そこは、うっそうした霧の中。まるでそれは聖なる水の結界に覆われた聖地。ほんの小さな島の中に、古びた祠があった。
 レオンは、両手に持った5つの紋章を見つめた。…呼んでいる。三人をここに導いている。
「…行くぞ。」
 レオンの言葉に頷いたものの、ルーンは恐ろしかった。それは、先ほどのレオンとリィンが、ルーンに抱いたのと同じ気持ち。
 ”自分は認められるのだろうか?”
 ハーゴンと繋がることによって、自分は邪神の教えを継いだともいえる。もちろんその教えに傾倒などしていない。それでも、 一点も曇りなくまぶしく輝く二人と違い、自分の奥に「闇」が宿ったのは確かなのだ。
 それが、自分で良かったと思う。そして、二人を守れたこと…ハーゴンのことがわかったことも、後悔なんてしていない。 それでも、不安に思う。偉大なる精霊。この世界を作った創生神…はたして、自分は二人の側にいることを、認めてもらえるのだろうか …それだけが怖かった。

 祠の階段を降りると、四方が水に包まれている部屋だった。四方の壁に海水の滝が流れ落ちる。そんな小さな部屋に、また下へ向かう 階段。おりると更に小さな部屋が、水の狭間にあった。そして、また階段。
 三人は無言へ下へと降りる。降りてはまた階段。その先にも階段。そして 聖なる部屋は幾重にもつながり…ゆっくりとゆっくりと意識がいいや、この世界とと神の世界の狭間 へと入り込んでいったその時、三人の前に、大きな部屋が広がった。


 そこは、神殿だった。大きな広間の四方には、今までと変わらず海の水が流れ込んでいたし、 神像も飾られていなかった。祭壇もなかった。だが、そこに漂う雰囲気が、ここは神殿だと確かに伝えていた。
「…ここが、終点…かしら…?」
「ああ…そうだろう…」
「うん、感じる…」
 言葉少なく、三人はその神殿の中央まで歩く。そのとたん、レオンが手にしていた、五つの紋章がゆっくりと 宙に浮き、輝き始めた。
「うわぁ!!!」
「…紋章が光っていますわ…」
 それは、目を覆うほどまぶしいわけではない、優しい光。そしてそれと同時に、余りにも圧倒的に人を照らし出す光。
「レオン、リィン、見て!!」
 ルーンは前方を指差す。そこには、炎。何もない空間に、ただポッと炎がともった。良く見ると、自分たちの四方を 囲むように、その炎はともっていた。
 これは、人のなせる業ではない。三人はそれを悟る。
 …そして、どこからともなく、美しい声が聞こえるた…

「…私は大地の精霊ルビス…この世界を作りしものです…」
 それはあまりにも優しい声。聞くだけで涙が出そうになる。知らず知らずのうち、三人はひざまずいていた。
「…よく、ここへ来てくださいました……かの広き世界の血を引きし者…ロトの末裔たちよ…」
 ”はい”と返事しようとした時、三人とも、自分の声が出ないことに気がついた。あまりにも恐れ多くて、身動きすることすら できない。
「……あなた方は五つの紋章から、全てを感じたでしょう…運命は、定められているわけではなく、自分達の手で、作り上げていく 者だということ…流れる時が帰らぬこと…照らし出すものはどんなものでも平等に、貴方たちを照らすこと… 安らぐ時の貴重さ…そして、命の祝福を、貴方たちは紋章から聞いたのでしょう…?」
 その返事はやはり言葉にならず、三人はそれぞれ小さく頷いた。
「…貴方達が生まれる前、闇に立ち向かい戦うと誓ったことを、私は覚えています。…けれど貴方達は生まれ、安らぎも 喜びも・・・大切なものを沢山知ったはずです。…それでもなお、その全てを捨て、命をかけて、戦いますか…? 貴方たちには戦わなければならない、義務はありません。貴方たちが戦うことをやめても、私は必ずあなた方全てに 祝福を与えるでしょう。それでも、貴方達は困難に向かってゆきますか?」
「「「はい」」」
 答えたのは三人、ほぼ同時だった。迷いはなかった。
 …戦う理由がある。全てを賭してもやらなければならない理由が。
 守りたいものがある。この世界のすべて。たった一人の人。故国の誇り。そして、仲間を。だからこそ、 立ち上がり、戦おうと決めた。ずっと前から。
 そして、その決意を読み取ったのだろう。姿無き女神が微笑んだのを感じる。
「…それは貴方たちの血がなせる業なのか…それともその中に眠る魂がそうさせるのか …けれど貴方たち自身がそう言ってくれるのなら、はるか昔に私が勇者ロトと交わした約束を、果たす時が来たようです。」
「…やく、そく…?」
 声に出したのは、誰だったんだろうか。だが、ルビスはその疑問には答えなかった。
「さぁ、私の守りを貴方たちに授けましょう。…いつか邪悪な幻に迷い戸惑った時は、これを使いなさい。必ずや あなた方の助けになるでしょう…」
 周りを光りながら漂っていた紋章が、ゆっくりと円を描きまわりだし…やがてその中央に、美しい細工をほどこした アクセサリーのようなものが現れ、ゆっくりとレオンの手の中に落ちた。
「私が世界のためにできることはこれだけです。どうか、この世界を守って下さい… さぁ、行きなさい、ロトの末裔たちよ。戦うことを選び取った英雄たちよ…私はいつも貴方たちのことを見守っています…」
 その声を最後に、紋章が空へ消え、ともっていた火も何事もなかったかのように消えた。


 三人は、そのまま無言で階段を登り…地上に出て、ようやく息をついた。
「…わたくしたち…この世で…本当にルビス様に逢ってまいりましたのね…」
「…今でも、信じられない。ぼく、ドキドキしてるよ…」
「俺もだ…」
 レオンの手の中で、ルビスの守りが美しい音を立てた。その守りは首飾りのようで、長い鎖がまるで天上の楽器のように 美しく鳴るのだ。
「けど、現実なんだな。世界を…ルビス様が俺たちに託してくださったんだ…」
「…ええ、本当に。…なんて、光栄なことなんでしょう…。」
 ほんわりと夢見ごこちな二人の横で、ルーンは涙を流すほど嬉しく思っていた。ルビス様が自分を認めてくださったこと。 たとえ邪神の魔法を習得していても、平等に祝福をくださったこと。それが嬉しかった。
「…そうだよ…ルビス様の祝福なんて、生きているだけで、きっといくらでも感じられたのに…」
 かつて自分だった人間へ、そっとそうつぶやいた。




 神に相対する勇者を書くのはこれで二回目です。自分でもびっくりするくらいキャラクターたちの思惑が違うあたりがとても おかしいですね。厳しい某竜神さまと、優しい女神様。比べてみると面白いかもしれません。
 そして、ロンダルキアへの洞窟と、命の紋章イベントを書くのも二回目。…これはできれば一回目と 比べないでいただきたいかと…三人の様子が全然違うのがおかしいなーと。同じキャラなんですけど、もしこの 話にそのまま「呪い」を入れたら、きっと違和感なんでしょうね。三人の成長が伺えます。しかし同じイベント 二回書くのは辛かった…せっかくなので、微妙にコメディにしましたが…いや、辛かったです。

 さて、次回は一気に洞窟を抜けます。そろそろクライマックスです。皆様、お楽しみに…
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