精霊のこどもたち
 〜 運命の名の元に 〜




 二人の錯乱を抑えるのに、しばしの時間を要した。あの優しい祠の神父と修道女は、ひたすらルビスへの 慈悲と、三人への許しの言葉を天へと叫び続けたのだ。
「…お許しください…レオンクルス様、ルーンバルト様、リィンディア様…私はルビス様から与えられた物を守る 事が出来ませんでした…」
「…何を?何を盗られたの?」
 リィンの言葉に、修道女が叫んだ。
「試しの泉…旅の扉でございます、リィンディア様!旅の扉が、忽然と消えうせてしまったのです!!」
「なんだって!!なんで…!!」
 その言葉を聞いて、レオンが走った。扉をくぐり、試しの泉と呼ばれた旅の扉のある場所へと。…そして、たしかに 旅の扉があったその場所に、冷たい床が見えるのを確認した。我が目を疑い、床をまさぐり、変わったところを 探す。だがそこにはスイッチも隠し階段も…ほんの少しの傷さえも見えなかった。まるで最初から 何もなかったかのようだった。
 頭を抱え、ふらふらと礼拝堂へと戻る。レオンの気配を感じ、ルーンとリィンがレオンの方を見た。レオンは ただ、無言で首を振った。
「…申し訳在りません…私は…貴方からこれを預かるべきではなかった…」
 神父が、小さな緑の石を取り出す。淡く光るそれは、ルーンのルーラの基石。
「どうして…どうして旅の扉が消えてしまったの…?」
「どうして…?!…では皆様方にも、お聞こえにならなかったのですね…? なぜ…私ごとき矮小の身にだけその声が届いたのか…」
 今だ錯乱する神父に笑顔を向ける。
「落ち着いて。僕たち、何もわかってないから、最初から教えてくれると嬉しいよ。ね?落ち着いて。」
 ルーンの言葉に、ようやく神父が身体を起こした。そうしてゆっくりと事情を説明し始めた。


 焚き火の薪がはぜるのを合図に、神父は口を開く。
「つい、先刻の事です。静かに吹いていた魔の風が、突如として荒れ狂いました。世界が変わり、邪神が 降臨したことを感じ…私たちは絶望に負けぬよう、お三方の勝利をただお祈りしておりました。」
 ようやく錯乱が収まった修道女は、青い顔をしながらぐったりとしている。
「それは無限とも思える時間でありました。ですが、荒れ狂う風と魔の気配が弱まっていくのを感じた時です。 私の頭の中に、邪悪な声が響きました。」
「邪悪な…声?」
 リィンの言葉に、神父が頷く。
「初めて聞く声ですが、私にはなぜか判りました。あれは邪神シドーの声だと。」
 その言葉に、レオンが頷いた。
「確かにあいつは最後、長い間啼いていた。…その声か?」
「ああ、ではやはり、あれは邪神シドーの言葉だったのですね…」
 予想もしなかった神父の言葉に、思わずレオンが聞き返す。
「言葉?」
 たしかシドーは一言なりとて、人の言葉を話さなかったはずなのだ。だが、神父は頷いた。
「ええ…あの禍々しい声は、生涯忘れることはないでしょう…」
「それで、シドーはなんと言いましたの?」
 息を呑む。あの間際、シドーは一体何を言ったのか。
「シドーは言いました。…『闇を愛し、光を拒む我が同胞よ。この世全てを闇と混沌に変えることを 望み、破滅をもたらさんと願う魔界の者よ。我を哀れむ事なかれ。ただ、我が躯を 礎とし、新たなる道を作ろう。この身、この命を代償に、我らの宿敵となる血族と加護を今、この地へと封印する―――――――――』」



 三人が息を飲んだ。ぐったりとした修道女が、か細い声で言葉を紡ぐ。
「私には、その言葉は聞こえませんでした。ただ邪悪めいた声が響き、おびえておりました。すると 神父様が私に『今の声を聞いたか』そう確認されました。なんの事かわからず私が首を振ると、神父様が 先ほどの言葉をおっしゃり…私に試しの泉を確認してくるようにおっしゃられたのです。」
「…まさかと思いました…ですが…やはり…なくなって、いたのですね?」
 神父の言葉に修道女とレオンが頷いた。
「…もし、私がルーラの基石を預かっていなければ…ルーラで御子様方がお帰りになることが可能だったでしょうに… 申し訳ありません…」
「ううん、気にしないで。邪神が僕たちを封印したなら、どうせ弾かれてたよ。それより、これからどうするか 考えなくちゃ。」
 ルーンは神父の背中を叩く。リィンは興奮している修道女を椅子に座らせた。
「洞窟から戻ろうぜ。あれを抜ければ地上に帰れる。」
「…うん、敵はもういない筈だから…」
「ベラヌールにルーラの基石を置いてこちらに戻れば、お二人も地上に戻れますわ。それまでの食料はあります?」
 リィンの言葉に、神父は頷く。
「ええ…一年ほどでしたら保存食ですが…それに寒いですから、物も腐りにくいですしね。心配はいりません。」
「そうか、じゃあ、待っとけ。俺たちを信じろ。必ず帰ってくるからな。」
 レオンの言葉に、神父は頷いた。
「…神よ、伝説の勇者、ロトの子孫たちに祝福を!!」
 神父がそういうと、三人に力が沸いてきた。そして三人は扉を開けて、白い大地へと踏み出した。


 吹雪も収まり、白一色に染められたロンダルキアは、本当に美しかった。やがて日が出れば この雪もきらきらと輝き、やがて雪を溶かし、新たな命を芽生えさせるのだろう。
「…この雪がやまないのも、シドーの仕業なのかしら…?」
「ハーゴンの魔力の一部が残っちゃったのかもしれないね…」
「まぁ、モンスターがいないのが助かるな。さすがに連戦はきついからな。お、見えてきたな。」
 吹雪も障害もない今の状態だと、最初が信じられないほど祠との距離は近かった。
「…なんともないですわね…?」
「うん。」
 洞窟の入り口がぽっかりと開いていた。なんの異常もなく。てっきり結界などで入れなくなっている 様を想像していたのだが。
「…なんだぁ?どういう事なんだ?」
「とりあえず入ろう。中がどうなっているかも判らないんだし…気をつけて。」
 入り口に何の異常もないことを確認して、暗い洞窟に足を入れる。風に冷やされた 洞窟の空気は、外気とは違う冷気で肌に張り付いた。




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