「…え…」
 アンナはリィンの顔を覗き込む。
「…貴女は…気がつかないの…?とても、泣きそうな顔をして歩いていた。…どうして、泣かないの?」
「わたくしは、別に泣きそうだなんて…」
「貴女に、誰も泣くことを教えてくれなかったの…?」
 なんだか、同情されているような気がして、リィンの心に嫌な気持ちが舞い込む。毅然とした いつもの表情で、はっきりと言った。
「…いいえ、わたくしは人前で泣くような真似はいたしませんわ。まして、他人に弱く醜い感情を見せるなど、 そのような愚かなこと、わたくしはいたしません。」
 リィンのその言葉に、アンナは首を振った。
「…いいえ、感情は見せるものではなく、あふれるもの。…けど、そうね、貴女がやがて誰かのために泣けるなら… 心から嬉しいと笑顔を見せ、悲しいと涙をこぼせる日が来たら…その時、貴女の感情は、解放されるのかもしれないわ。 …その時は、必ず来るわ、貴女に。」
 その言葉は、歌唄いと言うより、預言者めいていてリィンは少し首をかしげた。そして、その様子を見て、 アンナは少しいたずらっぽく笑う。リィンの腕を掴んで引っ張る。
「ねえ、一緒に歌いましょう?」
「え…?」
「これから、街角で歌うの。あなたも一緒に歌いましょう、リィン!」

 アンナが提案した歌は、リィンの知らない歌だった。
「わたくし…この歌知らないわ。そもそもわたくし、人前で歌を歌ったことなんて、ほとんどありませんのよ?」
「少しでもあるなら、大丈夫よ。教えてあげるわ。」
「いえ、それも詩歌の先生の前だけですのよ。」
 そう言うが、アンナは聞いていなかった。丁寧に歌いだす。その少し不思議な歌詞は、弾むようなメロディで甘く優しい人の感情を 歌っていた。
 リィンは幸い、すぐそのメロディと歌詞を覚えることが出来た。アンナの強引さにつられ 歌ってみせるとアンナは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、実践ね。行きましょう!」
 ぐいっと体が引かれ、メインストリートだと思わしき大きな道路の噴水の前に連れて行かれる。
 そして、どこに持っていたのか、小さな竪琴を引き始める。奏で出すのは、先ほどのメロディ。
 アンナはこちらに目を合わせてくる。
(…もう!)
 リィンは意を決して口を開いた。


 ”…You crossed the crossroads of midwinter alone. "
"A tight hug is strongly given calmly to the love which finished."
" I trust your shadow which moonlight illuminates.”


 声が聞こえたほうに、走った。どうやら既にたくさんの人が歌の中心に集まっていたようだった。 十重二十重に町の住人が取り囲んでいた。
「ごめんなさーい。ちょっと通してくださいー。」
「わりぃ、ちょっとのいてくれや。」
 周りを押し分けながら、進んでいた二人が、顔をあわせた。
「あー、レオンだー。」
「ルーン、お前も来てたのか。…じゃあ、間違いねえよな。」
「うん。この歌声…一人は知らないけど、もう片方は間違いなくリィンだよ。」
「なんであいつ、こんなところで歌なんか歌ってるんだ?」
 二人ともそんなこと言いながらも人波を掻き分ける手は止まらない。そうして、ようやく一番前に出ることが出来た。

 そこには、二人の少女。
 銀色の竪琴を引き、楽しそうに歌う愛らしい見知らぬ少女と、
 まるで神話の歌神の化身のような美しさで人を圧倒しながら歌う少女…リィンだった。
 町人は二人の和声を一時たりとも聞き逃さないようかのように、その場を動かず、何も言わず、ただ聞き入っている。
 それはまるで繊細な宝石細工のように煌いた、美しい歌声。
 人は心奪われ、見入られ、魂の全てを歌にささげる。

 …そしてゆっくりと竪琴の弦が弾かれ…一瞬の沈黙。そしてあふれるばかりの拍手が、その場を支配した。
 二人の美少女に男たちは興奮し、女たちはその歌声の感動を今もかみ締めていた。
「リィン!」
「リィーン!」
 皆が詰め寄る前に、二人は歌姫たちに駆け寄る。そしてその後四人で路地裏に駆け出した。
 夢のように消えてしまった歌姫に、町人たちは呆然としていた。


「で、なんだって一体歌なんて歌ってたんだ?」
「…なんでといわれても…わたくしも良くわからないのよ…」
 リィンは心底困惑したように、レオンの問いに答えた。
「とっても上手だったよー。リィンも、貴方もー。」
「ありがとうございます。私はアンナ。貴方たちは、リィンの友達?」
「うん、僕、リィンの仲間でルーンです。あっちはレオン、よろしくねー。」
 にこにこと、ルーンはアンナに自己紹介をする。
「…それで、なんだってリィンを歌わせたんだ?」
 レオンの問いに、アンナはにっこりと笑う。
「何故だと思う?」
「何故ってたって…わかるかよ…」
「一人より二人の方が楽しいもんねー。」
 戸惑いながら言うレオンと、にっこりと笑うルーン。その二人を見て、アンナは笑った。本当に楽しそうに。
「リィン…貴方の旅は…とても楽しいのね。」
「ええ、とても楽しいわ。」
 リィンは迷わずに答えた。

「ところで、貴方達はこの町に何をしに来たの?」
「あ、そうだったわ。紋章って知らないかしら?」
 アンナの言葉に、ようやく三人は目的を思い出した。
「…紋章…どこかで聞いたことがあるのだけど…ごめんなさい。思い出せないわね。貴方たちは伝承を探しに来たの?」
「…似たような、ものね。何か変わったことはないかしら?」
 アンナはしばらく考えた。
「…そうね。役に立てるかわからないけれど。…この町の北西、ロンダルキアのふもとで岩山が割れた…そんな 噂話を聞いたことがあるわ。」
「岩山が割れた?」
 レオンが鸚鵡返しに聞き返す。アンナは頷いた。
「私は、人の多い場所にいることが多いから、良く噂話を聞くの。 この間一人でおびえながら酒場でそう愚痴っている人がいるのを聞いたわ。」
「それは、この間の話?」
「ええ、昔話ではない、今の話よ。やっぱり参考にならなかったわね。」
 アンナが残念そうに言うが、リィンは首を振った。
「いいえ。ありがとう。とても役に立ったわ。」
「それならよかったわ。あと、教会の神父さんが伝承や人の噂話に詳しいと思うわ。尋ねてみたら?」
「ええ、そうするわ。ありがとう。」
 風変わりな少女だった。強引に歌わされた。失礼なことも言われたと思うし、心地いいはずがない。だが、
 リィンは、にっこりと笑う。
「とても楽しかったわ。貴方のことは忘れない、アンナ。」
「私も忘れないわ。リィン。とても楽しかった。」
 アンナもにっこりと笑う。そして、去り行く三人へこうつぶやいた。
「そして、ロトの末裔たちに…祝福のあらんことを…」



 まず、訂正業務連絡。前回、前々回の冒頭部分(夢シーン)がすこしだけ変わっております。さして重要なところではないのですが、 混乱を招く可能性がありますので「あー、変更したんだなー」とおもっといてくだされば。
 ペルポイ編は3話になるようです。アンナ編、あっさり行く予定だったんだけどな。何に手間取ったかと言いますと、 歌です。似非英語の歌ですが、日本語を翻訳して、英語に直して、おかしなところをまた日本語に 直して・・・と繰り返したものですが、既に原型をとどめてません(笑)ついでに言うとオリジナルじゃないので、 著作権侵害にならないように、ちょっとずらしたと言うのもあるのですが…すでに訳は不可能です。

 次回はバコタ編になります。うまくいけば、次回でペルポイ編おしまいかな?

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