精霊のこどもたち
 〜 水の戯れ 〜




「こんな感じでいいかな?」
 僕が両手一杯に抱えた花束を、マリィが見つめる。
「もう少し赤色を加えたいわ。あちらの方へ行ってもいい?」
 僕が頷くと、マリィは嬉しそうに笑って駆け出していく。
 春の花畑を、白い服で駆けていくマリィはまるで絵画のようで美しかった。
「マ、マリィ、少し待って欲しいな。手から花がこぼれそうなんだ。」
「あ、ごめんなさい。私、嬉しくって。こんなに花が綺麗で、世界中に神の息吹が感じられるのですもの。」
「本当にそうだね。」
 僕は微笑んだ。マリィは僕の花束を少し持ってくれた。マリィの手の中の花が、きらきらと輝いている。
「お父様とお母様、喜んで下さるかしら。あとでケーキも焼きますわ。せっかくの結婚記念日ですもの。」
 今日は養父母の結婚した日。こっそりお祝いしたいと言うマリィに、僕は微笑む。
「きっと喜んで下さるよ。マリィのケーキは世界で一番おいしいから。」
 僕の言葉に、マリィの顔が赤くなる。
「そんな…私のより、お母様のケーキの方が…」
「お母さんのケーキもおいしいけれど、僕はマリィのケーキの方が好きだな。素朴で暖かいよ。」
「それって褒めてくれているのかしら?」
 僕の言葉に、マリィは少しいたずらっぽい顔をした。自分と養父母以外の前ではしない表情で、 なんとなく嬉しく誇らしい。
「もちろんだよ。マリィの心がこもっているってことだから」
「それなら嬉しい。頑張って作るから、ちゃんと食べてくださいね?」
「うん、楽しみにしているよ。」
 僕が笑うと、マリィも笑う。

 いつからだろうか。マリィの笑顔が、養父母の笑顔と違う意味を持って見えたのは。こんなにも 僕の心を暖かく染めてくれるようになったのは。暖かくて、嬉しくて。僕だけの笑顔が本当に誇らしくて。
 けれど、この想いは、誰にも内緒。僕は何者かわからない、得体の知れないもの。そんな僕が、 誰かを得るなんてきっと出来ない。
 だけど、もし、もっともっと立派になって。養父母が本当の息子だと思ってくれるようになったら。… きっと、養父母はマリィにずっと教会に居て欲しいと思うはずだから。跡継ぎはきっとマリィの夫となる人物だろう。 だから…この教会の跡継ぎになれるほど立派になったら。認められることができたら、その時は…
 とても気の長い話だと、僕は笑った。その前にマリィに恋人が出来てしまうだろうし、僕なんかに 跡が継げるはずがない。マリィに他に好きな人が出来たらきっと全力で応援しようと決めていたし、 他に跡継ぎの人間が決まれば、その時はここを出て、ひとり立ちしようとも決めていた。
「どうしました?」
「なんでもないよ、マリィ。」
 だから、この想いは誰にも内緒。たった少しだけのはかない望みも…生涯胸に秘めて。



「ああ、貴方たちは!!」
 村に入った三人を出迎えてくれたのは、以前にあった水門の管理人の若者だった。
「よぉ、元気か?」
 ルーンと二人で織り機を持ちながら、若者に挨拶をする。織り機は幸い2つに分解することが できたが、それでもずいぶんな大きさだった。
「あの…それは…織り機ですか?」
「聖なる織り機と言うものですわ。モハメさんという方に織物を頼みたくて。案内してくださる?」
「あ、ああ。でも、行くのはいいが、ずいぶんな頑固な人だよ、モハメさんは。大丈夫ですか?」
 男の言葉に、リィンは少し考えた。
「…交渉はわたくしたちがいたします。レオンは黙っていてくださいましね?」
「どういう意味だよ?」
「それがわからないほど愚かですの?」
「んだとぉ?」
 二人のにらみ合いに、若者がおびえる。その様子を見てか、ルーンが二人をなだめた。
「リィン、レオンが交渉したいなら、三人でやったらいいと思うよー?ねえ、レオン?」
「いや、別に俺が交渉したいわけじゃねえけどよ…」
「ならよろしいじゃありませんか、まったく…」
「そうなの?じゃあ、僕とリィンで頑張るね。」
 にっこりと笑うルーン。言葉が詰まるレオンに、リィンは笑みを浮かべた。
「では参りましょう。」


「モハメさん、客人を連れてまいりました。」
 若者はそう告げて返事を待たずに扉を開ける。
「頑張ってくださいね。」
「ああ、あとでお前に用があるからな、しばらくそこで待っていてくれ。」
「わかりました。」
 若者の頷きを確認すると、三人は家の中に入る。
「わしは、ドンモハメ。この村で引退するただの老人じゃが…なんの用じゃ?用が ないならとっとと帰れ!!」
「わたくしは、リィン。あちらはレオンとルーンと申します。 貴方のお噂をお聞きいたしまして、是非この糸で防具を織っていただきたいのですわ。」
 そう言うとリィンは雨露の糸を見せた。
「…ふむ、本物じゃな。じゃが、それだけじゃ織れんぞ。」
「あのね、僕たち、『聖なる織り機』を持ってきたんです。」
 そういうと、ルーンは開いたスペースに織り機を組み立てた。もともと2分割しただけなので、 すぐに組み立てられた。
「・・・・・・」
 ぼんやりとその織り機を眺めるモハメに、リィンが声をかける。
「どうか織ってくださいませんか?わたくし達の旅に、それが必要になると思うのですわ。」
 リィンの言葉に、モハメはため息をついた。
「お若いの。わしの負けじゃ。ここまでの道具を揃えてこられては、引退したはずのわしの腕がうずかん はずがない。そうじゃな…この材料じゃとさしずめ『水の羽衣』といったところか。織ってやろう。 時間がかかる。しばらく経ったらまた来い。」
「…しばらくっていつだよ。」
 レオンの言葉に、モハメは織り機の調子を確かめながら言う。
「知らん。聞くならこの織り機と老いぼれた腕に聞くがええ。」
「あのなぁ…じゃあ、いつくればいいんだよ。目安でもいいから教えてくれよ。」
 レオンの言葉に、モハメは答えなかった。意図的に無視したのではない。既に意識は聖なる織り機の元に あったからだった。
「行きましょう、レオン。もう一つの用を済ませたら、また此処にくればよろしくてよ。」
「そうだねー。」
「…しゃーねーか。」
 モハメは、織り機のあちこちを探り、満足そうに笑う。それは老人らしからぬ、『少年の ような笑顔』だった。

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