〜 すみれ色の決意 〜 遺体をルーンの呪文で燃やし、残った骨を、神殿の外に埋めた。 雪をどかし、土を掘り出すのは大変な作業だったが、三人とも何も言わなかった。 「…リィン、これで良かったの?…燃やして…ここに埋めちゃって…」 土を掘りながら、ルーンがそう聞いた。 「ええ…ハーゴンに遺体を利用されるのはもう、嫌ですもの。…ねえ、レオン、お兄様はずっと、 ルビス様にお仕えしたかったのでしょう?ムーンブルクの国家ではなく…」 「ああ。…フェオは…国を守るとかじゃなくて…世界を、守りたかったんだ…」 レオンのその言葉に、リィンは笑う。 「…ふふ、それじゃ、お兄様も、結局は勇者の末裔ということですのね。レオンとそっくりですわ。ただ、 少し形が違ってしまった…」 結果、フェオがルビスを信仰したために、ゆがみが起こり、ハーゴンは邪神官になり、世界は危機に瀕している。 …破壊の始まりはどこなのか。それは誰にもわからない。 「…全てが終わった後、きっとここは元のルビス様の神殿となるわ…お兄様はその側にいたいと思いますの… きっとお兄様が帰りたい場所は、ムーンブルクではありませんから…きっと、ムーンブルクでは…安らげない…」 「…俺も、そう思う。…さんきゅー、リィン。」 骨に土をかぶせていく。それは、別れの儀式。一人が思いを込めて、フェオを守るように土をかぶせていく。ルビス様の 元で幸せになれますようにと。祈りを込めて。…ただ、それだけを。 埋め終わると、レオンは稲妻の剣を立てて祈った。二人もそれに倣い、雷の杖と、ロトの杖を同じように構えた。 レオンの祝詞を、神に近きこの地で高らかと謳いあげる。 「強き…優しき魂が、ロトの勇者と…共にあるように。アレフ王よ、アレフの子は… ふさわしき戦いを勝ち抜いてきたもの。…眠りし者は勇者の偉業を成し遂げたもの。…勇者として天上にあがれ。…勇者の 加護が全てを包み込まんことを。……そして、…精霊の子として、ルビス神の元で…幸せに…ならんことを…」 …泣くのをこらえるように、途切れ途切れになった祝詞。そして祈り。 目の前の土がこんもりと盛られる。だが、空気を含んだ土はやがて雪に負け、フェオの存在を隠してしまうだろう。 …ルーンは周りを見渡した。…この大地にあるのは、岩と、雪。…その他には何もなかった。 …フェオの存在は、ロト三国にとっては『禁忌』だ。監禁され、国を捨てて逃げ出し…世界の破滅に 結果的に手を貸したと…そう思う人間がいないとも限らない。 …そんなことをフェオ自身が望むとは思えなくて。…だから、国に墓を作ることはきっと許されないのに、この お墓も本当に簡素で、哀しかった。 「…墓標も…立てられねーな…」 寂しそうにレオンが言う。 「…いいえ。これを…」 リィンが荷物から小さな小さな石を取り出した。今は光を失った四角錐のその石には、消え去りそうな 文字で『フェオストラス・ルミナ・ロト・ムーンブルク』と刻まれていた。それがなにかは、良く知っていた。 「…ルーラの基石?…いいの?」 「ええ。小さいけれど…これがお兄様の生きていた証…」 「でも、リィン…?形見も…何もないのに…思い出だって…」 リィンはそっと土の上にルーラの基石を置いて、立ち上がる。それはとてもとても小さなものだったけれど、 確かに個人の名を刻んだ…墓標だった。 「…平気よ…?ルーンがいるもの。…ルーンはお兄様自身の記憶や思い出を…持っているんでしょう?また今度話して欲しいわ。 …それが…お兄様の形見…だから、平気よ?」 「…うん。」 ルーンは小さく微笑んだ。そしてそれを見て、リィンもようやく笑みを浮かべた。 レオンが剣を納める。 「じゃあ、行くぜ、フェオ。…必ず終わらせるから。何があっても。…行こうぜ。」 「ええ。お兄様。…見守っていてくださいませ…」 二人がお墓に背を向ける。その背中をちらりと見ながら、ルーンはフェオに語りかけた。 「…ありがとう。貴方も、とても優しい人です。…でも、僕…」 「ルーン、どうしたんだ?」 レオンの声に顔をあげる。 「ごめんー、すぐ行くよー」 くるりと背を向けて、二人の元へ走っていった。 「こっちだよ、レオン、リィン。」 初めてみたその場所を、ルーンはなじみの場所のように歩いていく。 据えられていた教皇の椅子の裏側を通り、壁に隠された扉をいともたやすく探り当てる。 「バリア床だから気をつけてね。」 呪文をかけながらルーンはそう言う。 「…まぁ、いいんだけどな、楽だし。」 「あははー、物語なら、盛り上がりにかけるよねー。」 「感謝しますわ、ルーン。」 バリア床の廊下を越えると、広い部屋があった。床には白い粉を固めたもので、ルビスの象徴となる十字架が描かれていた。 「…これは…もともとの、神殿の名残…ですの?」 「あれだけルビスを嫌ってたハーゴンが、なんでこれを残してるんだ?」 そっと足を踏み入れようとしたレオンに、ルーンは真実を告げる。 「…人の、骨だよ。」 その言葉にレオンはとっさに足をひいた。 広い部屋の中央に、大きく広がった白い十字架。この白い部分が全て人の骨だと言うのならば、どれだけの 人が殺されたというのだろうか。 「な…んですって…神の、死者に対する…冒涜ですわ…」 「ハーゴンがね、生まれ育った教会の人たちの骨なんだ…。」 「…わかった、できるだけ踏まないようにしようぜ。ルーン、階段はどこだ?」 レオンがきょろきょろと周りを見渡す。その広い部屋に階段は見当たらなかった。 「…階段はないよ。」 「では、どうしてここに?…これを見せたかったんですの?」 リィンのもっともな疑問に、ルーンは哀しそうな顔をして答えた。 「ここから上へは、ハーゴンの魔力で繋がってる。…それを発動させる鍵… 邪神の像をこの十字架の中央で掲げないといけないんだ…」 息が止まった。 「…つまり、ハーゴンの元に行くには…骨を踏み越えて来いってことか?」 「…なんてこと…あんまりですわ…」 ”下に努力している民衆がいることなど見えもせず、その屍を踏み潰すのだな。” そうあざけるハーゴンの言葉が脳裏をよぎる。 「…中央にいないと、上には行けないから…どうしても皆…この十字架に入らないといけないんだよ…ごめんね。」 その言葉に、レオンはルーンの髪を荒々しくかきむしった。 「わー、レオンー、やめてよーーーー」 「お前、自分一人でやろうと思ってただろ?…やめろよな、そういう考えは。あの時俺たちがどんな思いを したと思ってるんだ?殴るぞ?」 「わわわー、ごめんね、レオン?」 じゃれあっている二人の横で、リィンはしゃがみこんでその白い十字架をなでる。 「…そうね、ハーゴン。認めますわ。わたくし達は多くの犠牲の元、ここに立っている…。ここに来るまでに沢山の命を殺めましたわ。 兄の屍を越え…国家の元に犠牲があったことも認めますわ。そしてわたくしが生きているのは、ムーンブルク城 全ての犠牲があってこそ…わたくしはそうやってこれからも屍を踏んでいくのでしょう…」 リィンは立ち上がり、白の空間へと足を進めた。 「…参りましょう、レオン、ルーン。…これが今、わたくし達が行っていること…そして 行わなければならないこと。この先にある未来を信じるのならば…ためらってはいけませんわ。」 「ああ。」 「うん…そうだね。」 神妙な気持ちで、二人も屍の上に足を運ぶ。そしてその中央に立ち、ルーンが邪神の像を掲げ持った。 |
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