「嫌だ。」
 レオンの答えは、結局単純明快だった。
「嫌だ。強いとか弱いとかじゃない。俺が嫌なんだ!」
 レオンは叫んだ。
「…たしかに俺は、わからねーよ。リィンの気持ちなんか!!だから、誰かの弱さを認められないのかもしれない!! リィンに強くあってほしいって押し付けてるのと同じかもしれねえ!! でもこれだって、なんとかしようって思ってる事だって、俺の逃げ場だ!!だから俺の逃げ場をリィンに押し付けようと してる俺は…結局リィンと一緒だ!!方向がちょっと違っただけだ!!」
 叫んだ。相手が自分の初恋の人だろうと、100年前の伝説の人間だろうと。今のレオンには関係ないから。
「俺だって、リィンだって、ルーンだって弱いよ!!…だから、だから三人でいるんだろう?旅をしてきたんだろう? …三人で、最善の選択肢を選んで…進むために俺たちは三人でいたんだろう?俺は、今の状態が最善だと思わない。」
「…ですが、最善というのは、人によって違うものですよ?レオン?リィンにとっての最善は…そしてルーンに とっての最善は…この形だったと、思いませんか?」
 ローラの言葉にレオンがにやりと笑う。
「ルーンは俺が…俺が、好きだって言ってくれてた。ルーンはリィンの事も…好きだった。ルーンの好きな 俺は、リィンを見捨てて帰るような男じゃない。ルーンの守りたかったリィンは、血まみれのマントを握り締めて ぶつぶつ言ってるやつじゃねえよ。だったら、これはルーンの希望じゃない。…リィンだって、 ルーンの望みを叶えたいと思うはずだろ?」
 その言葉に、ローラは花のような笑顔で、先ほどと同じような言葉を言った。
「…貴方ならそう言ってくれると思っていました、レオン。」
 そういうと、ふわりとローラの身体が浮き上がり、リィンの側へと寄った。

「リィン…リィン…聞こえていますか?」
 リィンは嬉しそうに『ルーン』を抱きしめている。
「…リィン、そのルーンは、温かいですか?」
 ローラの言葉に、リィンの身体が凍った。
「…貴方のルーンは温かかったはずです。笑顔も、身体も…温かかったはずです。…貴方が今抱きしめているルーンは …温かいですか?」
 リィンは何も言わない。ただ、笑みが消えたまま、虚空を見ている。
「…ローラがアレフを失った時…私は、その遺体から離れることができなかった…ですからリィン、貴方の気持ちは良くわかります。 ですが…あなたの愛する人は、そんなもので代用の効くものなのですか?…温かい血潮と笑顔がなければ… それは、貴方の好きなルーンではありません。」
「いやぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」
 リィンは叫んだ。洞窟中に響き、そのまま封じ込められてしまいそうな、怨念が篭った声。
「やめて、やめてやめて!!!いやああああああああ!!ルーンはいるの、ここにいるの!!言わないで、言わないで!!!!!」
「…貴方の望みは、なんですか?ルーンの冷たい血にまみれたマントを、抱きしめることですか?」
「いや…いや!いや!!やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてヤメテヤメテヤメテ ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ」
「ローラ姫!!これじゃリィンが、リィンが本気で壊れちまう!!」
 壊れた自鳴琴のように、ひたすら一つの言葉を繰り返すリィンに、レオンは声をあげる。だが、ローラの 厳格だった声が、優しい調べに変わる。
「…リィン、感じませんか?ルーンの気配が。」
「…え?」
 答えたのはレオンだった。だが、その言葉に、リィンの声も止まる。
「…貴方達は、ムーンブルクを見たはずです。ルーンは悔恨などなかった。だから火の玉になって現世に現れることは ないでしょうが…そんなリィンを見て天の国に向かうことなど、出来うるはずがありません。きっと、ここにいるはずです。」
「……………………………………………………………………………………ルーン…?」
 永い沈黙のあと、リィンが一言そうつぶやく。
 ふわりと、空気が動いた気がした。冷え切った洞窟の中で、ルーンの暖かな空気が動いた気がした。
 それは気のせいだったかもしれない。だが、ぽたりと涙の雫が床に落ちる。
 知らずこぼれたリィンの一筋の涙だった。


 レオンは、顔をあげてただひたすら涙をこぼし続けるリィンの正面に回り、肩をつかんだ。
「…リィン、もう一回だ。もう一回やろうぜ。辛いかもしれない。…お前の心ごと、今度こそ殺しちまうかもしれない。 でも、頼む、付き合ってくれ。俺も、なんでもするから…頼む。」
 リィンは頷かなかった。だが、ようやくリィンの瞳に、レオンが映った。
「…取り戻そうぜ。俺たちのルーンを。ルーンだって…きっと死にたくなかった。俺はそう信じてる。な?」
「…頬が、痛いですわ。レオン。」
 ぎこちなく、リィンはそう言った。レオンは破顔した。
「悪かったな!!」
「いいえ。わたくしの方こそ。」
 髪を掻き揚げ、リィンは本来の笑みを浮かべた。



「…なるほど、道理で禁呪などというものが、ラダトームに残されていたわけですわね。」
 ローラの説明を聞いて、復活したリィンがこくこくと頷いた。顔は未だに少し青かったが。
「…ええ。ですが、100年後に残っていたのは…むしろ奇跡に違いかもしれませんわ。」
「ルビス様の恵みってやつかもな。」
 レオンそう茶化すように言った。
「…それで、その伝説と同じようにする、ということですの?」
「ええ、魔法陣の中央にマントを置き、蘇生の呪文を唱える…さきほどルーンがしたこととそれほど 変わりあるわけではありませんわ。先ほどのには、なにやら道具の補助があったようですけれど…それは私とレオンの 魔力で補いましょう。」
「俺の魔力?!」
「レオンの魔力!?」
 同時に言った言葉に、ローラは笑う。
「…私のこの身体は、かつて幼き日のレオンが分け与えてくださった、レオンの魔力で出来ております。後で半分お返ししますわ。 …二人で支えるより、三人で支えた方が成功率は上がりますから。それでも…リィン、もしかすると 貴方の魔力を全て使い果たしてしまう結果になりかねませんわ…そうならないように、努力いたしますけれど…」
「いいえ、ローラ様。それくらいですむのなら、わたくし喜んで全てを差し出しますわ。それより…ローラ様。 ありがとうございました。」
 リィンの言葉に、ローラが首を振る。
「いいえ、リィン、貴方にもレオンにも…わたくしは厳しい言葉をぶつけました。…それは必要な 言葉だったと思っておりますけれど… それでも…貴方の心を傷つけてしまったこと、申し訳在りませんわ。」
 その言葉に、声を高くして、リィンが言う。
「いいえ!!いいえ!!…あれは、ローラ様自身の胸もえぐる お言葉だったでしょう?アレフ様が亡くなった時のことを…それなのに……不出来な子孫で…申し訳在りません。」
 あの言葉は、かつてアレフを失った時のことを思い返しての言葉に違いなかった。きっとローラは同じように嘆き悲しみ… そしておそらくは独りで立ち上がったのだ。
「…お気になさることではありませんわ。それに私はすでにローラではありませんもの。…最初にそう申しましたでしょう? 私は、ローラが復活の玉に込めた魔力と、娘…子孫への愛と…そしてレオンの魔力がローラを形作っているもの …ローラはすでにこのような姿ではありませんし、なによりローラ自身はもう100年も前に、 愛するアレフ様の元へと旅立っているのですから…」
 その言葉は、一部分を除けば確かに塔で聞いた聞いた言葉だった。
「…ですが…ローラ様。わたくしはローラ様に精霊の儀式をしていただいたこと、忘れませんわ。…さっきまで、 その誇りすら捨てておりましたけれど…今でも、恐ろしいですけれど…それでも、二度もローラ様に誇りを与えてくださったこと、 本当に感謝しておりますのよ。」
 リィンは笑ってそう言うと、チョークを取り出して、床に大きな三角を描き始めた。


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