リィンのその言葉に、レイリィの様子ががらりと変わる。怒ったようではないが、 目じりが上がった。
  「あたしのことはいいけど、同業者を馬鹿にするのはやめておくれでないかい?」
 年少者に言い聞かせるような口調。リィンは負けずにレイリィをにらむ。
「どういうことですの?」
「あたしは好きでやってるけど…たいがいの女はね。どうしてこんな商売についているかわかるかい? 家族や旦那がモンスターに殺されたりして、仕方なくやってる子がほとんどなんだよ。 たとえ嫌でもね。あんたみたいに家で親に守られてぬくぬくしてる子に、一生懸命頑張っている子らを非難する 権利があるのか、その頭でもう一回考えてごらん。」
 その言葉を聞き、一瞬怒りが跳ね上がるが、すぐに収まった。
 もしも、自分が犬の姿ではなく、人として逃げていたら。そして、生きていこうとするなら… 同じ道を歩まざる得なかった。…そういった考えがよぎる。
「あんたたちみたいないい家の者は、庶民を下において守ってやってるつもりかもしれないけどねぇ… あたしたちから言わせたら、土台にいるあたしたちの上に、あんたたちを乗せてやってるんだよ。 あんたたちが安穏とした生活が遅れるのは、下にいるあたしたちがあんたたちの生活を 支えてやってるからなんだ。そのことをよーく考えな。職業にね、尊いも卑しいもないんだよ。」
 畳み掛けるレイリィの言葉に、リィンがしゅんとした。
「…ええ、申し訳ありませんわ。わたくし…貴女のような方を拝見するのは初めてで… つい、うろたえてしまいました。完全に理解できなくとも、言ってはいけないことを 言ってしまったことはわかりますわ。無礼を許していただけるとは思いませんが…」
「おや、驚いた。あんた謝ることができるんだね。えらそぶってる人間は、 あたしたちみたいな人間に、頭を下げるなんてできっこないって思ってたよ。」
 目を丸くするレイリィに、リィンが真顔で言う。
「…勝手な言葉ですけれど、無知は罪ではないと思っておりますわ。ですが、過ちを 認めず、謝罪しない行動は、わたくしは罪だと思っております。重ねてお詫び申し上げますわ。」
 リィンのその言葉に、レイリィは破願した。
「いい子だね、あんた。いいんだよ、あたしは好きでやってんるんだからさ。ああ、そうだ。 そういえば船が欲しいんだって?」
「うん、僕たち旅をしてるんだー。船が必要なんだけど、誰に言えばいいのかなって。レイリィさん 教えてくれませんか?」
 ルーンの言葉に、レイリィの顔が一気に暗くなった。

「なんだ、なんかあんのか?」
「あんたたち…ついてないねえ…よりにもよってこんなときに来るなんてさ。」
「どうかされましたの?」
 ため息混じりにレイリィが語る。
「あの丘の上に見えるお屋敷がみえるかい?あれがこの街の船の管理を引き受けてる家のなんだけどさ。 まぁ、ここ一体の地主ってとこかね?あの旦那さんが、今取引に出てていないんだよ。」
「げ、じゃあどれくらいに帰ってくるんだ?」
 レオンの質問に、レイリィは首を振る。
「さすがにそれまではわかんないねぇ。ただ、今あの屋敷にはご隠居と娘…シアて言うんだけどさ、 その二人が残ってるんだよ。」
「じゃあそいつに話せばいいのか?」
 レオンの言葉に首を振るレイリィ。
「それがねえ…そのご隠居がねぇ…頑固なじーさんでさ。よそ者が嫌いなんだよ。 まずよそ者なんか売ってくれないね。旦那さんが 船の仕事に手を出したときもさ、大反対したらしいよ。結局まぁ、うまくいったんでしぶしぶ って感じだねぇ。でも、旦那さんやご隠居は権力者だからねぇ、無許可で船を売るやつは、この町では まずいないだろうねぇ。」
「ずいぶん詳しいんですのね?」
 まだ、レイリィに対する警戒心が解けないのか、少し顔をゆがめたリィンがいぶかしげに聞く。
「あたしとシアはねぇ、幼馴染なんだよ。昔はよく一緒におままごとなんてしたんだけどねぇ…」
「お前が…ままごとなんかやったのか?」
 笑い出しそうなレオンに、レイリィが顔をしかめる。
「あたしだって昔は子供だったんだよ。ままごとくらいするさ。昔は仲がよかったんだけどねぇ、 あたしがこんな風になってからは会っても口も利いてくれやしない。…まったくあの子も頑固だねぇ…」
 そういいながらも、レイリィはどこか嬉しそうだった。…怒ってはいないのだろう。 楽しかった過去が大切な思い出だと、その表情を見ただけでよくわかった。
「ご隠居はシアを溺愛してるからねぇ、あたしなんかと関わらせてくれないのはまぁ、仕方がない話だけどね。 まぁそういうことだから、今はどうしようもないねぇ…」
 レイリィはそう話を締めくくった。


「サンキュな。まぁとりあえずそのご隠居とやらに話すしかねえか。」
「そうだねー。駄目でも頼んだら聞いてくれるかもしれないよねー」
「可能性は低いかも知れないけれど、とりあえず仕方ありませんわね。」
 話が固まったのをみて、寂しそうにレイリィがため息をつく。
「寂しいねえ、もう行っちまうのかい?」
「わりぃな。俺らはこれでも旅の途中だしな。助かったよ。」
「おや、それだけかい?あんまりにもつれないじゃないかい?」
「そんなことないよー、レイリィさん。」
 二人の会話に割り込むように、ルーンはにっこりと笑う。
「レオンってね、女の人が苦手なんだよー。なのにレイリィさんにはまともに話してるし、 僕とっても不思議だったくらいだもんー」
 ルーンの言葉に、レオンがあきれたように言った。
「何言ってるんだよルーン。こいつ、男だぜ?」


 裏路地を、リィンの声が響き渡った。
「な、なんですって…」
 リィンはそう一言つぶやいたきり、言葉もない。ルーンはいつもどおりのほほんとしているが、
「え、でも、レオン。だって、この人ー。」
 少しつっかえながらそう言って、もう一度レイリィを見る。長い金髪。豊かな胸。…どう見ても女性にしか見えない。
「何言ってるんだよ、お前ら。声だって裏声だし、その布だって多分のど仏とか隠してるんじゃねえの?」
 レイリィのストールを指差しながらレオンがあきれたように言った。
「それに骨格がどう見たって男だろーが。お前らどこ見てるんだよ。手だってごついぜ。」
 たしかに良く見ると、ごついような気がした。だが、暗闇でそこまで見る人間はまずいない。
「…レオンって、人を見るときに、そんなところを見ていらっしゃるの?」
「おめーらは違うのかよ。」
「うーん、レオン、すごいねー。僕全然気がつかなかったよー。」
 今まで何も言わなかったレイリィが、レオンを見た。
「いやね、ずっと気がついてたの?今までお客さんには誰も気がつかれた事なかったのに。」
「そうなのか?みんな節穴なんだな…でも何だってそんな格好してそんな商売してるんだよ、 男なのに。」
「そうですわ、男性ならば…普通に働いてもよろしいんじゃありませんこと?」
 リィンがそう聞くと、レイリィはくすりと笑う。
「いやね、こういう者にね、そういうこと聞くのはルール違反だよ。」
「あ、わり、そうだよな。」
「ご、ごめんなさい…」
「なのに…嫌じゃないなんてねぇ。…気の強いお嬢様か。あたしの好みよ、あんた。」
 そう笑ってリィンを見た。
「リィンは駄目だよー。」
 さりげなくリィンをかばいながらルーンが言うと、レイリィは笑う。
「安心しておくれ。あたしの中のね、女への愛情はもういっぱいなのさ。もう、誰も女は愛せないよ。 …けどねぇ、それでも時々愛情が欲しくなるのさ、たとえ偽物でもね。だからあたしはこんな仕事をしてるんだよ。」
 そういうレイリィは、遠い目をしていた。懐かしい思い出を語るように。
「そっか、サンキュ。手間取らせて悪かったな。」
「いいのよ、レオンもあたしの好みだしね。また何かあったら言っておくれ。」
「ありがとうございました、レイリィさん。」
 ぺこん、と頭を下げるルーンに、レイリィが優しい目を向ける。
「あんたもいい男だよ。その気になったらいつでもおいでね。」
「あの…ご無礼、お詫びいたしますわ、レイリィ様。わたくしは、貴方のような職業の方を・・・理解には いたりませんけれど、それでも同じ人間として接していけるように努力したいと思っております。 貴方と出会えたことは、非常に幸運だったと思っております。」
 そういうリィンに、レイリィは笑いかける。
「上出来だよ。あたしはあんたみたいなの、嫌いじゃないからさ。またいつでもおいで。三人ともね。 港はこの筋を左。教会もそのまま左に曲がったら見えてくるよ。行っておいで。頑張っておいでね」

 そして、去り際。レオンがレイリィに聞いた。まっすぐな目で。
「なあ、お前、名前なんて言うんだ?」
 すでに名乗っているはず、とレイリィは言わなかった。言いたかったが、言えなかった。
 その目は、懐かしい目。昔、よく見ていた目。そして…自分自身が持っていた目。
 それは…おそらく男友達を見る、純粋な目。…もう、何年も見ていない目。もう何年も、 していない目。
「…ラリー…だ…」
 低い声だった。もう何年の出していなかった声。言っていなかった名前。
「そうか。じゃあ、またな!」
 本名なんて言おうと思ったのかと苦笑しながら、去り行く三人に手を振った。


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