「…なんだったんだ…」
 もうすでに、その人物がいた証拠がどこにもなかった。骨も残さず消えたのだ。幻影だったと言われたほうが納得が行く。
 …だが、レオンの手に、老人を切り裂いた感覚が、今も残っている。…確かにいたのだ。
「…多分、肉体すらも闇に捧げていたのよ。もはやその体は人間ではなかったのでしょうね。」
 リィンが牢の扉を開けながら、そう言った。
「…自分から望んで魔族になろうとすると、あんな風になっちゃうんだね。」
 ルーンが、切なそうに老人が消えた虚空を見た。
「…わからん。なんだって自分の命を無駄にするんだ?…生きなきゃなんの意味もないだろう?」
「…闇に身を捧げるというのはわかりませんけれど、神に命を捧げる話は良く聞きますわね。」
「そんなもんなのか?俺はさっぱりわかんねーや。」
「…王族たるもの、国に命を捧げるものですわ。…それでも、忌まわしき邪神教の信者の教えなど、わかりたくもありませんけれど ね。」
 レオンの眉間にしわが寄る。剣をしまって牢屋を出た。
「おら、ルーンとっとと出ろ。閉めんぞ」
 いまだ虚空を眺めていたルーンが振り向く。急いで牢を出た。
「えっとぉ、次はラゴスだっけー?」
「ああ、そうだったな。水門の鍵取らないとな。頼まれちまったし。」
「そうですわね。満月の塔にも行かなくては。」
 ラゴスがいたらしき牢獄の前に立つ。だが、そこには確かに誰もいない。
「…本当に逃げたのか?」
「けど、鍵はかかってるよー?」
 そう言いながら、ルーンは鍵を開けて牢の中に入る。
「…何もありませんわね?」
「そうだな…ラゴスが潜んでるってわけでもなさそうだ。」
 二人も牢の中へと入った。だが、相変わらず、何もない。
「…いないねー。」
「牢を間違えたとか、そういうことはありませんわよね?レオン?」
「なんで俺に言うんだよ。…まぁ、とりあえず調査だろ。」
「調査といいましても…」
 リィンは牢を見渡す。当たり前だが狭い牢だ。窓もない。
「まぁ、とりあえず一通り見てみようよー。床とかー。」
 ルーンの言葉に、レオンは扉の部分を、ルーンは床を、リィンは壁を調査することになった。

(・・・あら?)
 程なくして、リィンはベットの脇の壁にかすかな傷があることに気がついた。そして、ベットの下…シーツで隠れた部分に、 レンガが積んである。リィンはその傷ついた壁をそっと触ろうとした時…壁が崩れ、中から人が飛び出した。
「…動くな。」
 リィンの首に、光るナイフが突きつけられていた。


「…お前も、動くな。」
 剣を抜こうとしたレオンを、制す。
「…お前が、ラゴスか?」
 リィンの腕を押さえ、首にナイフをあてがっているその男は、少しやつれているが、野性味あふれたたくましい男だった。
「…俺のことを知っているのか、話が早いな。…なら、俺の要求はわかるな?」
「…出してくれってことか?」
「この町からな。お前、あの神父の知り合いなんだろ?」
 ラゴスの言葉に、レオンが笑う。
「お前、そこにずっといて外の話を聞いてたのか。…根暗だな。俺には真似できないぜ。」
 ラゴスはレオンの挑発には乗らなかった。
「…あの神父は煮ても焼いても食えないやつだぜ。だが、あれと口利きできるなら話が早い。 牢屋から逃げ出してもこの町から逃げるのは困難だ。俺はずっとその機会を狙ってたんだ。」
 ラゴスがリィンを押し、一歩前へと出る。
「俺はあいつと知り合いじゃねえよ。ただの旅のもんだよ。その女も、神父には何の人質にもならねえぜ。」
「…っは、人の良い神父様が町人の前で、女を見捨てられると思ってんのか?…そうそう、牢屋の鍵ももらおうか。 …俺は手に入れられなかったんでな。ここに入ってきたって事は持ってるんだろ?」
 そう言いながらラゴスは、もう一歩前に出た。…それを見て、レオンはそれはそれは嬉しそうに笑った。
「お断りだぜ。…ついでにお前が持ってる水門の鍵をもらうぜ。」
 その言葉を聞き、ラゴスは逆上する。
「…お前、この女がどうなってもいいのか?」
 首筋に押し付けたナイフが、リィンの白い首筋を少し切り裂き、赤い血を一滴こぼさせた。
 レオンは余裕の笑みを浮かべる。
「…さぁな。ただ、二つわかるのは」
 後ろに回りこんだルーンが、ナイフを持っているラゴスの手をしっかりと掴み、ひねった。
「…よくも、リィンを傷つけたね。」
「俺が何とかしなくても、ルーンがリィンを助けるってことと」
 そのままナイフを奪い去り、ルーンはラゴスとリィンから離れる。
「その女はおとなしく人質になってる女じゃないって事だよ」
 そのとたん、小さな声でつぶやいていたリィンの呪文の威力が、ラゴスに炸裂した。


「リィン、大丈夫?怪我しちゃったね。遅れてごめんねー。」
「いいえ、ありがとう、ルーン。悪いのは、この盗人だもの。」
 全身を風の刃で切り裂かれ、呆然となったラゴスをリィンは冷たい視線でじっとにらむ。
「さて、水門の鍵を出していただきましょうか?」
「…惚れた。」
「はぁ?」
 ラゴスの台詞に、レオンが呆れきった声を出す。ラゴスは水門の鍵をレオンに投げてよこした。
「惚れた!リィンといったか、水門の鍵はくれてやる!その代わり、お前を盗むぜ、リィン!!」
「ふざけないでいただける?!」
 リィンが顔を赤くして怒ると、ラゴスは真面目な顔をして首を振る。
「いいや、ふざけてなどいない!その美貌、度胸、腕、性格!どれをとっても俺の好みだ!!俺が必ず幸せにするぜ!!」
「…お前、悪趣味だな…」
 レオンの台詞など、ラゴスは聞こえていない。
「お前のためなら、俺はなんでも手に入れるぜ!!俺と一緒に来い!!いいや、来て貰う!!俺が盗む、最大 最高の宝石になってもらうぜ!!」
 完全に盛り上がっているラゴス。
「レオンー、止めないとー。」
「いいだろ、あいつが勝手に盛り上がってるだけなんだから」
「でも、レオン。リィンは…」
「いいから見てようぜ。」
 心配そうにするルーンを、レオンは笑って止める。
「…貴方、間違っていらっしゃいません?」
 リィンは、冷たい目でラゴスを見下ろした。
「わたくしが宝石ですって?ただ静かに輝いているだけの女がお好みだとおっしゃるの?そんな女が好みだと 言うのなら、見込み違いですわ、他を当たってくださる?」
「いや、俺は・・・」
「貴方ごときに命令されて、素直に聞く女だと思われているだなんて屈辱ですわ。・・・盗む出すって? 貴方のようなものに、おとなしく盗まれるほど、わたくしは愚かではありませんわ。 もう少し見る目を磨くことですわね。そのような節穴では、人形一つ盗めませんことよ?」
 そういうと、リィンはきびすを返した。
「行きましょう、レオン、ルーン。ここには用がないはずですわ。」
 リィンは振り向かなかった。ただ、廊下を去る三人の背中に
「俺は諦めねえぞ!!必ずモノにするからな!!」
 そんな声がかかったことは確かだった。


 ラゴス編のはずだったのに、なぜか神父様が目立っているぞ?不思議。ちなみに今のところ、本編に ラゴスが出てくる予定はありません。
 神父さん、非常にいいキャラになってくれました。もっともこの人、悪人じゃないです。ただ、単純に 町の平和を守るためにああいう役割を担ってるだけです。ついでに、アンナはガライの末裔だと勝手に 思ってたりします。
 しかし二次小説で囚人の老人の話、ほとんど出てきませんが、実は結構重要なキャラだと思うのですが… どうでしょう?やっぱり地味なんでしょうか?

 次回は、満月の塔です。二話くらいになるかな?一話でおさまるかな?ってところです。

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