「こんにちは。」 手始めに一番近くに居た女性に、リィンは微笑みながら話しかける。 「あら、貴方旅の人ね。見たことがない顔だもの。そっちには男の方もいるものね。」 「ええ、そうなの。この村は女性ばかりで驚いていたところですわ。」 「ええ、みな、漁に出ているものですから。」 「寂しくないー?」 ルーンのいたわるような言葉に、女性は神妙に頷く。 「ええ。けれど、春になれば、私の恋人のルークも、漁から帰ってきますのよ。早く会いたいわ…私のルーク…」 うっとりとした女性にうんざりとしたレオンが、目線でリィンを促す。 「あの、わたくし達、タシスンさんのお家を訪ねたいのですが、ご存知でして?」 「ええ。狭い村だもの。この村にひとつだけある、二階建ての建物だからすぐに分かるわ。案内しましょうか?」 その言葉に、レオンがぶんぶんと首を振る。 「ううん、大丈夫だよー。」 ルーンの言葉に女性が頷き、方向を指し示す。 「そう。あっちよ、タシスンさんのお家は。気をつけてね。」 「ありがとうございますわ。」 「ありがとうー。」 手を振る二人に、女性も手を振り返す。その間、ひたすらレオンは二人の影で小さくなっていた。 「失礼しますー。」 ルーンを先頭に、タシスンの家を訪ねる。タシスンの妻は忙しそうに昼食の準備をしていた。 「あら?見慣れない方ね?外の方?」 「はい。僕たち旅の者で、僕がルーン。あとリィンとレオンです。よろしくー。タシスンさんのお宅ですよねー?」 「ええそうよ。私はタシスンの妻ですわ。ごめんなさいね。今、あの人はいないのだけれど…」 「漁にでていらっしゃるんですか?」 「…ええ、三年前の冬の漁に出て…夫は帰ってきませんでしたから。」 その言葉に、ルーンが頭を下げる。 「ごめんなさい、僕、知らなくて…」 「いいんです。あの人は、海の人でした。漁をする夫はとても素敵で…だからきっと、海で死ねたことを嬉しく 思ってるんじゃないかしら…。」 少し寂しげに笑うタシスンの妻に、リィンが遠慮しながら聞く。 「実はわたくし達、金の鍵が必要なのですわ。ご存知、ありません?」 「金の鍵…聞いたことがありますわ。あの人の家に昔から伝わるものらしいですけれど…一体何の鍵なんだろうね、 ってあの人笑ってましたわ。けれど…ごめんなさい、私はどこにあるか知らないの。」 「漁に、持っていってしまったんでしょうか?」 ルーンの言葉に、タシスンの妻は少し迷った様子だった。 「…分からないけれど…もしかしたらあの子が知っているかも…」 「あの子?お子様がいらっしゃるの?」 リィンの言葉に首を振り、タシスンの妻が口を開く。 「あの人が我が子のように思っていた犬がおりますの。夫はとても動物が好きで、特に犬が大好きでしたわ。 何の鍵か分からなかったものですから、もしかしたらおもちゃ代わりにしていたかもしれませんわね。」 「そうですか…ありがとうございましたー。」 ルーンがぺこん、と頭をさげる。 「いいえ、何のお力にもなれなくてごめんなさい。」 「そんなことはありませんわ。お時間を割いていただいて、感謝しておりますのよ。わたくし達に何か 出来ることがあれば、おっしゃってください。」 リィンの言葉に、タシスンの妻は笑った。 「この村には、大きな神殿がありますの。…もう、あんなことが再び起こらぬように、みなが無事に帰ってくるように、 祈っていってくだされば、とても嬉しく思いますわ。」 「犬…なぁ…」 家の中で一度の発言しなかったレオンが、伸びをしながらそう愚痴る。 「犬に聞くっつっても…どうしようもねえ気がしねーか?」 「でも、何か知ってるかもしれないよー。」 「とりあえず、犬の居所を探してみましょう。ついでに、紋章などのことも聞いておいたほうがよろしいですわね。」 「…俺、先に船に戻ってたら駄目か?」 周りを見渡しながら、弱気になるレオンに、リィンはそれはそれはかわいらしい笑顔でこう言った。 「本気で言ってらっしゃるのでしたら、わたくしにも考えがありましてよ?」 レオンはため息をつきながら、二人の後ろについて歩き出した。 「お?あそこ、男がいるぜ?」 女だらけの村で、ひときわ目立つ存在だった。どうやら旅の商人のようだった。そして、それは 向こうにとっても同じことなのだろう、向こうからこちらに話しかけてきた。 「あ、あの!貴方この村の人じゃありませんよね!!」 「そうだぜ。お前もか?」 「は、はい、そうなんです。…あの、お願いがあるんです!」 男はずいっと、暑苦しいまでに近寄ってくる。 「どうなさいましたの?」 「実はこの村の男たちの船が魔物に襲われて、海の藻屑に…私はそのことを知らせに来たのですが… 私にはとても言えません!」 涙ながらに訴えてくる男の言葉に、三人の言葉が詰まった。 恋人が帰ってくると、嬉しそうに言ってた女性の言葉が、タシスンの妻の願いが、頭の中に 蘇る。 ただ、少しの時間ここにいた自分たちでもそうなのだ。この男はもっと前からこの村にいたのだろう。 …それほど幸せそうなら、いっそ知らないほうがと悩む気持ちは良く分かった。 ルーンが、諭すように男に言う。 「…けど、ずっとそのままってわけには、行かないよ。…早く知ったほうが、早く立ち直れるもの。」 「はい、分かっています。ですから…皆様が代わりに、伝えていただけますか?」 三人は、一瞬沈黙した。どう答えれば一番いいのか分からなかった。 「…駄目。貴方は、その様子を見たのでしょう?」 口を開いたのは、リィンだった。 「わたくし達が告げることは簡単でしょう。けれどわたくし達には、何も説明できませんもの。…ただ死んだとだけ伝えられても、 皆様信じたりはしないでしょう…信じたくないのですから。わずかな可能性にかけてしまうでしょう。…それは、 とても残酷なことですわ。貴方は貴方自身の責任を果たすべきですわ。」 そう諭す姿は、まさに女王の風格。逆らいがたい威厳と…そしてすべてを亡くした者の悲哀に満ちていた。 「そう…ですね。わかりました。早いうちに、話してみます。」 「ええ、そうしてくださいませ。」 男はいまだ、悲痛な表情だったが、先ほどよりすこし強い表情だった。 足早に通り過ぎながら、レオンがつぶやく。 「…つれえな。」 「…ハーゴンが出てくる前は、魔物もそれほど活発でなかったはずですわ。わたくし達は、それを討つことが使命であり、 責任ですわね。」 自分に言い聞かせるように、リィンがそう口にした。 「だな。なぁ、ルーン?」 そう言ってルーンがいたはずの場所を見ると、そこはもぬけの殻だった。 「な?!ルーン!!?」 レオンの怒鳴り声に、すぐさま返事の声がする。 「ここだよー!!」 見ると、木の陰でルーンが不自然なポーズで手を振っている。 「どうしてそんなところに?」 そういいながら駆け寄ってみると、ルーンの服のすそを必死の形相で引っ張っている犬がいた。 「なんだこの犬コロ?」 「なにか言いたいのかしら…?」 リィンが真剣にそう言った。かつて、同じ視点にいたものだ。その時の記憶はあいまいではあるが、それでも親しみの心は 今だ残っている。 「うん、着いていってみようよー。」 ずるずると服のすそをつかまれながら歩く。その場所はそう遠くなかった。その場所に付いたとたん、いきなり 犬が地面を掘り始める。 しばらく夢中で掘り続ける犬を、ぼんやりと見守っていたが、やがて陽の光に照らされた物があらわになる。 「金の鍵!!」 「この子、タシスンさんの犬だったんだねー。」 無事に掘り当てて満足そうにしている犬を、ルーンはにこにこと撫でてやる。 「俺らがもらってもいいのか…?でも、なんで俺らに…?」 半信半疑で鍵を取り出したレオンに、リィンが少し誇らしげに言う。 「犬は耳がよろしいですから、きっとわたくし達が必要としているのを、どこかで聞きつけたのではなくって?」 ぱたぱたと尻尾をふる犬を、リィンも撫でてやった。 「…言われていたのかも、しれないね。」 ルーンが、少し寂しげに笑う。 「タシスンさんに、金の鍵が必要としている人が来たら、どうか渡してやってくれって。…えらいね。」 「そっか。俺たち、ちゃんと平和のために使うから…安心してくれな。」 レオンの言葉がわかったのか、犬はクゥーンと小さく鳴いた。 |
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