「ねえねえ、見かけない顔ね。貴方、旅人?」
 かけられた声に、レオンがあとずさりする。見ると、露出度が高い格好にかなりの厚化粧の女が 立っていた。…年は自分とおなじくらいだろうか。レオンの特に苦手なタイプだった。顔が引きつる。
「そうだ。」
「いやん、冷たいわねー。ねえ、良かったらあたし、ここ案内しましょうか?」
「いや、いい。仲間と一緒だ。」
 そういい捨てて逃げようとしたが、女は逃がさなかった。ここは閉鎖された町。つまり出会いが絶対的に少ないのだ。 女としても魅力には自信がある。まして、目の前の男は見た瞬間から自分に対して緊張しているようだ。 照れているのだろう。脈がありそうだった。
「えー、仲間って男?女?いいじゃない、今は自由行動なんでしょう?」
「いや、情報を探してるんだ。俺は忙しい。」
「じゃあー、あたしが手伝ってあげる。うん、そうしましょう、それがいいわ。ねえ、何の情報?」
 ずいずいずい、と胸を押し付けてくる。レオンは思いっきり身を引いた。それでも この女が情報を持っているかもしれないと、一縷の望みをかけて聞く。
「も、紋章って知ってるか?古代から伝わる、ルビス様にささげられたとされる紋章だ。」
「えー、しらなーい。なんだか難しそうー。いーじゃない、そんなこと。それよりあたしとデートしましょ。」
 話を聞いてくれない。それは、城の宴であった貴婦人にもままあった。が、ここまであからさまなのはそうそう居ない。 まがりなりにも王子に敬意を払ってくれるからだった。
 王子という自分の身分が、どれだけ自分を守ってくれていたかを自覚するのがこんな時なのかと情けなくなりながら、 レオンは困り果てていた。
「ねえねえ、いーでしょ?ねえ?あたしー、今暇なのぉー」
「いや、俺は暇じゃない。」
 ただ、ひたすら固まりながら、無機質な言葉を放つしかなかった。何も考えられない。反射的に言葉を返すしかない。

 近寄らないで欲しい。側に来ないで欲しい。

「えー、なんでぇー、どーして。あたし、貴方みたいなたくましいひとー、すきなのー」
 女は嫌いだ。…弱いから
。 「悪いが、俺は仲間を…待たせてる。そんなことをしている暇はない。」
 …守れなくなるのは嫌だ。自分の手は小さくて。守れなくなるのが嫌だ。女はもろくて弱いから。
「でもぉ、暇そうにしてたじゃなーい?情報集めるんでしょ?手伝ってあげるわよぉー。」
…弱くて。守りたくなるから。その弱いものを全て、自分の背に背負わなければならないような気がするから。
「いや、いい。仲間と合流することにした。手間を取らせた。俺は行く。」
「つめたーい。ねえねえ、あたしみたいなのは好みじゃない?」
…それでも。もし、たった一人というのなら。
 可憐なまでに弱く、消え去りそうなほど儚く。…そしてその心の内に負けないと頑張る光を宿した、彼女のような人がいい。
「俺は…」
 そう言って女を引き剥がそうとした時、遠くからハーモニーが聞こえた。


  「いやぁ、そういうことはいえねーんだ。」
「そうなんですかー。ごめんなさいー。」
 ルーンは昨日の露店を訪ねていた。だが、いろいろ仁義があるのだろう。取り立てた情報は 得られなかった。
(んー、レオンと合流したほうがいいのかなー?)
 考えてみればレオンは、女性には絶対に質問できないのだ。レオンの担当した地区が穴だらけになる気がした。
(でもレオン、どっちにいったんだけー?)
 三人適当にバラバラに散ったため、位置を把握してなかったのだ。ルーンは頭をかいた。
 少し考えた後、適当に情報収集をしながら、レオンを探すことにした。

 大通りからはずれ、建物の裏側をぐるりと回る。裏情報に長けている情報屋はこういったところに居そうな 気がしてた。
(お金払ったら、何か教えてもらえるのかなぁ?あ、でも今お財布の中、あんまり入ってないんだったー。)
 この間旅人から「誰でも空が飛べる魔法の粉」をこっそり購入したが全然飛べず、 そのことがレオンにばれてあんまりお金がもらえなくなってしまったのだった。香水購入のこともあって、財布の 中にはせいぜい昼ごはんくらいの額しか入っていない。
(むー、こういうのっていくらなのかなぁ?レオンに言ったらくれるかなぁ?)
 財布は基本的には三人で管理しているが、一番権限があるのがレオンなのだ。意外かもしれないが 三人の中で一番金銭感覚があるからだった。

 …レオンは、何でも出来る人だ。
 魔力は人の身としては驚くほどにないけれど、それをカバーする剣の腕がある。そして、才能が あり、それに驕らない努力を持っている。
 あまり人には見せないけれど、結構世話焼きで優しくて。しょーがねーな、なんて言うレオンの表情が好きだった。
 …初めて会った時もそうだった。とろくさくてローレシアの城ですっかり迷ってしまった自分に、馬鹿だの間抜けだと言いながら、 丁寧に父親の元へ返してくれた。
 その時から、自分はレオンが大好きで。たまらなく大好きで。ああ、いつかこの恩を返そうなんてそんなことを考えていた。
 けれど、いつからか恩がたまっていって、とてもとても返せないほど、たくさんのものをもらってしまっていて。
 …それでも、あふれ出そうなその思いを、止めることだけが、今の自分に出来ること。

 ふと顔をあげると、水の音がして。
 そしてその向こう側から、美しい重唱が聞こえた。


 ”The dream of boyhood which is not realized ”

”It is continuation to have it in the heart ”

”The heart is hastened in my mind ”

”looking up at morning sky.”


 それは少し切ないメロディー。哀愁が漂う、寂しい音楽。そして、何よりそれはとても豊かで美しくて。リィンは その歌声の主に目を向けた。
 それは、一人の少女だった。ただ、見えない空を見て。高く、高く歌い上げていた。
 誰もいない路地。そこで少女は歌っていた。何かを、空へと訴えるように。聞いているだけで、涙がこぼれるような音楽を。
 少女が歌い終わる。たった一人の聴衆だったリィンは、夢中で拍手をする。
 今まで城に来た吟遊詩人など、比べ物にならない。それはあまりにも美しく、あまりにも儚い芸術だった。
 少女はにっこりとリィンに微笑みかけた。
「素晴らしかったですわ。わたくし、貴女のような歌い手には初めてお会いしました。黄金の声というのがあると聞きますが、 貴女の声はそれを越えた…まるでプラチナのように素晴らしいお声でした。」
「ありがとうございます。けれど、貴女の声もとても美しいと思うわ。…貴女は旅の方?」
 少女は人懐っこくそう聞き返してきた。
「はい、わたくしはこの町に昨日きたばかりの者ですわ。リィンと申します。」
「私はアンナ。このペルポイの町で、歌い手をさせてもらっているわ。恥ずかしいけど『歌姫アンナ』って呼ばれているのよ。」
「まぁ…」
 その言葉に、納得はできた。だが、それならばどうしてこんな人通りのない場所で歌っているのだろうか。
「けれど、どうしてこのような場所で歌っていらっしゃいましたの?」
 リィンの疑問に、アンナは嬉しそうに笑う。
「それは、この町という意味?それとも、こんな路地裏で、と言う意味?」
「路地裏で、と言う意味ですけれど、両方気になりますわね。貴女のような方でしたら、お城のお抱えでも食べていけそうですもの。」
「それは褒めてくれているのね、ありがとう。けれど、私の先祖は吟遊詩人だったの。だから、一箇所にいるのは性に合わないのよ。 …今、この町にとどまっているのは、人々が私を望んでくれているから。…たとえ望んでここにいても、時々は寂しくなる。外の 様子が気になるわ。だから私が、その様子を歌ってあげるの…歌は人に望まれてこそだもの。本当に歌って欲しいと 思う人のところで私は歌うの。」
 その言葉に、リィンは固まった。
「…では、今この場所で歌っていらっしゃったのは?」
 アンナは、少し寂しげに答えた。
「…貴女に、必要だと思ったから…」


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