ラダトームに向かう船の上で、レオンは上機嫌でロトの兜を磨いていた。賢者はきちんと 手入れをしてくれていただろうが、これはこれから先命を共にするものへの、レオンの礼儀だった。 意外だといわれるが、レオンはこれでなかなかに努力家だった。 「えらいねー、レオン。」 ルーンはレオンの隣に座る。 「良く似合ってるねー。僕、歴史書の中を見てるみたいだったよー。」 「そうかあ?しかしあんな暗いところにずっといて、あきねえのかな。勇者の泉にいるやつにも思ったけどさ。」 「きっとね、皆レオンが来るのを待ってたんだよ。」 「あ?なんでだよ。」 「皆ね、世界を救いたいんだよ。だからね、レオンの、勇者の役に立ちたいんだよ。」 ルーンがにっこりと笑う。 「伝説の一部分にかかわれるって、すごく嬉しいことなんだよ。僕も、すごく嬉しい。」 「そうだな…俺もそう思うよ。」 「さっきのレオンね。本当に伝説の勇者みたいだった。リィンも伝説に出てくるお姫様だったし…」 「リィンは違うだろ。」 作業を止めて、レオンは顔を上げる。 「リィンはそうじゃねーだろ。」 ルーンは首をかしげる。 「リィンはなんつーか、あー、姫って柄じゃねえだろ。あいつはただ、守られるだけ女じゃ じゃなくて…仲間だ。戦うことを、しってるやつだ。」 戸惑うように、言葉を捜しながらレオンはそう言った。その様子に、ルーンは心から笑った。 「リィンは、特別だもんね。」 「あんな女がそうそういてたまるかよ。」 毒づくレオンの言葉。それは、レオンの最高級の褒め言葉だと、ルーンにはわかった。 「んで、なんか用か?」 少し頬を赤らめて、レオンは会話を変えた。 「あ、そうそう、あのね。聞きたいことがあったんだけど…」 「そんなところにいたのね。そろそろラダトームが見えて来ましてよ。」 後ろから聞こえたリィンの声に、二人はびくっとする。 「…?どうしましたの?」 「なんでもないよー。」 「なんでもねーよ。」 にっこりと笑うルーンに、ぶっきらぼうに言うレオン。 「それより、もう着くのか?」 「ええ。だから呼びに来ましてよ。」 「ああ、サンキュ。」 そういうと、レオンはロトの兜をかぶった。 それは、かの伝説時の勇者アレフの姿そのものだった。 ・・・もっとも、勇者を含めたロトの末裔の目的は、竜王でもローラ姫でもなく、臆病者の王様なのであるが。 「えっとー、二人はどれくらい、探してくれたのー?」 「おおまかではあるけれど、ほぼ全域を探せたと思うわ。ただ、やはり地元の者しか知らない裏通りなどは無理でしたわ。」 「まぁ、怪しいところは二箇所だな。一個はそこだ。」 レオンが目の前の、大きな建物を指差す。そのうちの一つの扉の上には古い看板。 ”呪い・解きます!” 「怪しいのー?」 「見るからに怪しいだろうが!」 呪いを解くのは本来、神官の仕事だった。だが、呪いの研究は既に世界中、どこの国からも禁止されている。 もちろん裏ではいまだ活用されているのだろうが、表向きには 文化や威力そのものが廃れてきている。そのため神官でも呪いを解く能力を持ったものはほとんどおらず、呪い殺しの呪文は 既に歴史の中にうずもれてしまっているのだ。 「めずらしいねー。でもね、職業で怪しいなんていっちゃいけないよー、レオン。」 「ルーン。そうではないのよ。以前此処を訪れた時、頑なに扉を開けては下さらなかったの。」 「俺がちょっと扉開けたとたん、拳骨で殴られたんだよ!」 レオンがそう悪態つくが、ルーンは変わらぬ笑顔を見せる。 「うーん、そっかぁ。じゃあもう一回聞いてみようかー。」 そういうと、扉をノックする。 「あちゃー…」 その様子を見て、レオンは頭を抱える。そして、 「誰じゃ!!!」 「僕、ルーンっていいますー。すみませーん、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけどー、入ってもいいですか?」 「いかん!絶対に入るな!!」 「どーしてですかー?僕、目を見てお話したいなーって思うんですけど、だめですかー?」 「絶対いかん!日光が入る!!!」 その言葉に、レオンの顔が疑問にゆがむ。 「日光だぁ・・・?吸血鬼かなんかか?」 だが、ルーンは心底納得したようだった。 「そっかぁ!リィン…ううん、レオン手伝って!」 「あ?手伝うって?」 「わたくしには手伝えませんの?」 「ん、じゃあ、リィンは太陽に背を向けて立って、手をばんざいして。レオンはその後ろでマントを広げてくれる?」 そう言いながら、ルーンは自分のマントをはずして、リィンの後ろに立つレオンの頭に引っ掛けた。リィンが そのマントがピンと張るよう支える。端をルーンが持った。 「おい!俺はテントの梁か?」 「あははー、ごめんね、レオン。きっとね、日光に弱い薬草か何かがあるんじゃないかなぁ?」 幸い、マントに穴はなかった。扉の部分は完全に日陰になる。 「お邪魔しまーす。」 そう言って、問答無用で扉を開ける。とたんに奥からがちゃがちゃと音が響いた。 「こりゃ!開けるな…とと今日はくもりじゃったかのう…?」 そう言って老人が、ルーンの肩越しにのぞくと、マントを広げた2人が目に入った。老人が破願する。 「ほっほっほ、負けたよ。早く入りなさい。」 部屋の中は、何に使うか分からない道具や薬草、器具にあふれていた。 底に住む偏屈な老人は意外なほど上機嫌で、三人に怪しげな匂いを放つ薬草茶を出してくれた。 「それでロトの末裔様が、わしになんの用じゃ?」 「なんで俺たちがロトの末裔だとわかったんだ?」 もっともな疑問に、老人が答える。 「わしの家系はラダトーム王家の次に長い家系でな。代々呪いの研究をしていた家系じゃ。 先祖はかの伝説のロトの勇者とも話したそうじゃ。もちろんアレフ様ともな。 ほれ、そこのおぬしが付けておるのは、ロトの装備じゃろ?それを装備してると言うことは、ロトの勇者じゃ!」 「そこまでわかるんなら、もっと早く入れてくれよ…」 ぼそぼそとつぶやくレオンの声は、老人には聞こえなかったようだ。 「それで、なんの用じゃ?」 老人に聞かれるまでもなく、この部屋には他に人間がいないことは一目で分かる。なにせ 本来は四人分入るスペースなどないのだろう、お茶を飲むスペースでさえ、四人が必死で機材を退けて空けたのだ。 「わたくしたち、人に頼まれて家出人を探していたのですわ。それでそちらにお邪魔していないかと思いまして…」 「おお、ラダトーム国王じゃな、まったくあの方は困ったもんじゃ・・・」 言いにくいことを、さらりという老人。 「おじいさん、ラダトーム王のこと、知ってるのー?」 「あの方は若い頃、ようこの城下町に出ていらしてな。わしのことを兄のように慕っとってくれたんじゃよ。じゃがなぁ、 表面はりりしく見えようが、臆病もんじゃからなぁ…」 逃げるのも当然じゃろうて、と納得するように頷く。 「では、貴方は国王と旧知の仲なのですね。どこにいらっしゃるかご存知でして?」 「あの性格じゃ、こっから逃げ出すほどの度胸もなかろうて。となれば、はやり武器屋かのう…あそこの店長とは 仲が良くてのう…よう騙していろーんないたずらさせとったわい。」 かっかっか、と笑う老人の話に、あのりりしくすばらしいラダトーム王の幻想が崩れていく。その 様子に気がついてか、老人が止めを刺した。 「今頃あいつは、酒に飲んだくれて荒れとるじゃろう、迎えに行くだけ無駄じゃと思うぞ。嫌な目に 会うだけじゃ。特にそっちのお姫さんは気ぃつけなされ。あやつは酒を飲むと気が大きくなるからな。」 (アレフと言い、ラダトーム王といい…もう、どんな現実を知っても、俺はめげねえぞ…) ぐらぐらと頭を揺らしながら、レオンが立ち上がった。 「やっぱりあそこか…さんきゅー。まぁ、駄目でもともとだ。とりあえず行くっきゃねえんだ。」 「頼まれちゃったしねー。」 「そうね、王弟陛下も心配されてましたし。」 「あいつはあいつで小心者じゃからのう。兄が死んで自分が犯人だと思われるのが嫌なんじゃろうなぁ。」 もう、このまま旅に出たいと思う気持ちもあるが、蹴り倒さないと気がすまないと言う気持ちもある。 「せめて竜王は無害だってことくらい伝えておかねえと…」 そこで初めて、レオンは気がつく。思いっきりほえた。 「全部あの、竜王の孫が余計なこと言いやがったせいじゃねえのか!!なんで俺らがその尻拭いをしてるんだよ!!」 迷惑料だ、といわんばかりの世界地図が恨めしかった。どこかで、竜王の笑い声が聞こえたような 気がした。 |
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