムーンブルクの西の祠を抜け、三人はドラゴンの塔へと進んだ。 ムーンブルク以西はまだまだ未開拓地であった。その理由は広大に広がる砂漠にある。
 大陸の先に立った二つの塔がドラゴンの角ならば、その砂漠はドラゴンの背の位置にある砂漠だった。 広く、暑く、人を拒むように広がる砂漠だったが、ドラゴンの塔の橋が架かっていたころは 人の往来が多く、旅路として親しまれてきた砂漠だった。
 今三人がいるオアシスはその名残だろうか、きっちりと整備されていて、野営をはるのに苦労はなかった。

 星空の下、毛布に包まれながら寝ていたリィンだが、ふと目を覚ます。
「わり、起こしたか?」
 その気配を感じたのだろうか、火の番をしていたレオンが話しかけてきた。
「…今はレオンの番ですの?」
「おめーは今日はいいぞ。ゆっくり寝てろ。」
「…眠れませんわ。山脈を歩いていたときはあまりに疲れていてぐっすり眠れましたけれど、少し 体力がついたのかしら、地面が硬いのが妙に気になりますわね。」
 そういいながらリィンは起き上がり、レオンの隣に座る。
「まー、俺もさすがにこう野宿が続くと、ベッドのありがたさが良くわかると思うけどな。」
「ルーンは寝てらっしゃいますの?」
「ああ、あいつは一度寝ると起こすまでぐっすりだぜ。」
「そう。」
 安堵の息を漏らすと、リィンはレオンを見つめた。
 レオンの顔は火に照らされて、よく見えた。
「…暖かいですわね。」
「まぁな。しかし砂漠は夜、冷えるな。昼はあちーのにな。」
「…もう少し、寄ってもよろしくて?」
 その言葉に、弾かれたようにリィンを見る。
 リィンの顔も、赤かった。それが火のせいなのかはレオンにはわからない。だが、その顔が妙に妖艶にも、 そして頼りなげにも見えて、レオンは顔をそむける。
「…、勝手にしろ!」
「じゃあ勝手にしますわ。」
 そういってレオンの側へぴったりとくっつく。お互いの体温が、二人を暖める。

 妙にリィンの体を意識する。リィンから漂ってくるよい匂いが、レオンを落ち着かなくさせる。
(あー、くそ。なんなんだよ、これは!)
 急いで遠ざかりたいが、そうも行かない。むりやり意識から引き剥がし、レオンは火に木をくべた。
「…レオン、ずっとわたくし、聞きたいことがありましたのよ?…よろしいかしら?」
「なんだよ。」
 リィンは一度ルーンを見、寝ていることを確認してレオンに聞いた。
「親が決めた婚約をレオンが嫌がっていたのは存じてましたわ。 なのに…3年もたってからわたくしとの婚約に同意したのはどうしてですの?」
 あれは、13年前。セラフィナ誕生式典の時だったと記憶している。ローレシア国王と リィンの父が内密に二人を呼び寄せ、婚約を言いつけた。
 レオンは父を怒鳴りつけ、断固拒否をしていたのを覚えている。そして、父に捨てられ、レオンに拒否を されたと感じたリィンは、一人その部屋から出て、ラダトームの庭で、なだめられるまで泣いた。
 薔薇の生垣。ただひたすら泣いていた。
 その時から、自分はずっと変わる事はない。
『お前はいらない』
 ずっとそう言われて生きてきたようなものだった。いらないもの、必要のないもの。
 誰かに必要とされたくて、ずっと誰かに必要とされたくて。
 薔薇の生垣で、ずっともがいていた。


「親同士が盛り上がっていても、レオン自身は拒否してらしたことは…父からも聞かされておりました。 なのに7年前、父が貴方が婚約に同意したと嬉しそうにわたくしに報告して参りましたわ。 …どうしてですの?」

 リィンが言いたいことはわかる。6年の月日がたって、何故と思うだろう。…だが、 いえるわけがない、本当の理由など。
「おめーは、嫌だったのかよ。」
 苦し紛れに言った台詞にレオンが赤らむ。
(そんなこと聞いてどうするつもりだ、俺は!)
 どう答えられても困る答えだった。そして、その答えにどう返せばいいかもわからない。
 ちらりとリィンを見る。だが、直視できない。
「…別に嫌ではありませんでしたわ。とりたてて喜ぶほどのことでもありませんでしたけれどね。」
 いつもの調子で皮肉を混ぜて言うリィンの言葉に、レオンは安らいだ。

 嘘だった。嬉しくないなんて。
 本当に嬉しかった。初めて必要とされた気がした。
 …本当は、ずっと好きになってほしかったのだ。レオンに。
 そうすれば、自分にももっと自信がもてる気がした。
(可愛くない、自分。)
 ここで嬉しかったとも言えない。可愛くない自分が本当にに嫌だった。
 だが、そんなことを気にしてないふりをして、問いを重ねる。
「それで、どうしてでしたの?」
「別に…ただ。おめーは強ええだろ。泣かねーし。俺は女は苦手だけどな。おめーは別に苦手じゃねえし。 …それだけだ。」
 レオンのその言葉は、嘘ではなかった。
 リィンは唯一、苦手ではない女性。
 ”女とは足手まといになるやっかいなもの”と思っているレオンにとって強く共に戦える 相手はとても貴重で…大切な存在だった。
 そして、伴侶とは何をおいても守るべきもの。守りたいと願うもの…守ろうと決意したあのときに、 レオンは婚約に同意したのだ。


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