レオンがテーブルを叩きながら怒鳴った。 「なんだって!!」 「それは、どういうことですの?」 「…ここに忍び込もうとしておりました。私は混乱を避けるため、秘密裏に牢獄に入れております。 危険ですから近づくなと牢番に言い含めてあります。そのことを知っているのは私と、アンナと牢番だけでしょうね。 皆さん、牢屋の鍵は持っているのでしょう?気をつけて事情を聞いてきてください。」 ここまでくれば、ルーンにはなんとなく仕組みがわかった。 「貴方が、情報屋なんですか?」 ルーンの言葉に、神父は人の良い笑顔で答える。 「誤解しないで下さいね、本職は神父ですし、メッセンジャーをしてもらっているアンナも、本職は吟遊詩人ですよ。 ただ、牢屋の鍵をそううかつな者には渡せません。ですが…貴方たちのように必要とする方もいらっしゃいます。 教会に来れるような方はね、正々堂々としていらっしゃいますから。もちろん怪しい方にはとぼけさせてもらってますけどね。」 「相当な役者ですわね、すっかりだまされましたわ。」 リィンの言葉に、朗らかに笑いながら、両手を組む。 「私はもともと神の御前にひざまずくもの。ただこの町の平和を守るために、少々裏の世界を拝見させていただいている だけですよ。神父と言うのはそれでなくても情報が集まるものですし、ああやって町の人が、ここで井戸端会議を してくださってますしね。ああ、もちろん懺悔などをむやみに売ったりはしませんよ?本当に 必要としている方を見極めて、情報を与えるのです。」 にこにこと笑う神父には、裏世界の闇などまったく感じさせなかった。 「信用してくださってありがとうございます。」 リィンがにっこりと笑う。 「でも、そうすると僕たち、神父様にお金を払わないとーいけないんじゃないかなぁ?」 ルーンがそう言うが早いか、レオンは力いっぱいルーンの頭を両手で押さえつける。 「よーけーいーなーこーとーをーーー」 「痛いよー、レオンー。」 その様子を見て、神父が声を上げて笑った。 「いいんですよ、お金目当てでやっているわけではないのですから。でも…そうですね。」 そう言って、神父が微笑する。その様子を見て、レオンが更に力を強めた。 「痛いー、いたいよー。」 「もう、レオン、いい加減にしてくださる?大体与えられたものに対して、謝礼を払うのは当然のことですわ。」 笑いながら、神父が軽く言う。 「いいえ、お金ではありません。実は、別の牢に有名な盗賊、ラゴスが捕らえていたのですが、逃げられてしまったんです。 どうやって逃げたのかもわかりません。突然雲隠れしてしまったようで。一体何があったのか調査していただけませんか?」 「…ラゴス…どっかで聞いたことがあるな…」 「テパの町で、水門の鍵を盗んだ盗賊ですわ!神父様、何か鍵の様な物は持っておりませんでした?」 リィンの言葉に、神父が笑う。 「実は私は何も知らないんですよー。ほら、私、ただの善良な神父でしょう?」 「うそつけ。」 瞬時に突っ込んだレオンに、神父が笑う。 「そんなわけで、あまり詳しく身体検査も出来ませんでしたし。鍵くらいの大きさなら、どこにもで隠せたでしょうね。」 一見なんの裏もなさそうな笑顔を、にっこりと見せる神父。レオンはため息をついた。 「まぁ、俺たちも用があったところだ。行ってみるさ。」 「では明日、牢番に通してもらえるように話を着けておきます。どうか、お気をつけて。…あなた方に神のご加護が ありますように…」 頭から、水がかかった。上を見上げると、宿舎の窓から立ち去ろうとしている学友を見た。 相手の顔がちらりと見えた。3年前に此処に来た、僕と同じ孤児だった。 僕はため息が出た。仮にも神の近くで勉強を教わっているのに。 水を払いのけながら、部屋に向かう。 水をかけられる心当たりはいくつかあった。 自分も孤児であるにも関わらず、養父に家族扱いされていること。 自分がとても優秀であること。 そして、清く正しく美しく育ったマリィに、自分が慕われていること。 マリィは、美しく育った。 両親の優しい心を引き継ぎ、心は御神にささげた、まさに修道女の鑑。 心にはさまざまな身分のものが集まるが、マリィはわけ隔てなく接する。どんな生き物にも愛をもって注ぐ。 宿舎にいる学友たちにはまさに聖母…女神のような存在として慕われ、懸想されていた。 だが、マリィは少し引っ込み思案だけなところがあった。話しかけようとしても、ぺこりと頭を 下げて去っていってしまうのだ。理由を聞くと良く知らない人と話すのは、少し恥ずかしくてどうしたら良いかわからなくなる、 とか細い声で言ってくれた。 けれど、僕にだけは違う。血の繋がりや学友の手前、「おにいちゃん」とは呼ばなくなったけれど、 以前と同じように慕ってくれているのはわかる。楽しそうに笑ってくれている。…それがねたましいのだろうが。 部屋に戻る。タオルを取り出して、体をぬぐった。 …誰もいない部屋だった。学友たちは大体部屋を二人か三人で共用しているが、僕は宿舎に入ってから、いまだに 一人部屋だった。おそらく両親が気を使ってくれているのだろう。両親は表立って僕をひいきしないけれど、 やはり育ててくれたからだろうか、どこか甘やかしてくれているような気がする。愛されていて、嬉しいだろうけれど、 少し困る気がする。…もちろん、僕にそんなことを言う権利はないのだけれど。 何者かもわからない、血の繋がっていない自分を育ててくれただけで、ありがたいのだから。 両親も、マリィも、僕のことを愛してくれてる。…僕も愛している。だから、どんな嫌がらせも気にならなかった。 僕は、両親のために、優秀になりたい。自慢の息子だと笑ってくれるように、優秀でいたい。僕は 机の灯りをともすと、本を広げた。 宿の女将に起こされ、今度はちゃんと人間らしい時間に目覚めることができた。だが、こんな生活を続けていると そのうち時間がずれてきそうだと、レオンはつくづく思った。 「太陽が恋しいぜ。こんなに長く、太陽を見なかったこと、ねえしな。」 「…まぁ、あまり健康的でないことは確かですわね。」 「そうだねー。お日様気持ち良いものねー。やっぱり朝はお日様に挨拶したいねー。」 にこにこ笑うルーンの体からは、相変わらずの香水の匂い。 「…お前、まだつけてるのか?香水。」 「うん!」 にっこりと言うルーンに、レオンは言葉を失った。 「お話は、神父様から聞いております。腕利きの方と言うことで…一番奥におります。どうぞ、お気をつけて。」 レオンたちが顔を出すと、牢番はうやうやしく頭を下げた。 「ああ、危ないかもしれねーから、近寄るな。あと、他の人間を入れないようにしてくれ。」 「はい!わかりました!」 よそ者の自分達に対する行動とは思えないほどうやうやしい。どうやら神父が良く言ってくれたらしい。 「ああ、そうですわ。わたくしたち、ラゴスの調査も頼まれましたの。ラゴスはどちら?」 「廊下の右側の二番目のところに入れておりました。」 ルーンが、牢番に基本的なことを尋ねる。 「扉とか窓とかは破られてたのー?あとねー何か気がついたことはある?」 「いいえ。牢屋に窓はございませんし、扉は破られて下りませんでした。…特に気がついたことはありませんが…そうですね、 強いて言えばラゴスの足音は良く響いてました。もっとももう一人の囚人は動きませんので、床の仕組みだと思うのですが…」 「牢屋の鍵を持っていたとか言うことじゃねえのか?」 レオンがもっともな質問をする。 「いいえ。その、ラゴスが捕らえられたのは、その、裏の世界で売られている と言われている牢屋の鍵を探して、神父様の教会へ忍び込んだからなのです。教会に 牢屋の鍵があるわけはありませんのに、馬鹿な盗賊です。仮に持っていたとしても内側からは手を伸ばしても鍵を開けられないような 錠前になっております。」 そう言って、鍵を開ける仕組みを教えてもらった。どうやら鍵を差し込むためには手の届かない ところにあるスイッチを押さなければならないらしい。 確かに内側から開けるのは無理そうだった。それを確かめてリィンが問いを重ねる。 「…外からの手引きの可能性は?」 「そのために、私がおります。怪しい人物は牢に近づけてもおりません。そもそもラゴスはここに家族はおりませんでしたから、 面会など皆無でした。」 「…俺らみたいのはどうなんだ?」 「神父様の紹介される方が、怪しいはずがありません!もっともそれも今回が初めてですよ。」 「神父様、ずいぶんな信頼を得てらっしゃるのね…」 「とってもいい人だったもんねー。…で、ハーゴンの部下…だっけ?」 「一番奥のって言ってたな。」 「うん。」 どうやら急造の牢屋らしく、作り自体はしっかりしているが、どこも新しい。部屋数も小さく、一番奥と言ってもすぐにたどり着く。 牢屋の隅。暗く明かりもない部屋のはしに、汚い塊がいた。あれが囚人のようだ。 それは、うずくまり、明かりも求めずなにやらぶつぶつ言っていた。 レオンは牢屋の鍵を開け、すばやく入り込む。続いてルーン。そして牢屋の隙間からリィンに鍵を渡し、逃げ出さないように 鍵をしっかりと閉めた。もちろん万が一の時のためにいつでも牢屋越しにでも攻撃できるように構えておく。 「おい!」 レオンが声をかけるが、囚人は反応しない。なにやら祈りの言葉のようなものをつぶやいている。 「おい!お前、ハーゴンの部下か!?」 その言葉に、囚人は反応して、こちらを向いた。どうやら男の老人のようだった。 …その目はぎょろぎょろと獣のようにこちらを向き、ようやく2人に焦点をあわせる。 「…ハーゴン様になんぞようか」 射る様な視線。しわがれた声。それは、闇にとらわれた人物。 「お前はハーゴンの部下か?…なんでお前、ハーゴンに従ってるんだ?」 「ハーゴン様は素晴らしいお方じゃ…この欺瞞に満ちた世を作り上げたルビスを滅ぼし、全てに平等な 神を呼び起こそうとしてくださる…」 「…それが、邪神というの!!?」 リィンが、牢の外から叫んだ。 許せなかった。父が、母が何をしたというのだ。それを正しいと胸を張るのか。 相手が兄だろうが、なんだろうがかまわない。とりあえず目の前にいる人物が許せなかった。 「ふぉっふぉっふぉ、おぬしら、さては大神官ハーゴン様ににたてつこうと言うのか?」 リィンの想いは、二人に十分届いていた。レオンが剣を抜く。そしてリィンに目線を向ける。 「…わたくし達がが貴方に聞きたいのは、ハーゴンはどこにいるかと言うことよ。それ以外の戯言はいらないわ。」 「…大神官ハーゴン様はロンダルキアの山奥にある、神殿に。」 囚人がそう告げた。リィンは頷く。思ったとおりだった。だが、はっきりとした確信が得られたことは大きい。 「どうやって行くんだ?」 ロトの剣がきらりと光る。だが、老人はおびえてはいなかった。 「…我らが待ち望む邪神の像。…それを持ちし者だけが、ハーゴン様へのお目通りが許され、その道を開くことが 出来るのじゃ!!」 そういうと、囚人は立ち上がった。 「おお、この世界をすべる存在となる、偉大なる神よ!!それを導きし、全ての上に立たんハーゴン様よ!! この機会を与えてくださったこと、感謝いたします!!我の力を、その身に蓄えたまえ!!」 そう言うと、ロトの剣へと身を躍らせた。とっさに身を引く。…だが、間に合わずロトの剣はまともに 囚人の胸を切り裂く。…そして、不思議なことに、老人はゆっくりと灰と化し…血も残さずに、消えた。 |
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