ばこーんと軽い音がした。剣の音じゃない、もっと別の音だった。
「シアに何をするんだ!!」
 聞き覚えのある声だった。ゆっくりと目を開ける。
 そこには、大きな木の棒を振りかざす、娼婦の姿があった。
 娼婦はもう一度棒を振りかざし、モンスターへとぶつけた。だが、たいしたダメージにはなっていないようだった。
「シア、逃げろ!!!」
 娼婦がそう叫んだときだった。
「レイリィさん、離れて!!ギラ!!!」
 その声と共に、炎が飛び、モンスターを包んだ。

 向こう側を見ると、さっきシアを守ってた戦士たちがこちらに走ってきていた。レオンたちだ。
「大丈夫か?ちくしょう、他にもいたのか。」
「守りきれなくて…お約束したのに、本当にごめんなさい…」
「大丈夫ー?ごめんね…」
 その声を聞いて、ようやく実感がわいた。
「た、すかった…の…」
 ほっと息を吐く。すると目の前に、娼婦がいた。
「大丈夫?」
 それは、見慣れた顔。そして、見たことのない顔。
「…なんて格好してるのよ、ラリー…」
「やぁねぇ、シア、あたしはレイリィだって言ったでしょう?」
 そういう顔は確かに色っぽかった。が、シアにはどうしても女には見えなかった。
 どんなに髪を伸ばしても、化粧をしても、ラリーはラリーにしか見えなかった。昔のままの、瞳。 それを見ていると安心した。
 ラリーの伸ばした手につかまり、立ち上がる。
「あらやーねぇ、顔を怪我してるじゃないかい?女の顔を傷つけるなんて、許せないねぇ…」
「…気持ち悪い話し方しないでよ、ラリー…」
 そういいながら、シアはレイリィに抱きついた。

「シア…?」
 あんまりに驚いたからだろうか。レイリィの声は地声だった。
「…怖かった…怖かったよ…ラリー…!もう、駄目かと思ったの!!!」
「シア…。もう、大丈夫だ。」
 そう言って、ラリーはゆっくりと背中をなでた。
「もう、怖いことはないから。…泣くな、シア…俺が、いるから…」


 …女同士が抱き合い、泣いている姿はなかなかに異様な光景だと、ぼんやりと考えていた。しかも 片方の声は低い。
「あの方が、シアさんでしたのね…」
「ああ、どっかで聞いたことがある名前だな。なんだっけ?」
 レオンの言葉に、リィンはため息混じりに言う。
「ここの地主のご息女ですわ。ついさっきの話じゃありませんか。」
「ああ、そうだっけか。しかしなんであいつがここにいるんだ?」
「でも、来てくれて、よかったねー。シアさん無事だったものー。」
 ルーンの言葉にリィンは頷き、そして言った。
「レイリィ様のお好きな女性って、きっとシアさんのことでしたのね…」
 そう言われ改めて見ると、レイリィの目は優しく、シアを見つめていた。不思議とどこか、 男らしく見えさえした。
「シアはいつも、一人で強がってるけど、疲れたらこうやってよっかかってもいいんだ。頼ってくれても、いいんだよ。」
「ラリー…」
 完全に二人の世界だと思った。
「僕たち、お邪魔かなー?」
「かも、しれませんわね…」
 そういいながらもリィンはなんとなく、シアが自分に似ていると思った。強がっているところも、 折れてしまうとなかなか立ち上がれないところも…
(そういえば、レイリィ様も、そうおっしゃってましたっけ・・・)

 そんなことを考えていると、ようやくシアは泣き止んだらしく、レイリィから体を離していた。こちらに向かってくる。
「あの、危ないところをどうもありがとうございました。なんとお礼をすればいいか…」
 そう言って、頭を下げた。
「僕たちは何もしてないよー。助けたのはレイリィさんだよー。」
 そういいながら、ルーンはシアの傷を癒す。
「やぁねぇ。あたしはなんにもしてないわよ。あんたたち本当にすごいのねぇ。あたしもお礼を言うわ。シアを助けてくれて ありがとう。」
「お前、なんでこんなところにいるんだ?」
 レオンがレイリィにそう聞くと、レイリィは笑った。
「シアの悲鳴が聞こえた気がしてねぇ。ちょいと行ってみたら子供たちが泣きながら林から出てきたんだよ。 シアお姉ちゃんがって大騒ぎしてたからねぇ。それで棒を持ってここまで来たのさ。」
 その言葉を聞いて、シアが恐る恐る話しかけてきた。
「…どうして、助けに来たの?…私、おじい様の命令でずっとラリーのこと無視してきたのに…」
「シアは大事な幼馴染じゃないか。あたしは無視したりなんかしないさ。」
 そう言って頭をなでた。
「それより、シア。この人たち船が欲しいんだってさ。あんたのじーさんにとりなしてやりなよ。船がほしいんだってさ。」
 その言葉に、ルーンが頷いた。
「うん、僕たち船に乗りたいんだ。良かったらお願いできるかなぁ?」
「まぁ、そうだったの。ええ、おじい様に紹介しますわ。どうぞ、こちらへ…」
 そうシアが快諾すると、レイリィは手を振った。

「そう、よかったわねぇ。これであたしも一安心だよ。じゃあ元気でね。また落ち着いたらここにも寄んなさい。」
「ああ、ありがとうな!」
「レイリィさん、お世話になりましたー。」
「レイリィ様、本当にお世話になってしまいましたわ。お元気で…」
 三人は口々に礼の言葉を言った。そして、シアは。
「行ってしまうの?あなたが助けてくれたっておじい様に…」
「言ってもどうにもなるもんじゃないよ、シア。あたしはじーさんに嫌われてるんだ。 ま、それも当然さね。…あんたも、あたしのことは忘れて、幸せになりな。今までどおり無視したほうがきっと幸せになれるから。」
 そう言って背を向けた。歩き出そうとする。だが。
「無視なんて、もうしないわよ!!」
 腕をしっかりとつかむ、シアの手にその歩みを止められた。
 戦いは終わらないのだ、生きている限り。
 弱い自分と戦って。状況に流されそうになる自分と戦って。そうやって生きていくのだと、知ったのだから。
「絶対しないんだからね!ラリー!!」
 足は止まったものの振り向いてくれないことが怖くて、声を荒らげる。そして…弱気になる。自分を 押し通すことが、戦いではない気がして。これ以上嫌われてしまうことが、怖くて。
「絶対…しないんだから…」
 最後にそうつぶやいて、うつむきながら手を離した。

 そのシアに上を向かせたのは、大きな手だった。
「…しかたないな、シアは。」
 くしゃくしゃと頭をなでる。そのしぐさも、声も昔のままで。その一瞬、昔に戻れた気がした。
「じーさんに怒られない程度にほどほどにするんだよ。じゃあ、あたしは行くよ。あんたたち、 本当に世話になったねぇ。ありがとう。」
 すぐ娼婦の顔に戻り、今度こそ去っていった。ふわりと香水の匂いと…昔のままの笑みを残して。


 なんとか後編に収まりましたー。
 …ルプガナで恋ときたら、ローレかサマルとルプガナ娘の恋を期待された方も多いのでしょうが、おもいっきり 予想に反してしまい申し訳ありません。レイリィがちゃんとしたキャラになった瞬間からこの展開 になってしまい、どーしても変更が聞きませんでした。…でもそれなりにレオンもルーンもかっこよかったと 思う…の、でーすが…いかがでしょうか?リィンが出張ってなかったのにはそれなりに意味があり、 それは次回に続くなのです。
 次回は「論文」のあとがきの完成型になる予定でありまする。どうぞご覧下さいませ。

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