精霊のこどもたち
 〜 二人の歌姫 〜


 打ち合っていた。
 木刀を握り締め、木刀を振り下ろす。
 見下ろすほどの小さな少年。黒い髪を持ち、まっすぐで鋭い目をした男の子が木刀を握り締め、自分に打ちかからんと していた。
 その少年は私より13も年下だったが、その目にはどこにもあきらめの表情がなかった。
 4歳の少年は、少年と同じくらいの大きさにすら見える木刀をしっかりと持ち、こっちの手に向かって打ちかかる。
 …最初は、適当に打ち合おうと思っていたのだ。4歳の少年。真面目にやるには少々小さすぎる。
 にもかかわらず、その太刀筋があんまりにもまっすぐで、力強くて、相手の年を忘れさせるには十分な ほどの切れだったものだから。
 その少年の木刀の先に木刀をあわせた。しっかりと木刀を握り締め、相手の木刀を弾き飛ばした。
 少年は、少しの間呆然としていた。どうやら負けたことがないのだろう。 当たり前だ。この少年はおそらく自分より身分が下の相手としか、打ち合ったことがないのだろうから。 少し苦笑した。絶望するだろうか。
 だが、少年は悔しそうにこちらをにらみ…そしてすごい勢いで木刀を取りにいく。その勢いのまま、こちらの足へ木刀を一閃した。
 …あきらめないのだ、この少年は。年とか、身分とかそんなことは関係ないのだろう。それが、あんまり嬉しかった。少年の 木刀を木刀で抑える。低すぎて力で押すのは難しかった。その様子を見取ってか、少年はにやりと笑った。
 初めて剣道を習った日を思い出す。楽しくて楽しくて仕方がなかったその様子、そのままだった。
 気がつくと、こっちも笑っていた。一歩下がり、身を低くして、少年の胴へと木刀を入れる。少年は 勢い良く後ろに跳ぶが、少し遅かった。胸に木刀が入る。
 鋭く打たれて、一瞬胸を押さえる少年。だが、少年はめげずにこちらへと再度打ちかかる。
 気がつくと、微笑んでいた。少年も微笑んでいた。真剣に木刀をかみ合わせ、力いっぱい木刀を弾き飛ばした。



「レオン、ルーン、起きて下さいませ。もう昼前ですわよ。」
 目覚めて最初に見たものは、リィンの顔のアップだった。
「ああ・・・?」
 横でレオンの声がした。昨日は三人で一部屋しか取れず、二人は夜遅くまで酒場にいたことを思い出す。
「寝坊が過ぎますわよ、二人とも。…とはいえ、女将さんもいつものことだとおっしゃってましたけど。」
「は?なんで女将が俺達の寝坊がいつものことだって知ってるんだよ?」
 レオンの鋭い声は、寝起きでも健在だった。
「いいえ、ここ、日の光がありませんでしょう?下手をすると丸一日寝てる旅人もいらっしゃるんですって。」
「…なら起こしてくれよなぁ…」
 レオンのもっとものつぶやきに、リィンが笑う。
「一日寝てられたほうが儲かるから、ですって。最初に希望があれば起こしてくださるそうですから、 次の機会にはお願いしたほうがよろしいですわね。わたくしもいつもより寝てしまいましたから。」
 ルーンはぼんやりとその会話を聞いていた。
 そんな二人を見ていると、ゆっくりと夢の世界から引き離されるような気がした。
(…あれは…あの少年はレオンだった…)
 じっと、現実のレオンをみつめた。
 レオンは自分より一つ上で、昔から良い体格の子供だったから上から見下ろすことなんてなかったけれど、 あの強いまなざしの幼い少年は、確かにレオンだったとルーンは思う。
(かわいかったなー、レオンー)
「おーい、ルーン、起きてっか?」
 ぼんやりとしているあいだに、リィンは席をはずし、レオンは既に着替え終わっていたようだった。
「あ、うん、起きてるよー。おはよー。」
「俺、腹減ったから下に降りるけど、お前寝なおすなよ!!」
「うんー。」
 レオンが扉を閉め、下に降りていった音が響くと、ルーンはパジャマを脱ぎ、いつもの服に着替えだした。


 三人が食事を取り、町に出る。
「とりあえず、今日一日は町で情報を集めようぜ。」
「そうね、紋章のことも聞きたいですわ。」
「皆でー?」
「いや、バラバラにしようぜ。各自散ろう。ここなら単体になってもそうやっかいなことはないだろう。」
 レオンの提案に二人が頷く。そして三人はバラバラの方向へと歩き出した。

 ぐるりと路地裏の方へと向かうと、そこには高くまで立てられた建物が迫り来るような場所だった。
 この町は閉鎖された空間にも関わらず、ここは不思議なほど閉塞感がなかった。皆生き生きしているからだろうか。
(上の空気穴があるのかしら?)
 見てみたが、日の光が入ってこないところをみると、おそらく開いていないのだろうか。それとも特殊な加工が してあるのだろうか。
 実のところ、日の光が入らない石造りの天井は、リィンにとっては懐かしかった。
 レオンは、兄が幽閉されていたと言っていたが、それはリィンとて似たようなものだった。
 部屋に閉じこもり、毎日勉強をしていた。父に認められるように。母に褒められるように。
 見たこともない兄の影を追って。ひたすら追い越すために。
 それが王女として当たり前だったのか、異例だったのかわからないが、城から出たことはほとんどない。 考えてみれば、リィンの世界は世界の5国城…ローレシア、サマルトリア、ムーンブルク、ラダトーム、デルコンダルと リリザくらいだった。一般市民で、これほど広く世界を知っている者は、少ないと思っていた。だが、 城から出た日数を数えれば、人生に比べてほんのわずか。そして関わってきた人間の数も、本当にすくなかった。
 そもそも、両親と顔を合わすことも、それほど多くなかった。両親に似ていない自分の顔が嫌だったし、 いつ兄の名を口にするかとおびえていたから。…もう、会えないのに。
 リィンの日常は、自室に閉じこもり、教師と召使いを相手に生きてきた。見えるものは、 自室にある調度品と、窓から見える空。…そして冷たい石の壁…それこそが日常で全てだった。
(いやね。こんなところで浸ってしまって。)
 そう意識を切り替えようとしても、上手くいかない。・・・一人だからだろうか。それとも この路地裏が、犬だったあの頃を思い起こすせいだろうか。

 自分の体が犬だった頃。ずっと、城の中のことを考えていた。その記憶は、幸せな記憶ではなく、ただ義務と 焦燥感。そんな記憶。
 それでもそれは当たり前なことだと思っていた。自分は王族なのだから。両親に認められ、いつか女王として 生きること。…それが、夢だったのだから。そのための努力は苦ではなかった。
 ムーンブルクの王女としてふさわしい人間に。英知を求め、人格者として賢く、気高く、優れた人間に。… その行動原理は今も自分の中に息づいていて。
(お父様、お母様…忘れませんわ。…私はムーンブルクの最後の王族として、ふさわしい行動を…)
 きゅ、と胸の前でこぶしを握った時、すぐそばで歌が聞こえた。



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