はじめて見たその青年は、とても優しそうな顔立ちで、雰囲気が少しだけ養父に似ていた。
「はじめまして、神父様の息子さんですね。よろしくお願いします。」
 その人は、とても快活で明るく、気品すら感じられた。
 養父曰く、他の教会からの推薦で、ここに来たらしい。家族はおらず、一生を神に捧げるのだと 聞いた。
「不勉強なことも多いと思いますが、どうか学ばせてください」
 そう言った言葉の端々に、思いやりが感じられた。丹精でハンサムだったが、どこも嫌味なところがない。 僕は一目でその人が好きになった。もし兄がいたら、きっとこんな感じだったかもしれない。
「そちらは、娘さんの…」
「どうかマリィと呼んでください…。どうかよろしくお願いします。」
 マリィも同じ気持ちだったらしい。少し恥ずかしそうに、でもとてもにこやかな笑顔で、そう自己紹介をしていた。

 僕自身のたっての希望で、その人は僕と同じ部屋になった。本来寮は二人部屋。なのに僕は 養父の計らいで、一番いい広い部屋を一人で使っていたことにずっと罪悪感を覚えていた。以前から もう一人入れてくれないかと言っていたけど、ようやく養父もわかってくれたらしい。快く許してくれた。

 それからの日々は本当に楽しかった。とても物知りで、ルームメイトとしては申し分がなかった。その知識は 僕が知らないことばかりで、とても勉強になった。僕達は毎日深夜まで神のことについて語り合い、 お互いにあくびをして笑いあった。
 一緒に一つの議題に取り組んだり、時には思想の対立して、議論を交わした。…5歳の 差を飛び越えて、僕たちは本当に良い友人だった。
 今まで、沢山の人と出会い、共に学んできた。けれど、ここまで心を通わせられる人間と出会えたのは 初めてだった。
 時々は、マリィと三人で出かけることもあった。マリィはきっと、血が繋がっていないことを 悟らせないためだろう、また僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになった。
 三人で木苺を摘み、マリィがジャムにしてくれる。それを三人で食べた。雨の日に三人で書庫に篭ったこともあった。 マリィも新しく試食してくれる相手が出来たのが嬉しかったのだろう。よく新しい料理を作り、三人で食べるようになった。

 夢のように2年が過ぎた。その日は、気持ちよい秋晴れ。枯葉舞い散る庭を、マリィと二人で 掃除していた。
 マリィと二人きりなのは、久しぶりだった。それほどまでに三人でいることが当たり前に なっていたのだ。
 どこか、気恥ずかしかった。何を話せばいいのかドキドキした。
 マリィはなんだかますます綺麗になっていて。本当に綺麗になっていて…三人で話しているときは 意識しなかったけれど、二人きりになるとなんだか照れくさい。
 それはマリィも同じ気持ちなのだろうか。どこかそわそわとしていて、顔がほんのり赤かった。
 そんなことを考えていると、マリィが顔を赤くしながら口を開く。
「…ねぇ…あのね…お兄ちゃん…」
「なんだい?マリィ。」
「…お兄ちゃんは、いつも、一緒にいるでしょう?好きな方とか…いらっしゃるのかな…お部屋にいる時に 何か…聞いてないかな…」
 ぐらりと襲う暗黒。…そして絶望と同時に、納得してしまった。
 とても良い人で、本当に良い人で。僕が一目で好きになってしまった人を、マリィも一目で 好きになってしまったのだとわかってしまった。
 そして、僕との仲を誤解されないように『お兄ちゃん』と呼ぶことにしたのだろう。… そんなことが、判ってしまった。
 悲しかった。悔しかった。僕はマリィが好きで。…本当に好きで。
 けど、きっと、マリィは僕を兄としか見てくれてなくて。…他の人を好きになってしまった。
 それは、しかたのないことだと。…そして好きな人同士が好き合ってくれれば…それはとても 幸せなことだと、自分を騙した。
「…僕は良く知らないけれど…また、聞いておくよ。」
「…ありがとう…」
「…マリィは…好きなんだね…」
「うん、ずっと…」
 そう言ったマリィは今まで見た中で綺麗で、僕の胸が痛む。それでも僕は笑う。兄として、 きっと生きられると信じて。



 三人は無言で船に乗って出港した。
 三人とも部屋に閉じこもり、以前のように甲板に出ることはほとんどなくなった。
 特に、レオンは徹底的にルーンを避けた。薔薇の香りがすると、とたんに引き返し部屋に戻る。 もっともルーンとて、ほとんど部屋から出てこなかったが。
 レオンは、怒っていた。これほど怒ったのは久々だと言うくらい、怒っていた。
 ルーンの信用していたのだ。ルーンは自分に嘘などつかないと。それが裏切られた気分だった。
 確かに自分の隠し事をしていたのだ。それを責める権利なんてないかもしれない。
 それでも言ってくれれば良かったと。知っていたなら『知っている』そういうことは出来なかったのか。 自分が気を使って、傷つけないように頑張っていた日々を全て踏みにじられた気分だった。
 寝ておきると、怒りがよみがえる。新たな怒りとなってレオンを襲った。

 リィンはリィンでどうしたらいいかわからなくて、二人と話すことができなかった。
 …『知られなくなかった』そんな思いと『なぜ話してくれなかったのか』そんな疑問が 頭をぐるぐると回っていた。
 ルーンが何を考えているのかが、本当にわからなくて。…ただ、ショックで。胸が苦しくて。 …どうしていいかわらからない迷路から、抜け出すことが出来なかった。

 三人の船は、ベラヌールに近づいていた。


戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送