精霊のこどもたち
 〜 港の恋の物語 (前編) 〜

 塩の匂い。故郷では考えられないほど、多種多様な人々。道々に並ぶ露店たち。そこで 売られる、見たこともないような果物や魚。そして楽しそうな人々。
「とってもにぎやかだねー。」
「すげえ活気だな。」
「まぁ…品物をそのまま地面に置いてしまうなんて…汚くないのかしら…?」
 故郷では考えられないほどの活気。たくさんの物に、三人は圧倒されていた。
 街は異国の装束を着たものたちであふれていた。
「じゃあ、とりあえず船の交渉にいくか。」
「あ、まってーレオン。僕基石置いてきたいなー。教会なら預かってくれると思うんだけどー。」
「それにレオン、下手に人に話しかけると怪しまれますわ。誰に交渉すればいいか、誰かに たずねたほうがよいと思いますわ。」
 リィンの言葉に二人は頷いた。とりあえず十字架が見える方向へ三人は歩き出した。
「…人が多いな…」
 道はだいぶ混雑していた。流れに乗らないと歩くこともできない。
「お祭りでもあるかしら?」
「いつもこうなんじゃねえ?」
「すごい人ごみだよねー。」
 人の海で息継ぎをしながら進んでいくが、どうにも十字架には近づかない。
「きゃあぁぁぁ!」
 流されそうになるリィンの腕を、ルーンがとっさにつかんだ。
「大丈夫ー?リィン?」
「ありがとう、ルーン。」
「おめーも結構とろいな、リィン。」
「そんなわけではありませんわ!こういったことはなれないのですから仕方ありませんでしょう?」
 ルーンの腕にしがみつき、レオンに食って掛かるリィン。だが、その細い体は腕にしがみついて なお、人の波に流されそうになっている。
「ねえ、レオン。迷っちゃうかもしれないけどー。裏の道からいけないかな?」
「しゃーねーな。遠回りになるかもしれねーけど、そうすっか。」
 ため息混じりにそういうと、並んだ露店の隙間に入り込む。ルーンとリィンもそれに続いた。

 発展し続けた港町だからだろうか。ルプガナには小さな路地がいくつもあった。高い建物の影になり、 日の光がほとんど届かない。表通りとは別世界のようだった。
「こっちは人がすくねーけど…やばいやつもいそうだよな。気ぃつけろよ。」
 レオンが二人にそういった時だった。レオンの後ろから、声がかけられた。
「あら?お客様?」
 少し落ち着いた感じの女の声だった。
 暗がりの中からゆっくりと人影が現れる。わずかに照らし出す光が、その女を映し出した。
 妖艶な女だった。年は20半ば過ぎといったところか。すらりとした長身に、 タイトな紫のドレス。グラマラスな胸元と肩、首筋を大きな白いスカーフが包んでいる。金色の髪は 腰まで伸びて、弱い光を放っている。高いハイヒール、そして昼には似合わない、派手な化粧。そこそこの 美人であるが、その格好は明らかに娼婦だった。
「あ…」
 娼婦をはじめてみたリィンが、何も言えずあえいだ。
「あら嬉しい、あたしの好みよ、あんた。いーい男じゃないか。」
 真っ赤なマニキュアが塗られた長いつめを、そっとレオンの頬に当てる。
「お客様かい?迷ってきたのかい?旅人かもしれないけど、あんたなら、あたしサービスするよ。」
 そっと手を添えて、色気たっぷりにウインクしてみせる娼婦。そしてそれを見て、羞恥か怒りで リィンが顔を真っ赤にした。
「あのねー、お姉さんー。」
 レオンは当然硬直しているだろうと判断したルーンが、ゆっくりと説明しようとした。だが。
「わりーな。俺たち客じゃねえんだ。教会にむかってんだけど、どっちかわかるか?」
 至極まともに、レオンが娼婦に話しかけた。
 思わず驚きで、ルーンの口が止まる。リィンも固まっていた。 レオンはその様子に気がつかず、むしろにこやかに娼婦と話していた。
「あら?そうなのかい?あたしと遊んでいってくれないの?寂しいねぇ。」
「わりーな。俺、そういう遊びは趣味じゃねえしな。あ、そうだそうだ。なぁ、 俺たちここで船が欲しいんだけどさ、どうやったらいいか知ってるか?」
 レオンのその言葉に、娼婦はため息をついた。
「あんたたち、よそ者かい?名前は?あたしはレイリィって言うんだ、あんたは?」
 その言葉にレオンは少し怪訝な表情をしたが、それでも普通に答えた。
「俺は、レオン。そっちの男がルーン。女がリィンだ。」
 自分の名前を呼ばれて我に返ったのだろうか、リィンが顔を再び真っ赤にして怒鳴った。
「…な、なにそんな汚らわしい方と、お話しているんですの!!!レオン!!!!」

 叫んだリィンはわなわなと震えている。
「リィン、ちょっと待てよ。」
 レオンの制止は聞こえていないようで、レイリィに食って掛かる。
「か、神に認められた殿方以外の方に、か、体を許し…よ、よりにもよって…お金目当てだなんて卑しいにも ほどがありますわ!!!」
「リィン、落ち着いてよー。」
「ルーンも卑しい娼婦などに味方をするのですか!?」
 リィンはずっと、城の中で育ったようなものだった。ロト王家には「愛妾」すら存在しない。 ゆえに娼婦というものはまったく自分の理解の範疇外、許されない存在だった。
 意外なことに、レイリィは怒らなかった。レオンから手を離し、つかつかとリィンの前に来て、 じろじろとリィンを観察した。
「なんですの?ぶしつけな視線を向けるなど、無礼ではありませんの?」
「あんた…いいとこのお嬢様なんだねぇ…しかも温室育ちね。綺麗な子ね。あんたみたいに 綺麗な子は、あたしの同業でも見たことないねぇ。」
 リィンの頭に血が上る。
「な、なんですの!それがどうしたとおっしゃいますの?!わ、わたくしを、あなた方のような方と 同列視しないでくださいませんこと?!」
 リィンの頭には、完全に血が登っていた。娼婦と言うことも、少し馬鹿にしたような口調も、レオンが まともに話していると言うことも、なにもかもが気に入らなかったのだ。


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