それは、薄力粉を空気に混ぜ込んだような、白い空間だった。
「なんだぁ…」
 ここがどこか考えてみるが、うまく頭が働かない。もとより考えることが得意じゃないレオンは、 とりあえず歩いてどこかを探してみることにした。
 このまま空間に溶け込んで、ぼんやりと消えてしまうんじゃないかと思えるようなそんな場所。だが、 そんなことすら考えられない。ただ何も考えずに、適当な方向にゆっくりと歩いていく。…すると、なにやら遠くに 動くものがあった。
「なんだ・・・?」
 その方向に歩き出す。それの形が徐々に見える。…それは、不思議な蠢く塊。…そして、 それは遠くで人の形になった。
 その姿は、かつて焦がれた初恋の人。絵の中でしか見たことがない女性。
「…ローラ、姫…?」
 そう問いかけると、ローラ姫はにっこりと笑い、そしてゆっくりと遡るようにまた姿を変えていき… そこには、見覚えのある一人の少女が立っていた。
「・・・・・・・・・・め?」
 かすれた声が、漏れる。喉が渇いて、言葉が出ない。何も考えられない。 ただ、遠くにいるその人物を、見つめることしかできない。
 そんなレオンに、少女は話しかける。

 ”欲しいものは、何?”


「欲しい…もの?」
 ”なんでも、あげられますのよ、貴方に。なんだって。だから、何でも言ってくださいませ。なんでも、 よろしいの。貴方の、望みを…”
 狂おしくなるような、愛しさを秘めた声だった。
 ”ねえ?欲しいもの、ありますでしょう?何でも良いのです。何でも言ってくださいませ。なんでも貴方に あげられるから…”
 その言葉が、ゆっくりと、ゆっくりと頭に染み渡る。自らの内面をえぐるように。
 自分の欲しいもの。あったらいいと、願うもの。それは…
 レオンは、擦れた声で、言葉を搾り出した。
「…別に、本気で欲しいわけじゃねえ…けど、もし、もしも俺に、魔法の、力があったら…」
 そうすれば、傷ついたルーンやリィンを治すことができる。大勢の敵を一度に相手にすることができる。今の 自分は多くの敵を二人に任せ、一匹に切りかかることしかできないのだ。
 本気で望んでいるわけではない。渇望するわけではない、だが、もし貰えるなら…
 少女はにっこりと微笑む。両手を広げて、レオンを呼ぶ。
 ”でしたら、こちらにいらして。…そうすれば、貴方の望み、叶えて差し上げられますわ。こちらに…来て…”
 そう呼びかける少女は、本当に愛しくて。恋しくて。…レオンはゆっくりと足を一歩動かした。

「駄目!!」
 そのとたん、腕を引っ張る者があった。ルーンは右手でレオンの腕をつかみ、必死で引き止める。
「ルーン?!お前何すんだよ!!」
「駄目、レオン、行っちゃ駄目だよ!」
「お前、何でこんなところに?」
 どうしてルーンがここにいるのか。どうして押しとどめるのか、レオンにはさっぱり分からなかった。 腕から引き剥がそうとしても、ルーンは頑として離そうとしない。
「いいから、行っちゃ駄目!」
「何でなんだよ!!」
「絶対絶対駄目!レオン、よく見て!あれはリィンじゃないんだから!!」
「な、何言ってんだ?ルーン。あれは…」
 レオンの言葉を強引にさえぎり、ルーンは叫ぶ。
「いいからよく見て!!」
 そういわれて、しぶしぶレオンは、少女を見つめる。じっくりと、ゆっくりと。
「あれはね…」
 そう言うルーンの言葉を待つまでもなく、微笑む少女の向こう側に、黒く蠢くものが見えた。
「きっと、ハーゴンの呪いなんだ!!」

 ルーンがそう言ったとたん、少女の幻影を突き破り、血の色をした枝のような触手がこちらに襲い掛かってきた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 身を引こうとするが、その枝はいつのまにか距離を詰めていたのか、レオンに襲い掛かった。
「危ない!!」
 ルーンは左腕で触手を絡め、そのまま振り払い引きちぎった。ちぎれた枝はルーンの腕からはがれ、地面へ消えた。
「逃げて!!」
「おう!!」
 その隙を狙い、二人はひたすら逆方向へ走り出した。幸いそれほど足が早くないのだろう。すぐに樹の姿は見えなくなった。


「な、なんなんだ…」
 二人は息を乱して座り込んだ。
「覚えてる?レオン。僕たちはテパに向かう途中の道で寝てたはずなんだ。だからきっと、ここはレオンの夢の中だよ。 ハーゴンは僕たちの夢の中に入り込んで呪おうとしてるんだと思う。」
 ルーンはいつになく真剣な表情だった。レオンも、まっすぐにルーンを見る。
「そうなのか?」
「わからないけど、ここ、ロンダルキアに近いから。ただ、近いって言ってもやっぱり山の向こうだし。 呪いって媒体もない離れた相手には、効きが弱いって聞くよ。さっきの枝も手で引き千切れたし、足も遅かったでしょ?」
「だから、まず甘い言葉で惑わすってわけか…ゆるさねぇ!!」
「うん、好きな相手に化けて、甘い言葉をささやいて、近づかせて…呪われたらどうなるのかはわからないけど、ハーゴンは 僕たちが倒そうとしてるのを知って、消しにきたんだよ。」
 その言葉に、レオンは黙り込むが、ルーンはいつものゆっくりなテンポが信じられないほどの勢いで話を続ける。
「聞いて、レオン。僕も同じ呪いを受けたんだ。僕は引き払えたから、レオンを助けに来たんだ。だからきっと 僕たちだけじゃない。リィンも同じ呪いがかけられてるに違いないんだ。リィンは僕たちより魔力に対抗する力が 強いから大丈夫だと思うんだけど、…心配だよ。僕、助けにいくよ」
「俺も行く!!」
 レオンのその言葉に、ルーンは少し考えて首を振る。
「あのね、僕思うんだ。レオン、もしレオンがハーゴンだったら…どうする?」
「俺がそんなことするかよ!!」
 怒鳴ったレオンにルーンはようやく笑った。
「そんなことはわかってるよー。でもね、この呪い、我に返ったら打ち破れるくらい弱いんだよ。本当に邪魔だと 思ってるなら、それだけじゃ足りないと思わない?」
「…どういうことだ?」
 首をかしげるレオンに、ルーンは怖いほどに真剣な顔をする。
「僕なら、それだけじゃ不安だよ。でもこの呪いがかかってるってことは、相手は寝てるんだ。寝てる相手の体を攻撃して 殺しちゃったほうが早いし、確実だよ。」
「つまり、今狙われてるってことか?」
「わからないよ。ただの杞憂ならいいんだ。でも、その可能性は高いと思う。だから、僕がリィンを助けに行く。 レオンは目を覚まして、僕たちの体を守って。僕たちもすぐ起きて、レオンを助けるから。」
「わかった。」
 やることがわかれば、もうレオンは迷わなかった。そうこう言っているうちに、呪いの大樹が、徐々に姿を現した。


「俺はどうすればいいんだ?」
「目を覚ますつもりで、呪いと反対方向に走って。それで多分目が覚めると思う。僕はあれの中に入る。」
「だいじょうぶなのか?そんなことして?」
 心配するレオンの言葉に、ルーンは笑う。
「さっきもそうやって来たから、大丈夫。…ごめんね。」
「…なにがだ?」
「ううん、なんでもない。」
(…僕が、助けに行っちゃって、ごめんね。)
 それが、わがままな心だと分かっていた。それでも、…助けに行きたかった。

 二人は立ち上がり、背中をぴったりと着けた。
「わりぃな。任せちまって。俺、こういうことは何にもできねーや。」
 レオンのその言葉が嬉しかった。ルーンは破願する。
「そんなことないよ。僕たちの体、守ってくれるんでしょう?レオンなら絶対守りきってくれるもの」
「他になんかできること、あるか?」
「じゃあ、僕があの樹に負けないように祈ってて。ここはハーゴンの呪いがあっても、レオンの夢の中だから。 レオンが勝てるって信じてくれてれば、僕は負けないよ。」
 その言葉に、レオンはため息混じりに言葉を返す。
「馬鹿か、お前は。」
「ひどいよー、レオン。僕はレオンが大好きなのに、そんなこと言われたら、僕悲しいよ?。」
「気色わりぃこと言うなよ。」
 そう微笑んだ、いつもの二人。レオンは笑いながら、もう一度つぶやく。
「ばっかやろう…。」
「え?なに?」
 聞き返したルーンの体温を背中で感じながら、レオンは怒鳴る。笑いながら。
「知らねーよ!!んじゃ、1、2の3で行くぞ!」
「うん!!」


 レオンは思う。
(ほんとに馬鹿だよ、お前は。)

「「…いち…」」

(勝てるって信じてればだって…?)

「「にぃの…」」

(そんなの…)

「さん!!」

(最初からわかりきった事だろうがよ!!)

 そうして二人は背を向けて走り出した。お互いの勝利を、確信しながら。

 ルーンは、枝をなぎ払い、幹を切り裂いた。
(リィンの、ところへ!!)
 そう念じながら、幹へともぐりこむ。
 そしてレオンはまっすぐに、まっすぐに走り出す。ゆっくりと、景色がゆがみ、足元がおぼつかなくなり… まもなく、するすると現実の世界に呼びもどされ…夢の世界から消えていった。



 目を覚ますと、目の前にはぱちぱちとはぜる焚き火があった。くべていないにも関わらず火が消えて 居ないと言うことは、眠りについてからそう時間が経っていない事を示していた。
(ただの夢か…?)
 横を見ると二人が寝ていて。本当にただの夢のような気がして。それを確かめようとしてルーンに手を伸ばし・・・止めた。
 もし、あれが本当だった場合…下手にルーンを起こすと、リィンが呪いに取り込まれかねない。 それにもし、先ほどのがただの夢ならば寝かせてやっても問題はないのだ。
 レオンは、深呼吸をして、目を閉じる。神経を周りの気配を感じることに集中させる。
 群れと言っていいほどの量のモンスターが、ゆっくりと周りを囲みながら近づいているのが分かった。
「…偶然…てこたぁねーよな…」
 一人で戦うには、苦しすぎるほどの量。薬草をありったけポケットに突っ込んだ。 寝ているルーンを持ち上げ、リィンの隣に置く。そして、その二人に背を向けてロトの剣を構えて立った。
 今の相棒は、ロトの剣のみ。だが、迷いなど持つつもりはなかった。
「早く来てくれよ…」
 一度だけそうつぶやくと、いつ襲われても良いように、気配を読み取る。
(…別に、俺だけで全部倒せってわけじゃねえ、ただ、守って、二人が起きるのを待ちゃいいんだよな。)
 守りの戦いは得意ではないが、それはそう長い時間じゃないと、レオンは信じていた。
 モンスターの輪は、徐々に狭まっていた。


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