「今から…15年前のことです。ある王子の精霊の儀式がありました。…リィン、貴方の兄、フェオの儀式でした。」 「フェオ…の儀式…」 レオンがつぶやく。 かつて、一度だけフェオに精霊の儀式について聞いたことがあった。極秘とされているムーンブルクの精霊の儀式に 興味を持った時、軽い気持ちで尋ねたのだ。 「…フェオは、暗い顔をしてた。俺…私が精霊の儀式について尋ねた時に。複雑な顔で、あいまいに笑ってた。 …それと何か関係があるのですか?」 レオンの言葉に、ローラが頷く。 「精霊の儀式には、私が子供達に言葉を送る…それを祝詞としております。…そして、私はフェオに…そしてその場にいる 全ての者に真実を告げました。」 「真実…ですか?」 ルーンの言葉に、ローラは頷いた。…そしてローラがゆっくりと目を閉じると悔恨の言葉を述べた。。 「フェオストラス王子…貴方の望みは、この国の王となることではなく、もっと大きなものに尽くすこと…貴方は 貴方の望む道へと行きなさい。それがたとえ、どんな困難が待ち受けていようとも、精霊の祝福を受けた貴方に、 幸多からんことを、お祈りします。…私が祝詞を捧げる、最後の精霊の子よ…。」 リィンは、おそるおそる尋ねる。 「どうして、ですか?…どうして兄が最後だったのですか?」 「…復活の玉に眠る魔力が尽きていたからです。他のものも気がついていたのでしょう。玉の輝きは 陰り、色はかすんでおりましたから。…それでも皆はそれを認めたくないようでした。」 ローラは一度、口を閉じ、それから三人をゆっくり見つめた。 「…私の言葉を皆がどう解釈したのは正確なところはわかりません。ただ、一部で私の言葉が…滅びの予言だと 見たものがいたようです。フェオが国を去ることで王宮は滅び、滅亡するのだと。」 「だから、フェオは…幽閉されたのですか…?」 「その通りです、レオン…それと同時に、この玉の偽物を作り始めました。幸い精霊の儀を知る者はそう多くはありません。 私を呼び出せなくとも何か啓示のような…おそらく触れると光が差すようなそんな魔力を込めようとしていたようです。 私の力はもう弱く、細かいところまで見ることは叶いませんでしたけれど…」 「…それは、わたくしの、ため…?」 リィンは思い返す。忙しそうにしていた父のことを。塔の上の部屋に押しやり、城を自由に歩くことが 出来なかった日々を。 ローラはリィンの前にしゃがみこみ、手を伸ばした。その手は、リィンに触れることは叶わなかったが、 その思いが伝わってくる。 「そして、リィンディア。貴方の儀式に悪しきことが起こる事を恐れた貴方の父は、風習を曲げてまで 儀式を取りやめようとしておりました。…リィンディア、貴方は貴方の父の愛情を感じ取れなかったようですが… 貴方の両親は、確かに貴方のことを愛しておりました。」 そう言って、ローラは頭を下げた。 「けれど、それは全て私の責任。貴方の国を滅ぼしたのも、フェオが出奔してしまったことも…リィン、 貴方が父の愛情を感じ取ることが出来なかったことも。私があのように 浅はかなことを言わなければと、幾度後悔したでしょう。…ですが、結局私の意図しない予言に導かれたように… ムーンブルクは崩壊してしまいました。申し訳ありません、リィン。」 リィンは首を振った。感情で喉がつまり、言葉にはならなかった。 「…ローラ姫様。リィンはずっと悩んでいたそうなのです。教えていただけますか?」 ルーンが細い声で、ローラに話しかける。 「なんでしょう?私に答えられることでしたらなんでもお答えします。」 「リィンは、確かにムーンブルク国王と王妃の子供なのですか?」 ルーンの言葉に、リィンは顔を上げた。レオンもルーンを見返した。 そのルーンを見て、ローラは本当に愛らしく、美しく笑った。 「ええ、確かにリィンは二人の御子です。私が保証いたします。」 「ローラ様…」 見上げたリィンの瞳。それは困惑と喜び、そして驚きに満ちていた。そしてそんなリィンに、ローラは 安心させるように微笑みかけた。 ローラは立ち上がり、周りを見渡す。 「…ここはムーンブルクの地下の儀式の間でもなく、周りには、貴女の両親も、家臣もおりません。いるのは他国の王族… 何一つ、国の風習にも、貴方の望みにも叶うことができませんが…」 そうして、ローラは微笑む。最上級の笑顔で。 「ここで、貴女の精霊の儀式を行いましょう。」 「…ローラ…様?」 「隠匿することにより、神秘性を増す以前の儀式も素晴らしいと思っております。けれど、心より親愛しあう 仲間に見守られ、精霊のこどもになることは、それにもまして素晴らしいと、私は思いますよ、リィン。… それとも、やはりこのような場所では不快でしょうか?」 リィンは必死で首を振った。言葉にならなくて。ただ、それがとても嬉しいことだけは伝えたくて、リィンは首を 横に振った。そして、その気持ちが伝わったのだろう。 ローラは少し顔を揺らし、近くの岩に目をつける。壁の一部が落ちたのだろう。ブロック状の岩が一つ、ぽつんと落ちていた。 その上から、陽が差し込んでいる。 「…レオンクルス…」 「はい!!!」 ローラの顔に見とれていたレオンが、素っ頓狂な声を上げる。 「私を、その岩の上に上げてくださいますか?」 「はい、喜んで、ローラ姫。」 レオンは復活の玉を抱き上げ、そっと岩に置こうとして…マントをはずし、下に敷いた。そうして、そっと復活の玉を 置いた。陽の光があたり、復活の玉と、それに映し出されたローラが美しく輝く。 「ありがとうございます、レオン。」 「いいえ…これくらいのこと…俺は…」 顔を赤くして、首を振る。そして、横に避けた。 リィンがローラの前に立った。スポットライトのように、二人を照らし出す陽の光が、まるでその場を神話の 世界のように彩っていた。 「…リィン。私の過ちによって、辛い宿命を背負ってしまった子。ですが、貴女はその先に、必ずや幸せを 見出すことが出来ることでしょう。」 そうして立ったローラは、先ほどまでの愛らしいローラとは違う、王妃たる『強さ』を持ってた。 「貴女は大地へと立ち、この先新たなる道を歩みます。それが、古きものを甦らすのか、新しきものを求めるのか、 それは貴女自身がこの先、見出していくものでしょう。ですが忘れないで下さい。貴女は、空の国から来た英雄の血を受け継ぎ… 私と、愛しき恋人アレフとの子。その体、魂…血潮全てに、精霊の加護が宿っているのです。」 ローラは天を仰ぎ、両手を広げる。 「精霊の愛し子、リィンディア・ルミナ・ロト・ムーンブルクよ。その気高き心と貴女が生み出す全てのものを、精霊は 守り、愛するでしょう。精霊のこどもよ、汝の道を歩きなさい…」 「…ありがとうございます、ローラ様。皆様の血と愛に恥じぬよう、わたくしの道を歩むことをリィンディア・ ルミナ・ロト・ムーンブルクの名に誓います…」 拍手が起こった。振り向くと、ルーンが笑顔で手を叩いていた。そして、その音はすぐに二つに増える。 「おめでとうー。リィン。僕、すっごく嬉しいよー。」 「良かったな。リィン。」 …それは本当に思い描いていた精霊の儀式とは違う。 やわらかい絨毯を踏みしめている足は、硬い石畳の上にあって。 神聖なる地下の儀式の間にいるはずが、塔の最上階で、陽の光を浴びていて。 両親と貴族に見守られているはずが、そこにいるのはレオンとリィンで。 でも、それはとても嬉しくて…胸が一杯で…涙がこぼれそうだった。 「…二人とも…ありがとう…」 そのリィンの笑顔は…不思議なことにどこかローラに似ていた。顔は似ていないのに、それでもどこか 似た印象を見せたのだ。 |
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