「それで、神父様、何故わたくしたちの名前をご存知でしたの?」
 毛布に包まり暖炉の前で火に当たりながら、リィンは神父にそう尋ねた。
「夢のお告げがありましたから。…きっと私達はそのために、ここにいたのでしょうからね。」
「…そのために?」
 ルーンの言葉に、修道女はうなずいた。
「ええ、精霊の御子であるあなた方を休め、お守りし、そして導くために。ずっとあなた方が 来てくださるのを待っておりました。元は楽園だったこのロンダルキアを正常に戻し、そして混沌たる 世界を救ってくださるあなた方を私たちはずっとお待ちしておりました。」
「導くってことは…ハーゴンがどこにいるか知ってるのか?」
「もちろんですとも。…もとはルビス様の神殿だったと伝えられる、ロンダルキアの心臓…ちょうどここから西に 行ったところにある大きな城。…そこがこの魔力の中心部です。」
 そう言って、神父は古びた地図を持ってきてくれた。ここから山があるため随分迂回しなければならないようだったが、 道がわかっただけでも大進歩だろう。
「よっし!!これでもう大丈夫だ!!さんきゅ!!行こうぜ!!」
「レオン様。もう日が暮れますわ。明日になさった方がいいと思いますよ。今、シチューを作っていますから、よろしかったら お食べになってください。狭いですけれど、寝床も用意いたしますわ。」
 立ち上がったレオンに、修道女が優しく微笑んだ。その言葉に、リィンが頭を下げる。
「ご好意、とても嬉しく思いますわ。…けれど、ずっとこんなところにお住まいでは、食料も貴重なのではありませんの?」
「そういやそうだよな。どうやって生活してるんだ?ロンダルキア越えてるのか?」
 その言葉に、修道女はかすかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ここには旅の扉がありますから。」


 三人の顔がなんとも言えない表情に変わる。
 レオンはあごが外れそうなほど大口を開けて驚いているし、リィンも驚きのあまり、息が止まっている。一見 ルーンの表情に変化はないように見えるが、目がいつもよりも開いていた。
「……………じゃあ、何か?俺たちが、ロンダルキアの洞窟を…越えてきたのは…無駄だってことか!?」
「そんなはずないよ。ここにはロンダルキアの洞窟を越えるか、空から渡ってくるか、どっちかしかないはずだよ?」
 淡々とした言葉だったが、いつもの笑みがない。 どうやらルーンは心底驚いているようだった。こんなルーンも珍しい。その様子を見ていると、なんとなくリィンの 頭が冷えてきた。
「落ち着いてくださいませ、レオン。…貴方は貴方の剣を見出したのでしょう?それだけで有益だったのでは ありませんこと?」
「…まぁ、そうだけどなぁ…」
 まだ納得の行かないレオンに神父が笑いかける。
「大丈夫ですよ。ルーン様のおっしゃるとおり、ここには洞窟を通ってくるか、空から来るしか方法はありませんから。」
 神父の言葉に、三人が首をかしげる。神父は微笑んで立ち上がる。
「食事が出来るまでしばらく時間がありますから。…見てみますか?」


 そこは綺麗に掃除された小さな部屋。そしてその中央に、たしかに渦巻く小さな泉があった。
「…これは試しの泉と呼ばれている旅の扉でした。かつてここが神殿の宗務所だった時代、新しく下界から上がって 来た者に、この旅の扉を見せるのです。…心底神に全てを捧げると決意したかどうか、試すために。」
「…随分と、厳しいんですわね。どんなに心強く持っていても、故郷が恋しくなるのは当たり前のことですのに。」
 さっぱりとしたリィンの言葉の裏に、どんな想いがあったのか。それは誰にも読み取れなかったが、神父は その言葉に頷いた。
「そうですね。それでも一番最初が肝心だと考えたのでしょう。辛く長い洞窟の旅を終えて…美しいロンダルキアの大地に気を抜いた時、 果たして故郷を思うのか、それとも神を思うのか…それがここにあがる最後の試練だったようです。」
「故郷を思った人間は、ここに飛び込んじゃうよね。きっとちょっとだけ、最後にもう一回だけ家族にあったら帰ってこようって 思って。…それで帰ってきた人間を罰するの?」
 ルーンの言葉に、神父は首を振った。
「いいえ、この旅の扉は…ロンダルキアの洞窟の麓にある、祠の洞窟に繋がっています。その旅の洞窟がどこに繋がっているか… 皆様なら、ご存知でしょう?この旅の扉は一方通行なんです。」
「…そんなことってあるのか?」
「私もここ以外は存じません。神の御技ですね。…だから、ここに入った者はもう二度と、こちらには戻ってこれ ないのです。」
「でも…神父さんたちは違うんですよね。」
 ルーンはにっこり笑って、荷物を探り、小さな石を取り出した。
「…今のところ、下に戻るつもりはないんですけれど、何かあったらルーラで逃げることもあると思うから。…預かって もらえますか?」
 ルーンの手の中で、ルーラの基石はほのかに緑色の光を放つ。
「ええ、もちろんです。責任を持って預からせていただきます。」
 神父はにっこりと笑ってそれを受け取った。


 その朝は、昨日の嵐が嘘のように静まっていた。
 風のない空に、深深と降り積もる雪は静寂の支配者。足跡のない真っ白の大地はそれだけで…死の世界を 思い起こさせた。
 …ルビスの祝福か、ハーゴンの誘いか。どちらにしても今日が決戦の日。そしてそれに相応しい空だった。

 さくさくと、新雪を踏みながら歩く。幸い、雪がちらつく程度の大地では、モンスターがよく見えるし、 足跡があれば姿が見えないモンスターを警戒すれば良いだけの今日は、順調に進むことが出来る。
 三人の心は、この空と同じく不思議なほど静かだった。決戦への高揚感も、死地に向かう悲壮感もなかった。 森の中を行き、山を越え、平地を歩き…モンスターと戦うその時さえも、不思議な平穏に包まれていた。
 そして…三人は山の一番高い場所に来た。それは聖地と相応しい場所。そこにそびえ立つ神殿は、今はまがまがしい 気で溢れていた。

「…ようやく、ここまで来たんだな…」
「ええ…この先は何が起こるかわからない…それでもわたくし達は、ハーゴンを倒さなければならないわ…どうしても。」
「うん…僕、ハーゴンに会わないと…どうしても、会わないと駄目だから…頑張ろう。」
 目の前にそびえるのは、神殿にしては立派な門だった。三人は何も言わず、その扉に手を添えて、一気に力を込めた。 この長い旅の間に、気がつけば何も合図せずとも息を合わすことができるようになっていた。
 さび付いた音がした。そしてその向こう側に、悪しき魔力が集まっているのを身体で感じた。
「…行くぞ」
 最後の勇気を持って、三人は扉を押し開ける。そしてその扉をくぐる。

 …そこにあったのは、春の空気。そしてその光景は、見慣れたかの、ローレシアの城だった。


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