海はどこまでも青く、空はどこまでも広かった。
 初めは三人で、美しい海面を眺めていたのだが、いつまでも変わらない光景に、レオンは最初に飽き船室に入り、 ルーンは船の構造に興味を示し、見物しに言った。
 ゆえに、今はたった一人、リィンがぼんやりと甲板に立っていた。

 ずっと考えていることがあった。あのとき、二人の台詞を聞いてから。具体的なことに悩んでいる わけではなく、ただ漠然と考えていた。それは、出口のない迷宮。
「リィン?」
 気がつくと、すぐ側にルーンがいた。

「ルーン?いつからそこに…?」
「今さっきだよー。…どうかしたの?リィン?考え事?」
「いいえ…。ねえ、ルーン。このあと、どこへ行くつもりですの?」
 リィンはあくまで水平線を眺め、こちらを見なかった。
「レオンは、アレフガルトに行きたいって言ってたよ。勇者アレフの戦いの地だしねー。 …ちょっと心配なんだけどねー。」
「戦い…」
 そういうと、またリィンは黙り込んだ。
「ねぇ、リィン…やっぱりずっとおかしいよ?どうかしたのー?」
 そういうルーンは、どこか落ち込んだ子犬のようだった。海と同じ青い目がこちらをじっと見ていた。
「…考えても、せん無いことかもなのかもしれませんけれど…」
 そう言いかけたときだった。
「お前ら、こんなところにいたのか。なにやってんだ?」
 船室からレオンが出てきた。

「あ、レオンだー。こっちおいでよー、風が気持ちいいよ?」
「お前ら飽きねえな…なんにもねえだろ?ところで、行き先はアレフガルドでいいんだよな?」
「かまいませんけれど…アレフガルドにいって、どうなさるおつもりですの?」
 リィンの言葉に、レオンが勢いよく答える。
「アレフガルドって言えば、勇者アレフ様が戦った活躍の地!その伝説がローレシアよりも色濃く残ってるに 違いないぜ!今まではラダトームしか行った事ねえからな!ぜひ、偉大な勇者の足跡を俺は見てみたい!! そんで、俺も勇者の末裔にふさわしいあり方を学んでやるんだ!!」
 ほとんど追っかけの行動だった。

「…あんまり期待しないほうが、いいと思うよ…」
 その言葉に、ルーンは珍しく苦笑しながら言った。レオンは聞き逃さない。
「なんでだよ?」
「うーん…」
 ルーンはしばらく悩んで言った。
「アレフ様って、ローラ様に会うまでは…なんていうか、とっても現実的な人だったから… レオンの考えてる勇者像とは、ちょっと遠いんじゃないかなって…」
 あははーと、笑いながらも、どこか後ろめたいような口調だった。
「どういう意味だ?」
「えっと、たとえばね…アレフ様がラダトームを尋ねて、竜王を倒すって言ったのも、最初はお金目当てで、 報奨金を持ち逃げしようとしてたんだよー。」


 そうして、ルーンはアレフの歴史を語りだした。生きるためだけに、戦ってきたこと。勇者の立場を利用して、 女性と関係を結んだこと、ローラ姫を助ける気など、さらさらなかったこと、金で女性を買い続けるために、 マイラに長期滞在していたこと、ローラ姫を助けたのは、ただの成り行きだったこと …それは、今ローレシア…いや、世界すべてで語り継がれている伝説と、 あまりにもかけ離れていた。
 最初は反論していたレオンだが、だんだん言い返す要素がなく、ただ黙って聞いていた。
「ローラ姫の出会いもね、一目ぼれだって言われてるけど、本当は違ったんだよ。埃だらけで、骨ばっかりで、 怖かったんだって。」
 そうやって語る、ローラ姫の描写はあまりにも強烈で、レオンもリィンもぞっとした。
「じゃあ、なんだって、俺たちが生まれたんだよ?」
「…ローラ姫はね、負けなかったんだって。どんなに苦しくてもね、一生懸命生きてたんだって。アレフ様は思ったんだよ。 自分は平和にだらだらと暮らしてた。目標がなかったって。だからそれは生きてないってことだったんじゃないかって。 でもね、ローラ様は何もできなかったけど、最後まで生きた目をしてたんだって。そんなぼろぼろだったのに。 …多分、尊敬したんじゃないかな、アレフ様は、ローラ様のこと。」
 その言葉を言うルーンの顔には尊敬のまなざしだった。すべてを知っていてなお、ルーンはアレフを尊敬していた。
「それから、アレフ様はローラ様に恥じない自分になりたかったんじゃないかなぁ?だからね、僕はやっぱり アレフ様が好きだよー。伝説のとおりじゃなくっても。一生懸命、生きてたんだから。」
「生きる…」
 リィンが、つぶやいた。弱弱しく。
「どうしたんだ?リィン?」
 ふわりと、海風が三人を包む。リィンの紫の髪が風に遊んだ。
「…ルプガナで、二人はおっしゃいましたわ。生きることは、戦いだと。生きていると言うことは、戦うと 言う事だって。」
「ああ、言ったが、どうしたんだ?」
 レオンがそういうと、リィンは射る様な目を、レオンに向けた。
「では、人間は必ず負けるのですわね。死ぬということは、負けるということなのですから…人は必ず 死ぬのですもの。お父様もお母様も、負けたから、死んでしまったのですわね。」
 鋭い声だった。切り裂くように、言葉が胸をつく。
「…生きるために戦う。死ぬまで戦い続ける…勝ち続けるから生き続ける…まるでわたくしたちは、格闘場の 獣、見世物の命のよう…。いいえ、実際そうなのかもしれませんわね。天上で神が、ルビス様が一生懸命 戦っている私たちをただ見守っているのは、わたくしたちが天上の見世物だからなのかもしれませんわ…」


「…ずっと、そのことを考えてたの?リィン?」
 長い長い沈黙の後、ルーンはリィンにたずねた。リィンは静かに頷いた。
「…わたくしたちが生きている意味は、一体なんなのかしら。娯楽のためなのかしら…」
「んなわけあるか!」
 レオンは、リィンを一喝した。
「小難しいことは知らねーよ。でも違うだろ!そんなのは!俺は俺のために生きてるし、見世物でもねえよ!!」
「それは、どうしてですの?」
「知らねーよ!わかんねぇよ!でも俺は、そんなの嫌だ!だから違うんだよ!!」
 レオンの言葉に、ルーンが笑った。
「うん、僕もレオンに賛成ー。僕もよく、わかんないけど、でもそう思うよー。僕も嫌だもん、見世物なんてー。 だから死んだって負けないよ。リィンだって、きっと負けないよー。僕、そう信じてるからー。」
「それでは、まるっきり子供の理屈ですわ。負ける死に方と、負けない死に方は、一体どう違うのですの?」
「わかんないよー。でも、自分が負けてないって思ったら、きっと負けないんじゃないかなー?」
「死んでから評価を決めるのは、生きている人ですわよ。勝利し続ける者にとっては死屍たる者は、 負け犬に過ぎないのではなくて?」
 あくまでも冷静に、リィンは言葉を返す。
「…じゃあ、お前はお前の両親が負けたと思ってるのか?」
 だが、レオンはまっすぐに返した。
「……」
「違うだろ?負けてるなんて思ってないだろう?だったらいいじゃねえか。お前も負けるなよ。」
「うん、僕も、リィンのお父さんもお母さんも、負けたんじゃないって思うよー。それじゃぁ、だめかなぁ?」
「………。そうね。悩んでいても仕方ないですわね。」
 リィンはようやく、笑って見せた。


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