リィンは一滴残らず血を集め、そのマントを広間の中央に置いた。
「…頼む、頑張ってくれよ。リィン。」
 歯がゆそうな表情で、レオンが言った。こういうとき、何もできることがないということが、一番辛い。真っ青な 顔をして血を集めていたリィンを、ただ邪魔にならないように見つめることしかできないのだから。
 これほど、何かに真剣に祈ったことはないだろう。この世界全てを作り上げた精霊ルビス。かつて空から来た勇者ロト。 世界を救ったアレフに、ロトの一族を守り続けたローラ。いや、この際ハーゴンだろうが邪神シドーでも誰でも良かった。 助けてくれる『何か』にレオンは祈る。
 目を閉じてリィンが呪文を唱え初める。それは確かに、最後にルーンが唱えた呪文とどこか響きが似ていた。邪教の教えと 言われるゆえだろうか。それとも…命そのものの響きなのかもしれない。

 リィンは思い浮かべる。目を開けたとき、いつものルーンの笑顔がそこにあると。…そう信じないと、もう生きていけない。 ルーンがいないと、生きている理由なんてもうないのだから。

 呪文の最後の一節にさしかかった。そして、それも終わる。
 最後の、とっておきの願いを込めて。
「ザオリク」
 リィンは、最後にそう唱えた。



「…どう、したんだ?リィン?」
 残酷なレオンの声が目を開けずにいたリィンに、呪文は効かなかったと教えてくれた。手ごたえが なかったことを否定したかったリィンに、現実を教えようとしていた。
 …判っていた。
”もちろん、誰でも生き返らせるっていうのは無理なんだ。例えば肉体がもうない人は無理だし、あんまり昔に死んだ人は もう魂がこの世界にないから無理なんだ。それに『生き返ろう』って力がない人も無理なんだよ。”
 ルーンの言葉を、忘れたわけではなかったのだ。ルーンの肉体は、綺麗に消えてしまっている。…ルーンは あの瞬間に、綺麗に消えてしまったのだ。永遠に。
 でも信じたくなかった。認めるわけにはいかなかった。
(嘘よ…嘘ですわ…だってルーンは、約束してくださったもの…わたくしのところに帰ってくるって… どこにも行かないって…必ず、地上に帰るって…約束…した…もの…)
「リィン?失敗したのか?どういうことなんだ?」
 レオンも怖いのだろう。声がどこか震えている。その言葉を、リィンは遠くで聞いていた。

 失敗したなんて、そんなことあるわけない。失敗したなら、ルーンは生き返らない。二度と会えない。 そんなこと、あるわけないのだから。だって約束したのだから。ルーンが自分との約束を破るわけがない。
 …でも、判る。目を開けなくても。呪文がまともに効いていないことはわかってしまった。…これは、 矛盾しているとリィンは思う。
 呪文は確かに失敗した。けど、ルーンは約束を破るわけがないのだ。あれほど硬く、約束したのだから。 もういなくならないと。ちゃんと約束したのだから。
(ああ…そうですわ…わかりましたわ…)
 最初から、ルーンは死んでなどいなかった。生きていた。だから呪文は失敗した。当然だ。生きている人間に、蘇りの呪文など 効くわけがない。
 ようやく答えが見つかり、リィンは目を開ける。
 目の前には、笑うルーンがいた。
(ほらやっぱり。)
 リィンは立ち上がって駆け出し、そっとルーンを抱きしめた。
「ルーン…」


 ずっと目をつぶって反応しなかったリィンが突然立ち上がり、血に染まったルーンのマントを嬉しそうに抱きしめた。
「ルーン…」
「リィン?」
 本当に嬉しそうに、マントにほお擦りをして。リィンの白い肌に真っ赤な血がべっとりと付く。
「ルーン…心配しましたのよ?…うふふ、いいのですわ。ルーンの事はわたくし、よくわかっておりましてよ? …ルーン…わたくし、こうしてずっと、ルーンを抱きしめたかったんですの。…ルーン…」
「リィン、お前、どうしたんだよ?リィン!!」
 レオンは怒鳴った。だが、その声を無視して、リィンはぶつぶつとつぶやく。
「ええ、わたくしもルーンがいてくれれば他には何もいりませんわ。ずっとずっと二人で、二人だけで… こうしていられたら…わたくし、何よりも幸せですのよ。」
「リィン!!」
 レオンはリィンの肩を、強引に掴む。ようやくリィンはマントから目線を外し、こちらを見た。曇りガラスのような目。 張り付いたような笑顔。
 …血まみれだった部屋。小さな布を出している女。
 その姿はまるで、かつて母が語った兄の母親を思い起こさせる。
「ど、う、したんだよ…お前…」
「どうしたって…レオン、薄情ですわね?わたくしの気持ち、レオンはご存知だったでしょう?」
「いや、そうじゃなくて…」
 言葉を濁すレオンに、リィンは満面の笑みで言う。
「レオンには帰るところがおありでしょう?地上にお帰りになって。わたくしはここでルーンの二人で暮らしますわ。ね? ルーン?」
 そして、その笑みはかつて兄が死んだ有様を説明した、自分の母のようだった。
 笑っているようで、笑ってない。曇っているようで本当に嬉しそうで。そう『生きていない』顔。
 レオンの身体が固まった。リィンはもはや自分に関心がないらしく、『ルーン』と楽しそうに会話を始めた。


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