そこは広く長い部屋だった。下に敷かれた絨毯。そしてそのまっすぐ先にある祭壇。その前にいる神官。 そこに祭られている御神体。細かい点を除けば、いつも見ている教会とさして違いがない。
 …ただ、祭壇の向こう側には真っ赤な溶岩が湧き出ていることと、御神体が蛇が醜くゆがんだ邪神であること以外は。
 そこには20人ほどの人がいた。まるで難民のようにまとまってそこで生活しているようだった。三人の 登場に、皆おびえた様子が隠せない。
「…もしかして…こいつら…」
 嫌な予感がした。…魔物がこんな所に人を連れてきた理由。それは邪神に捧げる生贄にするためなのだろうかと。
「…お前たち、ここに何しに来たのですか?ここは炎の聖堂。貴方たちには用はないはずです。」
「お前たちがこいつらをここに連れてきたのか?…こんなところに人間を集めて、一体何に利用するつもりだ?」
 その言葉に、神官が笑う。
「お前たちが何を考えたのかが手に取るようにわかる。その者たちに聞いてみるといい。一体ここで 何をしているのかを。」
 そういうと、ちらりと固まった人間たちを見た。
「信者たちよ。この者たちはシドー様の像を奪い、ハーゴン様を打ち倒さんとする、ロト王家の者たちだ。我らが 聖堂を汚さんとここまでやってきたのだ。…信者たちよ、そなたらの思いを、あの者たちにぶつけるがいい!!」

 その言葉に、人が次々に立ち上がった。邪神の像とレオンたちをさえぎるように、赤い絨毯の上に立ちはだかる。
「帰れ!!ここは俺たちの場所だ!!」
「あんたたちは何の権利があって、この場所を奪おうとするんだい?」
「どっかいけ!ハーゴン様を傷つけようとするな!!」
 次々に罵声が飛ぶ。リィンが、困惑して叫ぶ。だまされているかもしれないと言う、望みにかけて。
「…な、なんですの?貴方たちは何を奉っているのかお分かりですの?世界を破滅に導く、邪神ですのよ!?」
「だからどうした?!お前たちは自分たちのしていることが、いいことだとでも思っているのか?全ての人に 賞賛されるとでも思っていたのか?!!」
「だからって、世界を滅ぼして、一体何になるんだよ!!なんでそんなことしたいと思うんだよ!!」
 レオンの叫びに、顔に大きな切り傷がある男が前に出てきた。
「…教えてやろう。どうして俺がここにいるのか。…おれは『人』に殺されかけた。逃げ出そうとしてこのざまだ。 その理由がわかるか?!俺の親が、人を殺したからだ!!」
 その迫力に、レオンは後ずさった。
「…俺は何もしてない。ただ、親父が人を殺して自分も死んだ。親が人殺しなら、子供も同じだ。生かしておくのは 危険だ。あの村にとってはそれは正義だ。あの人たちにはそれは正義だ。…なぁ、教えてくれよ、ロトの王子とやら。 『人は正義』なのか?俺を殺そうとしたのは正しいのか?」
 後ろから別の人間が出てきた。今度はリィンと同じ年頃の女性だった。
「…私は実の親に殺されかけました。…ある年の占いで、双子が不吉だったと言うだけで、私の姉は私の目の前で殺され… たまたま私は一命を取り留めました…。教えてください、あの人たちが私の姉を殺して良くて、私たちはそれを滅びるところを 願ってはいけないのですか?あの人たちは自分たちの保身を考えて私たちだけを殺そうとした。でも私たちは そんな卑怯なことはしません。自分たちだけの身のことなど考えません。共に滅びます。」
 人々から次々に罵声が飛ぶ。
「お前たちに何がわかるんだ!!生まれることを望まれた、生きることを望まれた王族に、一体 なにがわかるんだ!!」


 罵声が響く中、レオンはようやく気がついた。
(こいつらは、…兄なんだ)
 生まれることを望まれず、母の体内で共に殺されてしまった、生まれるはずだった自分の兄。『人』に なることすら、認められなかった存在。
 そして自分は、父にも母にも認められた存在。…きっと、その気持ちはわからない。…もし兄が生きていたら。 …いいや、あったことのない兄弟がいたら…自分を同じように憎んでいるだろう。
 言葉が詰まる。何もいえなかった。何も思いつかない。


 そんな中、ルーンがにっこりと笑った。
「ごめんね。僕、何度もその問いを聞いたよ。夢の中で。ずっと貴方たちの考えに触れていたんだ。」
 人々は何のことを言っているか判らず、顔をしかめる。だが、すぐ馬鹿にされていると感じたのだろう。 口々に『帰れ』と叫び始めた。
「帰らないよ。僕、何度も考えた。夢の中で。…うん、どっちが正しいか、僕にはわからなかったよ。でもね、 僕守りたいものがあるから。大切な人も…ルビス様が守る、この世界も。僕には譲れない大切な 物だから。僕は貴方たちに剣を向けたくないけど。それでも大切なものを守るためなら僕はやるよ。」
 その言葉に、傷のある男が叫んだ。
「お前がこの世界を大切だと言えるのは、お前がルビスの加護とやらを特別に受けてるからだ!!お前は 自分が特別扱いされてる世界を壊されたくないだけだ!!」
「違うよ。僕が愛されてるからじゃない。僕が愛してるから、大切なんだよ。例え愛されてなくても、そんなこと 全然重要じゃない。好きな人には生きていて欲しいよ。幸せになって欲しいよ。それがそんなにおかしい ことかな?だから、それを守るためには僕は貴方たちを攻撃しなくちゃならないかもしれない。 僕はそんなことをしたくない。…だからできればそこを退いて欲しい。僕は僕の正義のためでも貴方たちをできるだけ、 傷つけたくない。」

 ルーンの言葉に、皆が黙った。だが、納得したわけではないようだった。その証拠とばかりに一人の男が、ルーンを にらむ。
「…じゃあ、俺たちにも大切なものが在る。ハーゴン様と同じ、一部の人間だけが救われている、今のこの世界を 破滅させると言う正義が、今の俺たちに一番大切なものだ。お前が大切なものを守るというのなら、 俺たちにも守る権利がある。お前の正義と俺たちの正義は違う。それだけだ。」
「けれど結局、貴方たちの正義も、貴方たちを虐げたものの正義と変わらないわけですわね。」


 そのルーンの言葉に励まされたように、リィンが威厳を持ってそう告げた。そしてその言葉に、人は 逆上する。
「お前に一体何がわかる!!お前みたいなお姫様に!!」
「何故なら、ハーゴンはわたくしの国…ムーンブルクを滅ぼしているからですわ。城にいる者たちを皆殺しにしましたのよ。」
「お前たち王族は、今まで特別にな加護を受けてきたものじゃないか!!何もせずに贅沢な暮らしをし、王族に生まれただけで かしずかれる!!俺たちは歩めたはずの平穏な人生を些細なことで奪われたのにだ!!俺たちにはその仇を討つ権利がある!!」
 …自分を否定されたくないのだろうと、リィンは感じた。自分が今まで信じてきたものが違うと言われることが 辛いことなのは、リィンは既に知っていた。
 それでもリィンは容赦しなかった。その正義を認めるわけにはいかないのだ。
「…たしかにわたくし達のように、王族に生まれ遇されてきた者は、貴方たちの仇と言えるかもしれませんわね?けれど、城には 王族だけしかいなかったわけではありませんわ。村から下仕えに来ていたメイドや、商売に来ていた商人… 加護もなく自らの力で頑張ってきた様々な者たちが、貴方たちの信じるハーゴンに…いいえ、正義に殺されましたわ。 それは一体どう説明なさるおつもりなの?ただ、殺人犯の子だと言うだけで殺されるのと、ただ城にいるというだけで 殺されるのと、一体どういう違いがあるというの?!」

 リィンのその言葉に、皆が黙った。
「貴方たちの正義が正しいかなど、わたくしは知りません。ですが、わたくしはわたくしに仕えてくれていた者達の 仇を討つ使命があります。…貴方たちが貴方たちの姉や…貴方たち自身の人生の仇を討つ権利があるというのならば、それを 咎めはしません。ですが、わたくしの邪魔をするのなら、わたくしは貴方たちを排除しなければなりません。わたくし自身の 権利のために。それが嫌ならお退きなさい。」


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