精霊のこどもたち
 〜 夢と現の間に 〜


 養父母は、僕を本当の子のように接し、育ててくれた。

 僕を拾った二年後、養父母に子供が生まれた。二人の娘はマリィと名づけられた。だが、 養父母は決して自分とマリィとの間に壁を作らなかった。わけ隔てなく育ててくれた。マリィも 僕を実の兄のように慕ってくれていた。僕も三人を愛していた。
 僕が10の年に手を届く頃、養父母の教会はどんどん大きくなっていてきた。その理由は 寄付してくれるお金持ちの家が儲かっているからだとか言われているけれど、僕は良く知らない。
 ただ、養父母の人柄が認められてか、貴族の子供たちがうちの教会に行儀見習いに来るようになったのは 嬉しかったし誇らしかった。
 そして、預かった子供たちの親の寄付も受けて、教会の横に宿舎が出来、引き取り手のない孤児を預かるようにもなっていた。 いろんなことを教える先生も雇うことになった。

 僕もマリィも一緒になって先生や養父母に勉強を教えてもらっていたけれど、家は宿舎じゃなくて教会の二階だった。 「貴方達はうちの子なんだから」養母はそう言ってくれたけど。…マリィはともかく、僕は養父母の子供じゃなくて、 宿舎に止まっている行き場のない孤児と同じだと知っていた。少しだけタイミングが早くて、少しだけ幸運だった。 それだけだ。そして、皆が僕を妬んでいることも知っていた。お前は孤児の癖に特別扱いされて、 と影で言われていることも知っていた。
 …僕の事は良かった。でも、そのことで養父母やマリィに嫌な視線を向けられるのだけは嫌だった。
「僕は宿舎に入ります。」と養父母に言った。止められたけど、聞く気はなかった。今まで暖かな愛情で 育ててもらったこと。それだけで僕は幸福だったのだ。
 養父母は結局頷いてくれた。これでよかったんだ、そう思ったとき、横で聞いていた幼いマリィが、こう言ってくれた。 「私も宿舎に行きます」と。
 僕は驚いた。僕は孤児だけどマリィは違う。二人の元で暖かく育てられる権利がある。だが、養父母は驚かなかった。 僕がそういえば、マリィもそう言うと分かっていたと笑っていた。マリィも言った。「お兄ちゃんが行くなら、私も 行かないとおかしいよ」と笑った。
 僕が養父母の言葉に説得されなかったように、マリィも説得されなかった。結局二人とも家を出て、宿舎に入ることに なった。「誕生日や記念日には帰ってきてね。ここが本当の貴方たちのお家なんだから」そういう養母の言葉に 僕は頷いた。



「お前、相変わらず起きるのおせーな。」
 寝ぼけ眼でおきてきたルーンに、レオンは船の縁に腰掛けながら声をかけた。
「おはよう、ルーン。良く眠れて?」
 その横で立っていたリィンが、優しく声をかける。二人の手には釣竿。どうやら釣りをしていたらしい。
「うん、良く眠れたよ。釣れた?」
「わたくしは釣れましたけど…レオンは駄目ね。すぐ釣竿を動かしてしまうのですもの。」
 見ると近くにあるタルの中に、魚が二匹泳いでいた。
「俺はこんなこと向いてねーんだよ。ああ、朝食さめてるぞ。」
「あ、残しておいてくれたんだねー、ありがとうーレオン。」
「もうあと半時も過ぎればペルポイに着きますわ。早く身支度を整えていてね。」
 ルーンは笑顔で頷いて、食堂の方へ歩いていった。


 次の目的地ペルポイは商業都市だ。もともと鉱山に集った者たちが作り出した町で、鍛治師や彫金師の 腕前には定評がある。そして武器や飾り物を買い求める人がいつもごった返しているところだと聞いている。 もっとも三人とも足を運んだことはないのだが。
「人が集まるんだから、情報もあるだろう。紋章のこと分かると良いけどな。」
「そうだねー。」
 レオンのつぶやきに答えたのは、ルーンだった。手に朝食のパンとおかずの皿を持っている。
「お前、なんでここに!?」
「ここで食べようかなーって思ったのー。」
 レオンの言葉にそう答え、ルーンは近くに座り込んで皿を置く。
「ルーン、行儀が悪くてよ?」
「でも、皆と一緒に食べたほうがおいしいものー。」
 にっこりと笑って言うルーンに、リィンは微笑みながらため息をついた。

 もくもくと食べるルーンに、黙々と釣りをする二人。タルに入っている魚がぴしゃん、と跳ねる。 そこに会話はないけれど、暖かな空気に満たされていた。
 ようやく朝食を取ったルーンが顔を上げる。
「そうだ、レオン、聞きたいことがあるんだよー」
「なんだ?」
 レオンは釣竿をもてあそんでいた手を止めて話を聞いてくれる。
「あのね、アレフ様の記憶のこと、何かわかった?」
「ああ…」
 レオンの中にある、ローレシア初代国王、伝説の勇者の記憶。
 伝説の中のようでいて、少しおかしい、そんな記憶。
「…いや?わからねえ…」
「ルーンと同じように、幼い日のレオンの体験だと言うことではなくて?ルーンと同じようにラダトームの地下に 紛れ込んだとか…」
 リィンの言葉に、レオンはしばし思考する。
「それも考えたんだけどな…俺は確かにローラ姫を見た…と思う。」
「絵姿と言うことはないの?」
「かも知れねえけど…でも、俺、なんとなく、ローラ姫の声を聞いた気がするんだよ。動く 姿も…見た気がする。」
 そういいながら、レオンの頬が少し染まるのを見た。
(…そういえば、ローラ姫は、レオンの…初恋の人、でしたわね…)
 絵姿ではなく、アレフの記憶を通して、レオンはローラに焦がれたのだ。なんだか、 少し悔しい気がした。
「セラだったとか…そんなことはない?」
「それはねえ。ローラ姫は…今の俺と同じ年くらいだった。」
 頬を染めながらも、レオンはルーンの言葉をきっぱりと否定した。
 ルーンは言葉を続ける。少し真剣な表情だった。
「じゃあ…夢だった、ってことは?」
「夢?」
 レオンが聞き返す。
「レオンが大昔に見た夢をずっと覚えてる…とか。もしかしたらアレフ様の記憶をそのまま一度夢に 見たのかもしれないけど。」
「う…」
 ルーンの言葉に、レオンが詰まった。考えてみる。そう考えると否定する要素が何もないことに気がついた。
 今はレオンは、アレフの生まれ変わりじゃなくても良いと考えていた。だが…幼い頃からの思い込みを 否定されるのはやはり少し辛い。
「どうして、ルーンはそのことが気になりますの?それこそルーンが以前言っていたように、 『考えても仕方がないこと』なのではなくて?」
 リィンがそんな疑問をぶつけた。
 その話題は、なんとなく嫌だった。レオンがアレフの生まれ変わりではないと言われているようで、なんとなく 嫌だったのだ。…なにか、嫌なことを考えそうで。
 ルーンは少し複雑な表情を浮かべる。
「うん…そうなんだけど…人の記憶を夢に見ることって、あるのかなって。」
「あー、わかんねえよ。けど…なんかやっぱり違う気がするんだよな…わかんねえけど。」
 結局、はっきりしたことは言えないのだろう。レオンは釣竿を持っていない手で頭をかきむしった。
 そのとたん、レオンの体が斜めに傾いた。

「うわぁ!」
 船から転がり落ちそうになる体を、自らの腕で何とか引っ張り起こす。釣竿を持った手が震えていた。どうやら 何かが釣れたらしい。折れそうに曲がる釣竿をしっかりと握り締め、ゆっくりと引き上げる。 リィンとルーンはレオンの体を支えた。
「すごいねー。大物だねー。」
 ルーンが言うとおり、ずいぶんと大きな獲物のようだった。レオンがゆっくりと、力強く引き上げていく。それでも 重みで海に落ちそうになるレオンを、二人が支え、引き上げる。竿の先がしなり、獲物が船の上に 落ちた。
 ふよん、と触手がゆれている。
「…触手?」
「わー、しびれくらげだー。大量だね、レオンー。」
 そこには、しびれくらげの群れがいた。どうやら数珠つなぎになってレオンの釣り糸にしがみついていたらしい。
「…道理で重かったはずだ…」
「そんなこと言っている場合ではなくてよ!!」
 防具ははずしていたが、幸い三人とも武器は持っていた。明らかにこちらを見ているしびれくらげに向かって、 レオンは剣を抜いた。
「あ、ちょっと待ってー。」
 一度剣を抜いたルーンは、剣を納める。リィンがいぶかしげにそれを見た。
「どうしたの?」
「新しい呪文、覚えたんだー。やってみてもいい?」
「大丈夫?」
「おお、そうか。じゃあじゃあやれ。雑魚だからな、とっとと片付けようぜー。」
「誰のせいだと思ってますの?」
「えさが悪かったんだろ。いいからルーン、やってくれ」
 リィンの言葉をさらりとかわし、レオンはルーンを促す。ルーンはすでに詠唱に入っていた。ゆっくりと ルーンの指先に力が集まっていく。そしてルーンは目を見開く。
「ベキラマ!!」
 そのとたん、ルーンの左手から炎の幕があふれ出し、しびれくらげに襲い掛かった。目の前が 真っ赤に染まり、全体を炎が征服する。それはあまりにも強い、魔力。
 …そして、ほどなくしびれくらげは消えていった。



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