「私が、戦っている?私にしか、出来ない、戦い…?」
 ぼんやりとつぶやいた女性に、レオンが叫ぶ。
「そいつらは、絶対俺らと一緒には逃げてくれねーだろ?そういうもの戦いじゃねえの? 力っていうのは、モンスターを切るだけじゃねえだろ?時々はくじけることもあるだろうけどさ、 生きてる限りは、負けじゃねえぜ?」
 そう目線でさしたのは、女性にすがり付いている子供たちだった。両手にすがりつき、泣いていた。
「お姉ちゃん…」
「怖いよ、お姉ちゃん…」
 その手の暖かさを女性は初めて自覚した。ルーンが、女性の近くにしゃがみこんだ。
「うん、貴女も立派に戦ってるよ。…その怪我だってみんなを守ろうとして、走ったんだよねー?」
 そう言って、そっとその傷を治した。
「…もう一度だけ、戦ってくれないかな?ここからまっすぐ町に向かって走って。こっちは見なくていいよ。 一目散に、子供たちをつれて、逃げてほしいんだー。」
 こくん、と女性は頷いた。ルーンは女性の手をつかみ、立たせた。
「これから三人で、モンスターにいっせいに攻撃を仕掛けるから、それを合図に逃げてね?」
 女性と子供に、そうささやく。女性は呆然としながら、子供は泣きながら頷いた。
「いくよ!レオン!リィン!」
「おう!」
「ええ!」
 その気合と共に、レオンは剣を振るい、ルーンとリィンは呪文を放った。そして、その一瞬に、女性は子供の手を 引いて、走り出した。


 ”戦ったことない人なんて、いないよ。”
 私も、戦っているの?
 ”お前にしか出来ない戦いもあるだろ?”
 …私にしか、出来ない戦い?
 走りながら、ずっとそのことを考えていた。
 ”生きてる限りは、負けじゃねえぜ?”
 ずっと、言われたとおりに生きてきた。父の言いつけ、祖父の言いつけに、疑問を持たずに生きていた。 外出禁止を言い渡されたときも、大事な人と引き離されたときも。 たとえ、悲しいことでも、それが正しいのだと信じて…自分をだましてきた。
 自分は何も出来ないのだと、あきらめてきた。
 あの人たちは、戦ってない人なんていないと言っていたけれど、それはきっと間違っていると思った。弱い人間は 戦うことなく生きていくものだ。
 ――――だから。
 しっかりと、手を握る。
「おねえちゃん?」
「苦しいと思うけれど、頑張って走りましょう?」
 そう言って、足を速める。キッと前をにらむ。

 今日が、私の初陣だ。


 町の賑わいが聞こえはじめてきた。ただ少しだけ、子供たちと林で遊ぼうと思っていたはずだったのに、ずいぶんと 奥まで入り込んでいたようだった。これほど、町が恋しいと思ったことはなかった。
 息がつまる。足もがくがくだった。子供たちもずいぶん辛そうだった。
 だが、自分自身は不思議と辛くなかった。どこか充実した何かを感じた。
 光が、強くなってきた。もう少しで、町だった。
 その瞬間、体が浮いた。


 顔から血が流れているのを感じた。
 暗くなりそうな視界を無理やり広げて、前を見る。
 そこには一匹のモンスターがいた。先ほどと同じモンスターだった。横から来たことを考えると、別のところから来たのだろう。 にやにやと笑っていた。
 体が浮いた瞬間、手を離したのだろうか、子供たちは自分とは離れたところにいた。
 体が震えた。モンスターはこちらにゆっくりと迫ってきていた。爪は長く、血にぬれていた。
(もう、だめ…?)
「お、おねえちゃ…」
 震えた、子供の声が聞こえた。
 ”力っていうのは、モンスターを切るだけじゃねえだろ?”
「逃げなさい!早く、逃げて!!」
 そう、叫んでいた。
 ちっぽけな力だと思った。あの人たちとは、比べ物にならない、小さな力。
(それでも、これも力と言うのなら…)
 出血でくらくらしながらも立ち上がる。
「こっちよ!!!」
 子供とは逆方向に、走り出す。ふらふらとした足取り。その方向は先ほどの戦士たちとも町とも違う方角だったが、今は 子供たちから引き離すことしか考えられなかった。
「だれか、たすけて――――――――――――!!」
 そう一度叫んで、走ることしか出来なかった。

 走っても走っても、引き離すことができない。モンスターが腕を振るたびに、髪が、服が破れていく。おそらく 遊んでいるのだろう。
 どこをどう走っているのか分からない。体力が限界に近づいているのが分かる。
 そして。体が転がった。
(…根っこに、躓いたんだわ…)
 冷静に、そんなことを考えていた。モンスターが、こちらに迫る。
(私、死ぬのかしら…)
 死にたく、なかった。凍結していた恐怖がよみがえる。
 もう一度助けを呼ぼうとしても、声がのどに張り付いてただ震えるしか出来なかった。
 振り上げられる爪を見ていられなくて、目をつぶる。最後の衝撃を待つ、死刑囚になりながら。
 死ぬ前には、今までの人生が浮かぶと言うけれど、そんなものは浮かばなかった。浮かぶのは ただ二つ。

 …失敗してしまった初陣。子供を守れなかったと言う後悔と。
 ずっと冷たく当たっていた、幼馴染の顔だった。


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