「あーーーーーーーーー。」
「お疲れさまー、レオンー。」
 くすくす笑いながら、ルーンはレオンにそう言った。
「慣れねーことさせんなよなー。」
「でもとっても似合ってたよー?またやってよー。」
「やるか!あと半年は顔がこわばるからな!サマルトリアはお前に任すぞ!」
「うんー。」
 ルーンはいつもどおりだった。変わった様子はまったくない。どうやら不審に思わなかったようだった。
「では、王様の許可もいただいたことですし、宝物庫の方に案内して下さる?」
 リィンがそういった時だった。
「レオン様…」
 遠くから、涙ぐんだ声がした。レオンの顔がゆがむ。
「…ティーナ…」

 それは、レオンの側仕えだった。涙で顔をぐちゃぐちゃにして、喜んでいる。
「レオン様、お帰りになられたのですね!ティーナは…嬉しく思います!」
「悪いが、俺はまた出発する。」
 無愛想に答えた言葉に、ティーナは驚愕する。
「そんな…」
「レオンー、だあれ?」
 ルーンは変わらずにっこりと笑っているように…見えた。
「可愛らしい方ですわね。」
 リィンもにっこりと、それはそれは美しく笑っているように…見える。
 その圧迫感が恐ろしい。目の前の女の厄介さより恐ろしかった。
 レオンが何か言う前に、ティーナは頭を下げた。
「失礼いたしました。お初にお目にかかります。私はティーナ。レオン様の側仕えをさせていただいております。 鷲の縁にて、こちらに御仕えさせていただいております。尊き血を持つ方々が凱旋されたこと、 真に喜ばしい限りです。」
 鷲の紋章を象った家柄は、ローレシアの中でも高い地位にある貴族だった。
「あら、貴方のような家柄の方が下仕えをやっているなんて、珍しいですわね?」
 わざとそんなことを言いながら、リィンはにっこりと笑う。
 理由はわかっている。王子のお手つきになるためだ。
「それは、私がいたらないため、王のご好意に甘えて行儀見習いをさせていただいているからですわ、 姫様。」
 だが、ティーナは不思議なほど堂々とそう言った。むしろ、敵意を持っているかのような激しい目つきだった。
「ご無事でなによりです。美しいお城だったと聞いておりますが、真に残念だと思います。 これから先、ムーンブルクのよりよい発展と王国の平穏をお祈りしております。」
 それはいうなれば女の勘だろうか。それともただ側に居ることに嫉妬したのだろうか。明らかなとげが 見えるようだった。国にひっこんでいろと言われているのが良く分かる。
「それは先になりそうですわね。この先わたくしたちはハーゴンを討ちに行くのですから。」
 にっこりとリィンは言い返す。ティーナも楽しそうに笑う。
「まぁ、そうなのですか。自国の戦いですものね。ムーンブルク国民の先頭に立たれる…とてもご立派ですわ。」
「いいえ、勇者の末裔の誇りとして、レオンクルス王子とルーンバルト王子が共に戦って下さるのです。」
 仮にリィンが正式訪問していたら、確実に許されない言葉遣いだが、ティーナは直す様子がないようだった。
「他国の勇者の協力が仰いでの討伐ですの?さすがはリィンディア様、お話に聞いていたとおりですわ。」
「あら、どのようなお話ですの?ぜひお聞きしたいですわ。」
 お互い一歩も引いていない。目の前に火花が見えるようだった。

(…こういうのを止めるのはルーンの役目だろう…?)
 ちらりと見るが、ルーンは苦笑しているものの、ただそれを見守っているだけだった。
 はっきり言って、口を挟みたくない雰囲気だ。だが、このまま見守っているのも心臓に悪い。
 そもそもリィンはともかく、ティーナはおとなしくて口答えすらしない女だと思っていたのに、この有様は なんだ?
(俺が一体何をしたんだ?)
 モンスターより始末が悪い二人を諫めなければならない不運を嘆きながら、声をかける。
「リィン、宝物庫へ行くぞ。とっととロトの印を手に入れて、サマルトリアに行くんだろ?」
「そうでしたわね。ごめんなさい。ティーナ様、ごめんあそばせ。」
 余裕の表情で笑ってみせる。だが、ティーナは納得がいかないようだった。
「レオン様…どうしても…行かれるのですか?」
「ああ。」
 その堂々とした態度に、うっとりとしながらも、ティーナは続ける。
「レオン様はローレシアの跡継ぎであらせられます。他国の為に 危険な真似をされるのは、国王様の本意ではないのではないでしょうか?」
「親父の許可はすでに得た。…跡継ぎくらいなんとかなるだろう。…それにこれは俺の戦いだ。」
 そういわれると、何も言えなかった。
 その姿を仰ぎ見る。闘神のようなレオンと、その横に立つ女神の美しさのリィン。…あまりにも似合いすぎていて… そのことを認めたくなかった。ずっとずっと、想っていたのに。
 …それでも、分かっていた。最初から。世界が違うのだ。身分とかそんなところではない。…戦う ことを知っている勇者たちと自分は同じ場所には立てない。…それが、あまりにも悲しくて、八つ当たりしていた。
「…ご武運を、お祈りします…」
 その消え去るような小さな声は、おそらくレオンには届かなかっただろう。すでにティーナの目にはレオンの背中しか 見ることが出来なかった。


 その場所は、埃くさかった。あまり人が出入りしないのだろう。
 たくさん宝箱が並ぶそのうちのひとつに…神々しく輝く、ラーミアを象った紋章…ロトの印が入っていた。
 震える手で、ゆっくりとそれを手にする。
「…こんなに早く…手にとることが出来るなんてな。」
 ロトの印は精霊の儀式と戴冠式、それと結婚式でしか出されないものだった。それは確かに歴史を… 三人に伝えるために輝いていた。
「…綺麗だね…」
 ルーンがそっと触れる。指先を印が照らし、初めてあう子孫に祝福を与えるように輝いた。
「…レオンはこの印に、ロトの名を授かったのね…」
 細いリィンの指が触れると、いっそう印が輝いたように見える。いや、印は明らかに三国の末裔が そろったことを喜ぶように輝いていた。
 レオンはもう一度ぐっと握り締め、そして立ち上がる。
「行くか。…次はロトの盾だ!」


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