頭の中に衝撃が走り、はじけた。頭に雷撃が走ったような気分だった。
 まっすぐ見つめてくるリィンは、まさに女神のごとく美しく、つややかで。 風にそよぐ髪がまるで絵画のように美しかった。目の前のリィンは自分の知っているリィンでは ないのではないか…そんな気にさえなり、レオンはただ固まっていた。動くことができなかった。
 そしてリィンは硬直したレオンを見て、くすりと笑った。
 その笑顔を見て、レオンの呪縛が解けた。リィンはすぐ真顔になったけれど、 それはさっきまでとは違う『いつも』のリィンだった。
「ずっとずっと…レオンのことが好きでしたのよ。」
 その笑顔と、言葉でようやくリィンの真意がわかる。
「なんだよ、過去形か?」
「ええ…結果的にはそうですわね。」
 リィンは笑ってそういうと、くるりと後ろを向いた。リィンの視線の先は…廃墟となったムーンブルクだった。

「…いつからか判りませんけれど、ずっとレオンのことが好きでしたわ…レオンに好きになってもらえたらどんなに幸せだろうって、 ずっと思ってましたのよ。…ですから、婚約者だと認めてもらえたと知ったとき、本当に嬉しかった…」
 レオンはそれを黙って聞いていた。それを聞き終えた後、自分もリィンに言わなければならないことがあったからだ。
「…レオンのことは、今でも好きですわ。あの頃と変わらない想いで…だからこそ判りますわ。…いえ、 本当はだいぶ昔から気がついていたのですわね、きっと。わたくしは、レオン、貴方に謝らなければなりませんわ」
 リィンは意を決したようにこちらを振り向く。リィンは、うつむいた。懺悔するように、頭をたれる。
「…わたくしが貴方に一番求めていたことが貴方自身ではなく、貴方に流れる血脈でしたわ。 竜の勇者の容貌を色濃く残したロトの勇者と結ばれることで…両親に認められ、自分の真のロトの一員と認められることを、 …わたくしがずっと望んでおりましたの。…それはあなた自身の人格を否定する行為ですわ。 わたくしは自分の容貌について語られるのを嫌がっておりましたのに…本当に申し訳ありません。」
 リィンの懺悔に、レオンは首を振った。
「…別に気にしてない。…正直言うとな、俺、気がついてた。それを知ってて、俺はお前と婚約したんだ。 だからお前も気にするな。」
 レオンの言葉に、リィンは驚きで一瞬目を丸くする。そして笑った。
「そう言ってくださると、嬉しく思いますわ、レオン。… 前に言いましたわね。レオンは空に輝く太陽のように、一人でまぶしく輝ける方。そしてレオンはわたくしに 隣で同じように輝いて…お互いに刺激しあって更に高みを目指せるような…そんな関係を望んでいらっしゃった。 決して足手まといにならない、お互いを高めあい、更に強く。」

 リィンは空を見上げた。蒼い、青い空を。そしてそこに輝く太陽を。
  「…ですけれど…わたくしは、驚くほど弱くて。弱いからと行って、誰かに強さを要求することも、 弱さを自分の行動の言い訳にすることも、私はしたくありません。ですから…強くなって、貴方の期待する者になれたらと願いますが… 申し訳ありません。わたくしはきっと、その期待に応えることはできませんわ。」



 リィンの言葉に、レオンは一瞬沈黙して…そして笑った。
「なんだよ、俺、振られてるのかよ。」
 笑いが後から後からこみあがる。そのうちレオンは、目に涙を浮かべて、腹を抱えて笑い出した。
「…そうですわね。結果的には。女のプライドとして、振られる前に振りますわ。」
 にっこりと微笑んだリィンに、レオンがようやく笑いを収めて、降参を示すように両手を挙げる。
「まいった。降参だ。…リィンがな、俺を好いていてくれることも、なんとなく判ってた。 俺も、お前のことを特別に思ってた、それは間違いないぜ……けど、お前と 婚約をしたのは、フェオがお前を守ってくれって言ったからだ。ただ、それだけだったんだ。 けど、お前が言ったとおり、俺はどうしてもお前を『守ってやろう』って気にならなかった。 …多分、きっとお前を…なんていうかな、ローラ姫みたいに…恋愛感情で見ることはできなかった。 なによりも一番に考えることは…きっと無理だった。お前のことはどの女とも違う感情で好きだったし、 お前と国を作るのも楽しそうだったんだけどな。」
 リィンは驚くほど優しい笑顔で微笑んだ。
「…そうですわね。もし、ハーゴンが現れず、ムーンブルクが崩壊しなかったら…そんな未来もあったかもしれませんわね。」
「どうだろうな。…いつか、お前は気がついたと思うぜ。お前はそんなに愚かじゃない。俺が保障してやるよ。 こんなに近くにいるんだ。きっと、気がついたぜ。」
 誰のことを言っているのかは判る。今はきっと町の人たちに声をかけられ、笑顔で挨拶を交わしている最後の一人の ことだ。


「前途多難ですけれどね。きっとわたくしの想いには気づいて下さらないでしょうから。」
 リィンのつぶやきに、レオンは真顔になった。
「…あいつな、お前のこと、好きだぜ。…多分お前があいつを好きになるずっとずっと前から。あいつ、お前のことが好き だったんだよ。」
「そんなことありませんわ。ずっとわたくしたちをくっつけようとしていらしたもの。」
「…だからだよ。」
 レオンが、かみ締めるように言った。

 ”レオンが使ったら、いいよ。きっとその方がいいと思うんだー。”ラーの鏡を手に入れて、そう言って笑った。
 ”リィンはレオンが守ってあげなくちゃ駄目なんだよ!!”デルコンダルの城で、ルーンはそう言って怒った。
  風の塔の時も、ルプガナの時も。思い起こせば、いつだってリィンと自分をくっつけようとしていたけど …それは全部リィンの幸せのため。リィンが傷つかないように、幸せになるように考えて。自身の 気持ちを押し殺してきたのだろう。
 ”良かった、リィンが生きていてくれて。僕、本当に嬉しいよ。…良かった、生きていて、生きててくれて…” リィンを抱きしめながら、そう言って泣いた。
 そして気を使っていたのに…それすら忘れてしまうくらいの想いで。ずっと想ってきたのだと、今ならわかる。
 リィンには、まだ伝わっていない想い。だからレオンは空を仰いで、同じ空にいる親友に心からエールを 贈った。


「そんなことありませんわよ。わたくしには、レオンという強力な恋敵がおりますのに。」
「…気色わりぃこと言うなよな…」
 その発言と、リィンの鈍感さにレオンは肩を落とした。そして持ち直す。
「…別に謝らなくても良かったんだぜ。俺のことは気にするなよ。…お前も俺もさ。多分『恋』とか言う感情じゃ なかったんだ。お前は…きっと俺じゃなくて…アレフ様に…伝説の勇者に憧れてたんだ。だからお前は、ずっと 俺に強く当たってたんだよな。…俺にアレフ様みたいに…勇者らしくないところを否定したくてさ。 だからさ、このことは勘定にいれるなよ。」
「嫌ですわ。」
 レオンの言葉に、リィンは力強くきっぱりと否定した。

 あっけに取られるレオンに、リィンは畳み掛ける。
「…たしかにわたくしが貴方に一番に求めていたことは、貴方自身ではありませんでした。わたくしは 貴方に、わたくしの理想を押し付けておりましたわ。 …けれど、わたくしのかつての 貴方への想いを…落ち込んだときに、力づけてくれた勇気を。貴方のことを考えるだけで嬉しくなったりときめいたり… そんな想いを否定することは、誰であろうと許しませんわ。例え、未来のわたくしにも…貴方にも。」
 そうして、本当にリィンは綺麗に微笑んだ。先ほどの非人間的な美しさではなく、血の通った人間の、最大級の 美しさで。
「レオン、誰がなんと言おうと貴方は確かにわたくしの初恋の方。そしてそれが貴方であったことを、 わたくしは誇りに想っておりますのよ。」
 ふわりとリィンの髪が、風になびく。緑の匂いをたっぷりと含んだ風を。
「惜しいことしたと心底思うぜ。俺も誇りに思うさ、俺がお前みたいなすごい奴の初恋の人だったことをな。 俺は色恋沙汰なんて興味ないし、わからねぇけど…もし、そういうのが 判る大人だったら、きっとお前のこと、好きになってたと思う。」
「…そんなことはありませんわ。レオン。わたくしは元から、貴方の好みのタイプではなかったんですもの。」
 けろりとリィンがそう言って、そして含み笑いをした。


「それに…貴方にはもういらっしゃいますでしょう?誰よりも守りたいと思う、たった一人の方が。  この空の向こうで、太陽の側で儚く小さく…それでも自分の力で揺らめくように輝くことが出来る、星のような方が。 …頑張ってくださいませ。もしかしたらわたくしより、前途多難かもしれませんわよ?」
 その言葉に、レオンは顔を赤くして怒った。
「いねぇよ!!なに根拠のないこと言ってんだよ!!」
「あら?根拠のないなんて、どうして言えますの?さっきわたくし、申しましたでしょう?ずっと貴方のことが好きでしたのよ? 側にいるときは、ずっと貴方のことを見ておりましたもの。…貴方が何に関心があって、いつも誰のことを 気にしているか。…貴方の視線の先に、いつも誰がいたか。わたくしが気がついてないと思いまして?」
「…そんなこと言ったって…俺はしらねぇよ。」
 本当に知らなかった。…心当たりなんて…ない。…きっと。それでも胸がちりちり 鳴るのは何故だろうか。まるで自分をごまかしているように、後ろめたいのは何故だろうか。

「では、レオン。わたくしがここに来たいと言った時、あなたはどこに行きたいと願いました?ハーゴンとの 決戦の前に、一体誰に会いたいと思いました?」
 その言葉に、ぎくりとする。意識していたわけではない。…だが、目は地図上のたった一点を見つめていた… そんな気がした。顔が真っ赤になる。
「しらねーよ、いねーよ!!」
 それでも頑固に、レオンはそう怒鳴った。リィンがくすりと笑う。
「気がついてらっしゃらないのか、自分をごまかしていらっしゃるのか。…わたくしも人のことは言えませんけれど、 手遅れにならないように頑張ってくださいませ。」
 それは全てを見通した大人の笑みだった。それに悔しく思いながらも、レオンはなんの抵抗も出来ず、 子供のように口を尖らせて黙りこんだ。



「レーオーンーーー!リーィーンー―ーーー!!おまたせーーーー」
 やがて遠くからルーンの声がした。こちらに向かって走ってきている。
「遅かったですわね、ルーン。何をしてましたの?」
 レオンの顔はまだ赤いが、リィンが平然とルーンにそう聞いた。
「うん、団長さんがね、携帯食持って行ってくださいって。ほら!」
 そういうと、大量の携帯食が入った袋を見せた。
「まぁ…ありがたいですわね。けれど遅いから心配しましたわ。」
「うん、ごめんね。…あれ?レオン、なんだか顔が真っ赤だよ?どうしたの?」
 ルーンに指摘されて、レオンは顔がいまだ赤いことに気がつくが、こればかりはどうしようもない。弱弱しい声で、 なんとか復讐とばかりに言葉をしぼりだす。
「…別に、何でもねぇよ…リィンが変なこと言うからだ…」
「変なことなんて失礼ですわね。わたくしは事実を言っただけですもの。」
 けろりとその言葉をかわしてみせるリィン。ルーンは不思議そうに首をかしげた。
「…何のお話をしてたの?」
 その質問に答える形で、リィンは最上級の笑顔を見せた。
「…ルーン、わたくし、貴方のことが大好きですわよ。」
「うん、僕もリィンのことが大好きだよ!!」
 ルーンも最上級の笑顔で答えた。

 …その好きは、きっとレオンと同レベルで、自分の感情とは違うものだろう。 それでも今はこれで我慢しようとリィンは思った。もうすぐハーゴンを討つ日が来る。その日が来たら 全て片付いたら、もう一度告白しよう。
 きっとルーンは驚くだろう。信じられないというだろう。その様子を想像すると、少しおかしい。 …けれど何度だって好きだという。信じてもらえるまで。 貴方のことだけが好きだと、そう言い続けよう。
 緑の丘の上で、リィンはそう決心した。やがて来る幸福な時を思い起こして笑った。


   今回の話には、一つ実話が入っております。…邪神の像のイベントを、すっかり忘れておりましたーーーーーーーーー! とあるサイトさんを見て、ようやく思い出したよ…危なかった…

 さて、今回の話では、水の紋章は完全に脇ですね(笑)メインは丘の上の二人の告白合戦です。ずっとイメージしていた ところです。会話の文も色々考えて…書く段階になったらすっかり忘れているのもお約束(プロットを 書かない人です)。記憶力のなさに情けなくなります。多分、入れたいと思っていた 台詞を、全部入れられたと思うんですが…入れ忘れてたら悔いるな…

 レオンと一緒にいるリィンは「かっこいい」女性ですね。そういう関係もいいんだろうなーと思います。 甘い関係ではなかったけれど、この二人も確かにお互いが特別でたった一人の人なんだと私は思っております。 お気に召さない方もいらっしゃるでしょうが…ごめんなさい。



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