「それで、これからどうするんだ?」
 レオンの言葉に、ルーンは洞窟の出口近くまで歩いて、そこに荷物を置いた。その手前にチョークで一本の 線を引く。
「リィンとレオンはここに立ってて。僕は間近でベキラマを唱えてあの粉に点火する。」
「で、ではわたくしも!!」
「ううん、リィンはここに立ってて。何があっても、絶対にこっちに来ちゃ駄目だよ。」
「でも、お前危ないんじゃねーのか?」
 レオンの言葉に、ルーンはにっこりと笑う。
「危ないから、リィンはここにいないと駄目なんだよ。」
「お前また、自分だけ危険な目に遭おうとしてるのか!!」
 掴みかかろうとしたレオンに、ルーンは必死で首を振る。
「違う、違うよ!!だからね、僕は呪文を唱えたら二人の元に一目散に走るよ。僕がそっちまで行く間に僕の上に 岩とかが降ってきたら、レオン、稲妻の剣で岩を砕いて欲しいんだ。それでリィン、僕がそっちまで走り終えたら、 イオナズンを唱えて、封印を完全に吹き飛ばして欲しい。多分、それで封印が解けるから。」
「…それでも…ルーンは危険なんじゃ、ありませんの?」
「でも、僕の方が足が速いし、あの粉を発動させるのは火の呪文の方がいいし、それなら僕の方が得意だよ?最後 吹き飛ばすのは、リィンの呪文の方が効率がいいしねー。」
 指折り数えてルーンは頷く。
「うん、やっぱりこの方がいいよー。それに、この筒が僕に渡されたのは、僕にやれってことなんじゃないかな? ルビス様がそう望んでいらしたから、僕に渡ってきたんだよ。だからきっとこっちの方がいいと思うよ?」
 ルビスの名前を出されては、リィンも黙らざる得なかった。それでも心配だった。この優しい人が 自らを傷つけようとしているようで。
「…大丈夫ですの?」
 そういうリィンに、ルーンは自分のマントをふわりと肩にかぶせる。
「これも預かってて。走るのに邪魔だから。僕はリィンの元へ走るよ。リィンの元に帰るから。だからリィンは 動いたら駄目だよ?」
「…わたくしの?」
「うん、リィンの所に行くんだよ。」
 にっこりとルーンが笑う。その言葉と顔を見て、リィンは紅潮した顔で頷いた。

「…まぁ、じゃあ、そういうことで。…大丈夫なんだよな?」
 どこか桃色の空気に、居心地が悪そうにレオンが確認する。
「うん、きっと大丈夫だよ。レオンもお願いだよ?僕に間違えて電撃、当てないでね?間違えて切りに来たらだめだよ?」
「わーったわーった。この線より下がってろってことだな?」
「気をつけてくださいね?」
「うん、大丈夫だよ。だって…ルビス様が定めた運命なんだから。」
 ルーンはにっこりと笑って、岩壁に向かった。


(ごめんね。でも、こうなる、定めだったから…)
 そう、これはきっと精霊ルビスが定めた運命なのだと、ルーンは判ってしまった。
”…でも、心配だよ…、ルーン。君はとても、優しい子だから。…運命に逆らってもいいんだ、ルーン。”
 ルビスに一番近いフェオの言葉。これはきっと、そういう意味だったのだ。
 ルビス様に会って、一度邪教に染まった自分が、許された気さえした。…でも違う。自分の中には、確かに闇の 因子があって。ルビス様がそれを地上に出すことを望んでいらっしゃらない…そう感じる。
 だからこそ、自分を閉じ込めた。その邪教の教えを…二人と一緒に。
”命によっての契約は、命によってしか、破却できない”
 ここで、自分とともに閉じ込めるか…それとも…自分の身を犠牲にして二人を助けるか。 ルビス様は自分にそう呼びかけていらっしゃるように感じた。
 どちらかなら、答えなど、決まっていた。自分は確かにルビス様を信仰していて…そして大切な二人を 守りたい。
 ぽた。
(…あれ…?)
 ぽたぽた。
(どうして、僕…泣いてるんだろう…?)
 ルーンの瞳から、涙が零れ落ちて、床にしみを作った。
 哀しくない。死ぬことなんて、ちっとも怖くない。二人が幸せになれるなら、なんのためらいもない。
 ずっと覚悟していた。いつかこんな日が来ると。旅に初めて出たときから…いつか、二人のために 命を散らすのだと。ハーゴンに呪われた時も、恐ろしくなかった。守れたことが、純粋に嬉しかった。 実際シドーとの戦いでは、あんなに自然に、呪文を唱えることが出来たのに。
(…僕、おかしいよ…どうして…?)
 今考えても、死ぬことなんて怖くない、本当にちっとも怖くないのに。…どうして、今更涙が零れるんだろう?
 怖くない。ただ、ひたすら残念で…いとおしくて。 ふと、振り返りたくなった。二人の顔が見たくなった。…そうして、初めて判った。
(…そっか、僕、生きたいんだ。二人の側で。もっともっと、生きたいんだ。)


 世界が平和になって、皆に祝福されて。…少し、欲が出た。レオンに好きだって言って貰えて。…リィンに、大切だって言って もらえて。とてもとても嬉しかったから。自分の気持ちを伝えたくなって。どんどん欲張りになって。
 岩壁の前に付く。そこに手を添える。もう片手にあの汚れた筒を握り締める。その汚れた筒の側面には、 あの魔法陣が掘り込んであった。

 振り返りたかった。最期に、二人の顔を見たかった。 でも…きっと振り返れば、気が緩んで泣いてしまう。だから、振り向かなかった。
(でも、仕方ないよね…僕、欲張りだから。きっとずっと一緒にいたら、二人を不幸にしちゃうかもしれないし)
 いつの頃からか好きになっていた、一人の少女。そして…ずっと側にいて、もっともっと独り占めしたくて。 でもそうしたら、きっともう一人の大好きな人を傷つけてしまうことを知っていて。
(二人が、幸せになってくれたらいい。)
 それが、最期の願い。
 邪教の呪文を舌の乗せながら、ルーンはルビス様に祈った。
(どうかルビス様、貴方の祝福の子、精霊のこども達…僕の大切な二人が幸せになれますように。)


 ルーンがゆっくり歩いていく姿を、二人は後ろから見守っていた。
「…大丈夫なのかしら…なんだか、わたくし…不安だわ…」
「大丈夫だろ。俺たちには、ルビス様の加護が付いてる。…そう信じようぜ。それより集中しろよ。 ルーンの呪文が終わったら、お前もすぐ呪文を使える状態にしとかないとまずいんだろ?」
 そういうレオンは、既に稲妻の剣を抜いている。
「ええ。」
 ルーンが岩壁の前で呪文を唱え始めると同時に、リィンも呪文を唱え始める。レオンの喉が鳴った。
 ルーンの呪文が高らかに洞窟に響く。…その呪文が聞きなれない旋律だと言うことに、リィンが気が付いた。
「…ルーン?」
「どうしたんだ?リィン?」
 呪文の配列を聞く。自分の知らない呪文。だがその呪文の配列は、かつてルーン自身に習った呪文に、良く似ていた。
「ルーン!!」
 そう叫んで駆け出そうとするリィンの腕をレオンは掴み、引き止める。
「どうしたんだ、おい!落ち着け!!この線を出るなって言われてるだろう?」
「離して、レオン!!ルーンが、ルーンが!!!」

 叫び声が、聞こえる。
 ルーンは筒を握り締める。破壊神シドーの封印。…単純に自分の命だけではきっと足りない。けれど、 この筒の魔法陣と対象に描かれた魔法陣で、その威力は何倍にもなるはずだった。そして、その代償も。
 命も、身体も、魂も…全てを捧げる。ルビスの元に向かうことも出来ず、完全に『自分』が消滅する。
(…気づかれちゃった。)
 涙声で叫ぶリィンの声が、本当に愛しかった。
(…振り向いちゃ、駄目かな。…駄目だね…。)
 だって涙はいまだに溢れたまま、止まらない。舌は今にも、呪文を止めてしまいそうだった。顔を見たら、きっと 呪文を止めてしまう。
 目をつぶって、笑顔を思い出す。自分に向けられた、取っておきの笑顔を。


 ―――――――――――”メガンテ”――――――――――


 サマルトリアの王子のメガンテはお約束ですが、お約束の最終決戦で使わさず、 こんなところで使うあたりが、我ながら非常に自分らしいと感じます。
 ここを書くためだけに、ラダトームの図書館の様子を書いたことが昨日のことのように思い出せますね。
 次回、皆さんに伏線の糸をほぐれる様を快感に感じてもらえれば、とても嬉しく思います。


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