精霊のこどもたち
 〜 精霊の儀式 〜




 ムーンブルクの秘宝。それは宝物庫の奥底に隠され、精霊の儀式以外では 決して出されることはないとされる宝。
 それによって王子王女にさらなる魔力を与える素晴らしい宝であるとか伝えられていた。それが、今 目の前にある。
「…きっと、モンスターが持っていっちゃってたんだね。でも、おかしいね?ハーゴンの狙いが ムーンブルクの秘宝だったとしたら、どうしてこんなところにあるんだろう?」
 ルーンの言葉に、二人は無言だった。
 リィンはただ一度見た、ムーンブルクの秘宝に感動していたし、レオンはなぜかその宝玉を 食い入るように見つめていたからだ。
 ゆっくりとリィンは復活の玉に手を伸ばす。その白い指が、復活の玉に触れた時だった。
 ふわりと玉から人影が浮かび上がった。
 柔らかな蜂蜜色の髪が緩やかなウエーブをえがき、腰まで落ちている。薔薇色の頬とエメラルドの瞳 が美しい白い顔が、可愛らしく微笑んでいる。細く白い指が指の前で組まれ、それが愛らしさを かもし出している。
 …三人は、その人物を知っていた。
「…セラ…?ううん、違う…」
 うっすらと透けたその人物から、三人には目が離せなかった。レオンが擦れた声で、つぶやく。
「…ローラ…姫…?」

「…ローラ様、ローラ様なのですか?」
 リィンはその場に跪いた。二人も同様だった。
「…私はローラであり、ローラではない者です。」
 ローラの言葉に、三人が顔を上げた。
「私は、ローラが復活の玉に込めた魔力と、娘…子孫への愛がローラを形作っているもの…ローラそのものではありませんわ… なぜなら、ローラはすでにこのような姿ではありませんし、なにより ローラ自身はもう100年も前に、愛するアレフ様の元へと旅立っているのですから…」
 ローラの姿は、おそらくアレフに初めて出会った姿そのものなのだろう。
「では、なんと呼べば…」
 ルーンの言葉に、ローラは微笑む。
「楽になさってください。私はローラ自身ではありませんが、ローラの一部であることは事実ですから、ローラと 呼んでくださって結構ですわ。」
「ローラ姫様…」
 リィンがうめくようにつぶやく。
 ムーンブルクの精霊の儀式は、他国より特別なものだと聞いていた。他の2国と違い、ロトの遺産を掲げ 抽象的に祝福を得るのではなく…ローラ姫の遺産により、直接的に何かを授けられるのだと…それは ローラ姫自身に会うということだったのだろうか。
「…よくぞ、ここまで旅を続けていらっしゃいました…レオンクルス、ルーンバルト、リィンディア・・・」
 そう聞こえた声は、鈴を鳴らすような可愛らしく、美しい声だった。
「僕たちを、ご存知なのですか?」
 ルーンの言葉に、ローラは頷いた。
「愛しい方と私のこどもたち…この世に生まれ落ちたときから、私はそれを感じておりました。たとえ抱き上げることが 出来なくても…その息吹を感じることが私の喜びでした…」
「ローラ様…」
 ローラの言葉に、リィンが頭を下げた。それは本当に嬉しい言葉だった。
「頭を上げてくださいませ、リィン。…私は貴方に謝らなければなりません。 今回のことは、全て私の過ちによって引き起こされたことなのです。」
「なんだって!!」
 その言葉に、今までほとんど硬直していたレオンが声を上げる。リィンもゆっくりと顔をあげた。
「…どういう、ことですの?…ローラ姫様…」
「…全ては、私の浅はかな行いから生まれた災い…その全てをリィンディア、レオン クルス、ルーンバルト。貴方たちにお話いたしましょう…」
 可愛らしく美しい顔を曇らせながら、ローラは語り始めた。


「…今、復活の玉と呼ばれているこの宝玉を飾る宝石は、かつてローラからアレフに渡された、『王女の愛』と呼ばれていた 魔力のかかった宝石です。…かつて愛する長女、ルミナがローラの側から離れる際…たった一人で国を動かさなければ ならない重圧に寂しい思いをしないかと心配して、ローラが魔力を使いやすい今の形にして、手渡したのが はじまりです。その時は、王女の愛と同じく、お互いの声を届ける…占い師の水晶や水鏡のようなものでした。 遠く離れていても、ローラとルミナはお互いに話し、親子の愛を深めて行ったのです。」
 その語りは詩にも似ていた。エメラルドの瞳が浮かべる過去を、三人も見ることが出来た気がした。
「ローラの魔力が私のような形になったのは、ローラが死んでからです。ローラが死んだその日、ローラは最後の 魔力を、この宝玉にこめました。ローラの死を悲しむルミナ…いいえ、アレンやサルン、その孫たち…愛するアレフとの子孫 達を心配してです。」
「…では何故、それがムーンブルクの秘宝とされていたのでしょう?ローラ姫がなくなったことを、ルミナの弟たち も悲しんでいたはずですのに…」
 リィンの言葉に、ローラは慈愛に満ちた目を向ける。
「貴方は優しい人ですね、リィン。…ローラを失ったルミナの悲しみは深かった。それはずっと側にいたアレン、 すぐ近くの国で、ローラが床に伏してから何度も見舞いに来てくれていたサルンと比べて、ずっとずっと深かったのです。 ルミナは自国から離れることはほぼ許されず、死の直前まで直に会うことは叶わなかったからです。ですから ローラが死んだあと、長い間この玉に触れることはなかったのです。そのような余裕を持つことが出来なかったのでしょう。」
 美しい復活の玉は、光を放っていた。それが100年前の物とは思えないほど美しかった。
「ルミナがこの玉に触れたのは、ローラが 死んでから2年の歳月が経っておりました。…その時になってはじめて、ルミナはこの玉に宿る私の存在に気がついたのです ルミナは優れた魔法使いでした。私の姿を見て、自らの母がその宝玉に魔力を込めたこと…そしてその魔力が、 ローラの残り香であることに気がつきました。ローラがどれほど偉大な魔力の持ち主であろうと…やがて その魔力が消えてしまうことに、ルミナは気がついたのです。」
 ローラはレオンを見つめた。正面から見つめられ、レオンの頬が紅潮する。
「…その頃には、アレンもサルンもローラの死の悲しみから立ち直っておりました。あえてそれを見せ、悲しみを ぶり返すことを、ルミナは心配しました。…そして、この宝玉から私を頻繁に呼び出すことにより、ローラの最後の 残り香が、この世界から消えてしまうことを…何よりも恐れたのです。ですから、この玉は宝物庫の一番奥に しまいこまれ、国の中枢の者しか存在を知ることは許されませんでした。…そして、ただ一度私に会うことを許したのが、 王族の成人の時…それをやがて他国の儀式になぞらえて、精霊の儀式と呼ぶようになったようですね。」
 ローラはふわりと揺れている。そこに実体はなく、映像だけだとわかっているのに、触れれば 暖かさを感じるような気がした。

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