かつてのあの落ち込んでいた姿が嘘のように、生き生きとした兵士が、そこにいた。
「よぉ、俺のこと覚えているか?」
 レオンの言葉に、迷ったのは一瞬。そして後ろにいるルーンと、マントを羽織ったリィンの姿を見て、兵士は目を 見開いた。
「リ!!…いえ、外で話しましょう。こちらへ…」
 あわててつくろって、兵士は三人を伴って、裏路地へと入った。

 人気がないところにたどり着くや否や、兵士はひざまずいた。
「リィンディア様。ご機嫌麗しゅうございます。」
 その言葉に、リィンはルーンのマントをばさりと地面に落とす。
「いいえ、ご苦労でしたわ。よく、この町を守ってくださいました。」
「もったいないお言葉でございます。…しかし、私ではまだまだ未熟者です。実は入ってきた魔物も、倒すには いたらず、牢屋に閉じ込めてあるのです。」
「わかりました。では、それはわたくしたちが処分いたします。…自警団まで出来ていて…わたくしも安心いたしました。 良くしてくださいましたね。」
 リィンの言葉に、兵士は涙を流す。
「…私がこの町のための立ち上がれたのも、リィンディア様のおかげです。その心に背くことがないよう、 この命をかけて尽くさせていただきます。」
 その言葉に、リィンはゆっくりと頷く。
「では、その牢屋に案内してくださいませ。」
「はい。」
 そう言って立ち上がった兵士を、ルーンは止める。
「あ、ちょっと待ってー。せっかくだから、紋章があるか、確かめないと。」
 そういうと、荷物から山彦の笛を取り出し、口に当てた。
 ぱぷぺぽー、ぱぷぺぽー…ぱーぷーぺーぽーーー
 ゆっくりと、山彦が響いた。

「不思議な音楽ですね。」
 のんきな兵士のコメントを無視して、レオンは兵士に詰め寄った。
「このあたりで、布に不思議な文様が刺繍されたものを見なかったか?」
「…いえ…その、聞いたことがありません……いえ!記憶違いかもしれませんが…ムーンブルクの城に、不思議な文様の 小さなタペストリーがあったと聞いたことがあります!」
 兵士の言葉に、リィンが頷く。
「…ムーンブルクは、紋章のことは知らなかったのかもしれませんわね。」
「まぁ、俺らも旅に出てから知ったからな。」
「それがこの町にあるってことは、城が壊れてから誰かが持ち出したか、モンスターが持ってるかかな?」
「とりあえず、簡単な可能性からつぶしてまいりましょう。牢屋というのはどこかしら?」
「はい、ご案内いたします。」



 そこは、小さいながらもしっかりとした地下牢だった。あまり使われることがないのだろう。妙にかび臭く、 全体の胞子が飛んでいるような気がした。
 そして、何よりも特徴的だったのは、人ならぬ声と、鉄格子をゆさぶる不快な音。長い爪が、石畳と鉄格子を こする。そこには二匹の悪魔がいた。
「お前は入り口を見張ってろ。どんな音を立てても、誰も入れるな。入ってくるな。」
「はい!あの、リィンディア様は…」
 兵士の言葉に、リィンが笑う。
「わたくしも出ます。心配は要りませんわ。」
 にっこりと笑ってみせる。その笑顔に安心したのだろう、一礼して兵士は去っていった。
「それじゃ、開けるね〜。」
 ルーンが牢屋の鍵を取り出して言った言葉に、二人は頷く。剣でモンスターを遠ざけながら、ルーンが鍵を開けた。
 そのとたん、モンスターがルーンに襲い掛かる。だが、それを予期していたルーンが、ベギラマをモンスターにぶつける。
 ひるんだ隙を狙い、レオンがモンスターに切りかかる。モンスターはレオンの剣を爪でとどめようとするが、レオンは その勢いのまま、その爪をへし折った。そして横からルーンがもう一匹のモンスターの羽を切り裂き、モンスターは地に落ちた。
「離れてくださいませ!!」
 リィンの言葉に、ルーンとレオンは飛び退る。その直後、二匹を包み込む爆発音。牢に煤さえ残し、モンスターは灰になった。

「…やりすぎじゃねぇか?」
 その威力に呆然としながら、レオンは剣をしまいこむ。
「ムーンブルクの民に手を出そうとしたのですから、これくらいは当然でしてよ。」
 それでも疲れたのだろう、リィンは肩で息をした。
「まぁいいけどよ、下手したら建物ごと生き埋めだぜ。」
「…そうですわね。気をつけますわ。」
 ふと牢屋の中に目を向けると、ルーンが床にはいつくばっていた。が、すぐさま立ち上がり、こちらを向いた。
「紋章、落ちてたよ!!」
 それは確かに水を象った紋章だった。
「…ムーンブルクにありましたのね。」
 リィンはそう言って、水の紋章に手を添える。紋章は伝える。流れゆく物の優しさと…決して帰らないものの貴重さを。 戻らない時を大切にすることを、リィンにゆっくりと伝えた。



  空はさんさんと青く輝いていた。光る太陽が、緑の丘を気持ちよく照らし、風が優しく肌をなでる。
 リィンは丘の上から、ムーンペタを見下ろした。町は本当に平和そのものだった。
「もうルーンは見えねぇだろ?」
 リィンの視線を追って、レオンがそう聞いた。ルーンは今、ムーンペタの町に戻っていった。 この丘まで三人で来た時点で、リィンに被せていたマントを忘れていることに気がつき、一人で戻ったのだ。
「いえ、ムーンペタを見ておりましたのよ。…とても綺麗で、平和で。荒れてもいなくて。わたくしも 未練がなくなりましたわ。」
「なんだよ、それ…」
 レオンはまともに顔をしかめる。その表情にリィンは笑う。
「言い方が悪かったかしら?でしたら言い換えますわ。皆、元気そうで安心しました。心置きなくハーゴンに立ち向かえますわ。」
「ああ、そういう意味か。そうだな。しばらくこの町は安心だろうな。まぁ、ハーゴンの前に海底に行かねーとならねーけどな。」
「けれど、申し訳ありませんわね。わたくし一人、こうして我がままで国を見せていただいて。レオンたちは よろしいの?」
 リィンの言葉に、レオンは大げさに舌打ちをする。
「あの親父が国をめちゃめちゃにしてるなら、俺は手を叩いて喜んでやるぜ?」
「でも、レオンも判っていらっしゃるのでしょう?お父様はお父様なりに、ローレシアを愛していらっしゃるのよ?」
「知らねーよ。…でもルーンは国を見ておきたいかもな。」
 リィンは一瞬口を開いて…そして口を閉じた。

 しばらくの沈黙。そして、なにげないようにリィンは言った。
「…わたくし、レオンにずっと言わなくてはいけないことがありましたの。」
「なんだ?」
 リィンは、まっすぐにレオンの目を見つめた。その真剣な表情は、まさに彫刻の女神像のようだった。
「わたくし、ずっと貴方のことが好きでしたわ、レオン」


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