ローラは立ち上がり、歌うように三人に語りかける。
「レオン、ルーン、リィン、三人とも本当に良く頑張りましたね。あなた方の事は世界を救った英雄として、 アレフ様と同じように後の世に語り継がれていくことでしょう。」
「…ローラ様?」
 リィンの声に、ローラは応えず話を続ける。
「ローレシア、サマルトリア、ムーンブルク。どの国にも私と愛しき人の思い出が込められています。 これからも三人仲良く、アレフが残した民たちを見守っていってくれますね?」
 それが、別れの言葉だとわかった。別れは避けられない。ローラをこの世に残すことは できない。
「はい、ローラ姫様…僕たちは、今までと同じように、ずっとずっと一緒に仲良く…」
 ルーンは、泣き笑いの表情で、それだけを言った。
「ありがとう。私と愛しき人の子孫たち。…さぁ、行きなさい。皆があなた方の帰りを待っていることでしょう。」
 それは、復活の玉を、…ローラをこの場に捨てていけと…そんな意味だった。


「…ローラ姫…どうしても、どうしても、ダメなんですか?…俺は、自分の身を犠牲にする気はあったけど… 姫を犠牲にする気なんて…なかったんだ…」
 レオンが搾り出すように言った。この言葉が半分嘘だと自分でも知っていた。自分に魔力が注がれた時、 ローラが消えかけた。…だから、予感がしていた。…それでも目の前にこの人が消えてしまうのを見過ごしたくは なかった。
「…レオン。ありがとう。貴方のおかげです。この無為に生きていた私が…ムーンブルクに厄災をもたらした 私が…ルーンを助けることができた。それだけで、私は満足しています。」
「…ローラ姫…嫌だ、俺は、フェオと約束したんだ!!もう誰も殺さないって…」
「レオン。貴方はそれを立派に果たしました。私は人ではありません。 レオンの魔力で出来ていたけれど、私は貴方でもない…そして私はローラ自身でもない、過去の幻影です。 」
 にっこりと笑うその目には、強さが宿っていた。
 『自分』を貫き通す、生きた目。
 かつては、優しく笑いながら生きることを諦めなかった目。
 そして今は。
「…でも貴女は、生きてます。ローラ姫。…生きているから…この世を去ろうと、するの、ですね…」
 ただ生きることにすがりつく亡霊ではなく、やるべきことを果たすために生まれてきた人間だから。だれかを 愛し、敬う人間だから。だからこそやるべきことを成したあと、天寿に逆らったりしないのだと。
「ありがとうございます、レオン。災いを撒き、ムーンブルクを滅ぼした亡霊の私にはもったいない言葉です。」
 リィンが立ち上がって叫んだ。
「…違います!!ローラ様!!わたくしは、…わたくしは、貴方に救われました。ロトの名を与えていただき、 そしてさきほどもも…。ですから…ローラ様!!ムーンブルク最後の王族として言いますわ。ローラ様は 確かにムーンブルクの国の守り神でしたわ。」
「リィン…ありがとうございます。ローラが作り出した道具の私に、そんな風に言ってくださるなんて… この上ない名誉です。それでもローラと呼んでくださるなら、私をアレフ様の元へと誘ってください。」
 ローラの言葉には、深い悔恨があるように思えた。罪は自分にあるものとして。そして賛美は空にいる、 本物のローラ姫へのものとして受け取っているのが哀しかった。
 そしてそれは、何よりも目の前にいる『ローラ』が道具ではなく、生きている証だった。…自らの 自我を持った一人の人間としてここにいるという証明だった。


「…貴女は道具なんかじゃない。ローラ姫。…確かに貴女は『ローラ王妃』が作り出した…魔力のしろもの なのかもしれない。そう考えたら貴女は本物じゃなくて…偽者かもしれない。でも…」
 レオンが口を開く。ローラにそっと手を伸ばした。
「俺の初恋の人は、貴女です。あの薄暗い宝物庫の中でもうすこし生きたいと願った…生きた目をしていた、貴女です。 初めて逢ったときから、ずっと貴女が好きでした。それは本物のローラ姫じゃない、『貴女』が好きでした。」
「…レオン…」
「だから言います。貴女は生きてました。俺の中では、確実に生きている、貴女でした。逢えて本当に良かった。 こうやって話すことができて…本当に嬉しかった。ありがとう。」
 ローラはそっと、レオンの伸ばした手に、頬を合わせる。レオンは何も感じない手のひらに、ローラへの 愛を込める。
「…ありがとう…レオン…」
 ローラの目から、そっと一筋の涙が落ちた。その雫はレオンの手に触れることなく、空に消える。
「私は、いつも貴方に救われてきました。私を助けてくれたことだけではありません。魔力がない体で… 前向きに生きる心は、地下で眠る私の心をいつでも助けてくれました。」
「ローラ姫…?」
「…もしあの日、あそこに来たのがレオンでなければ…私は、もしかしたらあのまま消滅することを 望んでいたかもしれません。」
 抱きしめることはできなかった。その唇に唇を寄せることも。レオンの想いは…そんなものではなかったから。
「…私は『ローラ』ですから…貴方をアレフ様のように想う事はできません。ですが…それとは 別な想いで…貴方を想っておりました、レオン。」
 ローラはそっとレオンの手から頬を離した。レオンはその手をにぎりしめる。伝わらない体温の変わりに、想いが暖かく胸に灯た。

 ローラの姿は、すでに目を凝らしても消えてしまいそうなほどに、薄かった。
「ありがとうございます、ローラ姫。どうか、どうか、天上で幸せになってください。」
 ルーンは泣かずに、笑って見せた。…それが、ローラの存在と引き換えに此処に立っている意味だと思えた。
 ローラは笑った。それはまるで、澄みとおる青空のような本当美しい微笑み。
「さようなら、愛するアレフの子孫たちよ。貴方たちが守り通した陽の大地で、どうか幸せな時を…」
 薄れていくローラを、三人はただ見守った。…そして、ひときわ透き通った音を立てて、復活の玉は二つに割れた。



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