「見えましたわよ」
 舳先に立ったリィンが着ている水の羽衣が、陽に反射して美しく輝いた。
「良く似合うねー、リィン。」
「そうかしら?」
 ルーンの言葉に振り返ったリィンの手には、いかずちの杖。そして、聖なる織り機で織られた水の羽衣を まとう姿は、まさに女神は精霊かと見まごうばかりだった。
「良く似合ってるよねー、レオン?」
 そう言ってレオンの方を見ると、レオンはじっと正面の見えてきた大陸をにらんでいた。
「・・・どうしましたの?レオン?」
「…お前らさ、デルコンダルに行ったこと、あるか?」
 デルコンダルは、世界の中で『大国』とされている国で唯一、ロトの伝説とは関係のない国だった。新興 国デルコンダル。またの名を孤高の大国。四方は浅瀬に囲まれ、唯一の港、デルコンダル港からしか 入国することが出来ないことからついた名だった。
 だが、その名のイメージとは裏腹に、その国の人々や風習は豪快でおおらかであることでも知られている。
「基本の知識は知っておりますけれど…実際に訪れるのは初めてですわね。何か問題でも?」
「俺…一回だけ行ったことあんだけどな…人がすげえんだよ…」
「そんなに都会なのー?」
 ルーンの言葉に、レオンは顔を暗くしながら首を振る。
「いや、俺は町には行ってねえから良く知らねーけど…」
「ああ、そういえばデルコンダルには王妃が三人、愛妾が2五人いると聞きますけれど…」
 リィンの言葉に、レオンが頷く。
「俺が会ったのは、王子が三人、王女が1二人だった…けどもっといるんだとさ、ほんとは…」
 レオンのげっそりした顔に、リィンはなんとなく予想がついた。

 デルコンダルは辺境にある、新興国だ。その王女がもし、ロトの大国、ローレシアの第一王子の 心を射止めれば…それは絶大なる力となる。
「…お姫様に迫られたのですわね?それはよろしいことですわね。」
「良くねえよ!!」
 レオンが怒鳴る。ルーンもようやく理解して笑った。
「あははー、災難だったねー。」
「おまえらなぁ…」
 リィンは身を翻す。
「ともかく、デルコンダルに月の紋章があるのですから、行かないわけには参りませんわよ。」
「わぁってるよ。」
 レオンの言葉を聞き、リィンは船室へと足を運ぶ。
 そして、ルーンの真横を通った。ふわりと漂う、花の匂い。
「…ルーン?」
「なぁにー?」
 ルーンはにっこりと微笑む。
「ずっと香水つけていらっしゃるの?」
「うん、いい匂いだよー。薔薇の香りなんだよー」
 ルーンの言葉に、レオンが拳をぶつける。
「おまえなぁ!!隣で眠るもんの気持ちにもなってみろよ!!ずーっと香水つけてやがって!俺にも移りそうだぜ!!」
「えー、とってもいいにおいだよー。」
「それで敵呼び寄せたらどーすんだよ!!」
 そんな二人の会話に、リィンは笑った。そして、荷物を船室へと戻った。


 リィンの後姿を見て、ルーンはレオンを向き直る。
「…ねえ、レオン。前にさ、リィンが言ってた格闘場の話、覚えてる?」
「ああ。」
 ”…生きるために戦う。死ぬまで戦い続ける…勝ち続けるから生き続ける…まるでわたくしたちは、格闘場の 獣、見世物の命のよう…。”
 切ない悲鳴。あまりにも救われない言葉。
「嫌だね。」
「ああ。嫌だ。」
「…僕たちは、獣じゃないもの。…救える道があればいいね。」
 その言葉に、レオンはどきりとする。
「…ハーゴンをか?倒すなってことか?」
「…分からないよ。リィンはきっと許せないって言うと思うし・・・僕だって許せないよ、 ハーゴンのこと。それに、戦わないことが、ハーゴンにとって救いになるか分からないんだ。 けど、殺されたから殺す…じゃ、それこそ獣と一緒かなって…そう思った。」
「けど、それじゃあ、ムーンブルクの無念はどうなるんだ?」
「じゃあ、アレフに殺された竜王の無念を、竜王の孫は果たそうとしたの?孫にはきっと、その権利があった 。僕たちに仇を討つ。でも、そうしなかった。そのことを、知ってたんだよ。」
「お前は…討ちたくないのか?」
 レオンの問いに、黙って首を振る。
「違うよ。…ハーゴンがこの世界を滅ぼそうとしてるなら、僕たちは戦わなきゃ いけないんだ。それに、僕はハーゴンなんかより、リィンの方がずっと大事だよ。リィンが… どうしてもそうしなきゃ心が癒えないって言うなら、きっと…殺せると思う。それはレオンも一緒でしょ?」
 レオンは一度頷きかけて…そして頭を振る。
「お前の言ってることは難しくて俺にはわからねーよ。」
「僕にもよくわからないよー。」
 あはははー、とルーンは笑う。あまりのその言葉に、レオンは反応も出来ず、ぽかんとして… それからこぶしで一発はたいた。
「痛いよー。」
「おまえなぁ!あれだけ思わせぶりなこと言っといてだな!…でもな、俺たちがどうこうしなくったって、 リィンは一人で仇を討つだろ、あいつは並の男より、よっぽど強いからな」
 レオンがそう笑うと、ルーンは少し考えた。
「リィン、強いかな?」
「強いだろ、あいつ。魔法の力じゃ世界一じゃねーの。俺だってまともに戦ったら勝てるかわからねえよ。」
「レオンはちゃんとリィンを守ってあげなきゃ駄目だよー。」
 そう言って、ルーンは立ち上がった。
「さっきの話だけどね…そういう考えも、ちょっと頭の片隅においておこうかなぁ、って 思っただけなんだ。…僕は、勇者じゃないからね。」
「ルーン…?」
 ルーンはにっこりと笑った。
 その笑顔は、あまりにも有無を言わせない笑顔で、レオンはそれ以上何も言えなかった。

 船はゆっくりと、デルコンダルに近づいていた。


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