その言葉に、ハーゴンが面白そうに笑う。 「ほう、勇者様は屍を乗り越えていくのだな…そうだ、お前たちはいつもそうだ!!下に努力している 民衆がいることなど見えもせず、その屍を踏み潰すのだな。」 「お前と一緒にするな!!…お前の呪いはルーンと一緒なんだろう?だったら世界樹の葉で」 「生き返らせると。…確かに悪くない手だな。…そう思うか?ルーン?お前は私の知識を盗んだのだろう?」 二人はルーンを見る。ルーンは首を振る。 「…駄目だよ…レオン。僕は、完全に呪いに飲まれてなかった…。…でもフェオさんの身体は、とっくに、呪いに 侵されきってる…呪いは、完成してる。もう、あの肉体は、フェオさんじゃない。…ごめん…」 もう手遅れだと。…死んだ人間は戻らないのだと。ルーンはそう事実を告げる。 ギリギリと、レオンの奥歯が鳴った。 「…なら…余計…俺が止めを刺す。」 「レオン!!?…本気ですの?」 「ほぉ、切ると言うのか。言っておくが、これはフェオの肉体。私はそれを操っているだけだ。 これを切っても私に何のダメージもないぞ。これで私が倒せると思うのなら、大間違いだ。もう用済みだからな。 好きなだけ、切り刻めばいい。」 にやりと笑う。その顔は邪悪だった。 「…そうするさ。もうお前にフェオの躯を、好き放題させてたまるか!」 「ならば、対戦するがいい。…私は上で待っている。…同族の血で汚されたお前たちを…」 フェオの目から意思の光が消え…そこには物言わぬ躯が立っていた。そしてそれは意思を持たぬまま… ゆらりと剣を抜いた。 「…ルーン…本当に、駄目ですの?呪文でも…?」 最後にリィンが、ルーンにすがる。ルーンは辛そうにうつむいた。 「…僕はハーゴンに侵入された。…そしてそこでフェオさんの記憶を見た。…とっくの昔にフェオさんは、ハーゴンに 食べられてる…ごめんね…僕、何も出来なくて…」 「…ルーンが…悪いわけではありませんのよ…」 …自分が何に絶望しているのか、リィンにはわからないのだ。一度もちゃんと会ったことも、話したことも ない兄。兄弟として慕っているかも、自信がない。ただ、助けてくれた人。ずっと誤解していた人。 …両親の寵愛を受けていた人。 ずっと妬んでいた。憎くもあった。…けれど。それでも。 …ちゃんと語り合いたかった。不満をぶつけて、やりあって。いろんな言葉を聞きたかった。そして、 ちゃんと『フェオ』という人を見てみたかった。…それが、哀しい。 そう思ったとき、ルーンが叫ぶ。 「でも、でもね!!レオン、リィン!!…もしかしたら、まだ間に合うかも!! フェオさんを生き返らせることはできないけど…間に合うから!!…だから…」 「…わかった。」 レオンは自分より辛いのだろうと、リィンは思う。だが、レオンは剣を抜く。そして、無言で走った。 それは、短い戦いだった。レオンは一気に走り、フェオに迫る。二度剣をあわせ…そしてそのまま稲妻の剣は フェオの身体を刺し貫いた。 レオンが剣を抜くと、フェオの身体は、力なく倒れた。…その身体からは血が噴出すことはなく、ただ、棒のように 倒れた。 「「レオン!」」 二人は、レオンの元に駆け寄った。…レオンは震えていた。剣を納めた両手をにぎりしめて。…泣き出しそうな 顔をしていた。 「……ちくしょう…なんで、フェオが……」 「…泣くんじゃない、クルス。」 ハッとして、顔をあげる。二人も、声の方を見る。 倒れた死体のその目には、確かに意思の光があった。 「…フェ…オ…?」 「泣くんじゃない。…死体が本当に死ぬだけなんだ。もともと死んでたんだよ…クルスが…苦しむことじゃ、ない…だから、 泣くな。」 レオンは座り込んだ。 「フェオ…フェオ…生きて、るのか?」 「…いいや、最初から…あの時、ハーゴンに呪いをかけられたときから…自分はもう、死んでるんだ。…ごめん。」 動くことも出来ず、ただ、口から言葉が流れる。…それは生きている者ではない。 「ハーゴンは、フェオさんの身体からフェオさんの魂を出さなかった。…魂を天に帰してしまったら、フェオさんの心の中を みることは出来ないから。…フェオさんの魂は…まだ、呪いに犯されてなかった。…間に合った…ね…フェオさん。」 ルーンは、微笑む。…哀しい笑顔で。 「はじめまして…かな…」 フェオは微笑んだ。とても、とても爽やかな笑顔だった。 「…いいや。君のことは…何度も、夢で見たよ… それに、君が幼い頃、会ったことがあるんだ。ルーン、君は覚えていないだろうけど…」 「僕も、です。何度も、貴方の…夢を見たから…じゃあこんにちは…かな。」 そこまで言ったところで、ルーンの笑顔が途切れた。 「…救えなくて…ごめんなさい…。僕…何も、できなくて…」 「ルーン…ありがとう。君の記憶の中…リィンとクルスを大切に思う気持ちで一杯だった。大切に思ってくれて、本当に ありがとう。大切な妹と友達だから、お願いするね。」 フェオは、声だけで微笑んでみせる。ルーンは頷いた。 「…ありがとう…でも、心配だよ…、ルーン。君はとても、優しい子だから。…運命に逆らってもいいんだ、ルーン。 君がいるだけで誰かの心を救っていること…忘れないで。」 ルーンはただ、こくんと頷いた。そして、さりげなく、横にずれる。…そこにはルーンの影に 隠れるようにいた、リィンがいた。 「リィン…綺麗に、なったね…」 「おに…い…さま…」 フェオの身体の横、リィンは力なく座り込んで、涙をこぼす。 「…お兄様…お兄様…」 「あはは、まだ、兄だって言ってくれるんだ、リィン。ありがとう…ごめんね。沢山君に、負担を押し付けて、逃げ出して。 …苦しんでいることを知っていても何もできなかった。辛かっただろう?」 リィンは言葉なく、首を振った。…何を言ったらいいか、判らなくて。 「何もかも、自分が奪ってしまったね…。でも、これから先はリィン、君の好きにしたらいい。国を無理に再建しなくてもいいんだ。 女王になりたいならなったらいいよ。誰かと結婚してもいい。なりたいものになったらいい。…祈ることしかできないけど… せめて、幸せになってほしい。信じてもらえないかもしれないけど…リィン、君の事を愛していたよ。」 リィンは首を縦に振る。とめどなく、涙をこぼしながら。ただ、頷くことしかできなかった。 「…クルス、もし自分を、まだ友だと思っていてくれるなら…頼みを、聞いてくれるか?」 「…あたり、まえだろ?!」 涙をこらえながら。笑って見せた。それに答えて、フェオは力強く言った。 「もう、誰も殺さないでくれ。」 「…フェオ?」 「…これは、自業自得だ。自分が勝手なことをしたから…この、騒ぎは…全部自分のせいだ。 本当なら、自分が…なんとかしなければならないんだ…でも、もう身体が動かない。…だから、頼む、 代わりに、終わらせてくれ。もう被害を出させないでくれ…誰も殺さないように…終わらせてくれ…この、事態を…」 「ああ、判ってるさ!!」 その言葉に、フェオは笑う。 「…強くなったな、クルス。本当に、強くなった。勇者に相応しいくらいだな。」 「強く、ねえよ…フェオより、…全然俺は、強くなれねえよ…まだまだ、敵わなくて…」 「さっき、勝ったじゃないか。」 「あんなの、偽者だ!!フェオは、もっと強いぜ!俺なんかより、ずっと…」 その言葉に、もう一度笑う。本当に楽しそうだった。 「馬鹿だな、クルス。いつまで小さな子供のままでいるつもりなんだ?ずっと修行してなかった自分より、 クルスは強くなってるよ。…さっきの自分は、ハーゴンが身体の力を最大限利用して動かしてたんだ。… 本当に、強くなった、クルスも、リィンも、ルーンも…」 声が、弱くなったのを感じた。終わりが近づいているのを…感じた。 「フェオ!!」 「お兄様!!」 「フェオさん!!」 あせった声に、むしろ楽しそうにフェオが言う。 「…自分のまま死ねるとは、思わなかった。…皆は自分を助けてくれた。…本当にありがとう。クルス、リィン、 ルーン。…本当は、このまま逃げ出してもいいんだ。…三人が幸せになれるなら。…でも、戦うというんなら、 頼んだよ。」 「…ああ、頼まれた。…だから、安心してくれ。」 「…二人は、僕が守ります。大丈夫です。」 声が震えているのを感じた。それでも、無理して笑って見せた。 「…おにい、様…!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!お兄様!!わたくしも、わたくし…ずっと貴方のこと、妬んで おりましたわ!!お父様にもお母様にも愛されて、必要とされて!!ずっと、うらやましくて!!…でも、 でも…!!ずっと、愛して、おりました…お兄様…」 その言葉を聞いて、フェオが微笑んだのが『見えた』 「ありがとう…。ルビス様の元で三人の勝利をずっと祈ってるから…幸せを、祈ってるから。……さよなら……」 ふわりと薄い青が飛び立ったように見えた。そしてそれはすぐ空の雲に溶けて…消えた。 その空を三人はいつまでもいつまでも、見守っていた。 フェオさん退場編。 最初から、ずっと考えていたところでした。ようやくここが書けて満足しています。 レオンにとっては友。 ルーンにとっては…多分先輩みたいな人。 そしてリィンには兄。 先を行く者との別れ。それを乗り越えていく。たとえそれが血の道であっても。 |
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