精霊のこどもたち
 〜 手と手 〜




 船がゆっくりと、ムーンブルクの大陸に横付けされる。
「…二人はここで待っていて。」
 降りようとするリィンが、振り向いて笑った。ルーンは心配げに声をかける。
「大丈夫?」
「死体しかない城に来ても、退屈ですわよ?すぐに戻りますわ。心配なさらないで、街に行く気は ありませんから。」
「おお、判った。あんまり長居するなよ。」
 レオンの言葉にリィンは大きく手を振ってから、城へと走った。
「リィン、大丈夫かなぁ?」
「何がだ?モンスターも消えちまったみたいだぜ?なんか問題あるか?」
 レオンは欠伸をして、暖かなデッキに横になる。ルーンは城の方向をじっと見つめていた。
「独りきりで王様に逢いたいんだと思うんだけど…でも、王様はリィンのこと…わからなかったんだよね…それだけが心配だよー。」
 レオンは少しだけ考えて言った。レオンの脳裏に浮かんだのは、ルーンが死んだ時のあのリィンだった。
「…なら、お前見てくればいいんじゃねーの?」
「…でも、邪魔になるかな。僕。」
「ここで大丈夫かって言い続けられたら俺がうっとうしいぜ。」
「…それに、僕よりもレオンの方がいいと思うよ、僕ー。」
 レオンは起き上がって殴ろうかと少し考えるが、結局ため息をついただけに留まった。
「…おまえさ、死んだ後、生き返るまでの間の事覚えてるか?」

 レオンの唐突な質問に、ルーンは一瞬戸惑った。
「え…?ううん。なんだか冷たいようなあったかいような、不思議な感触だけは覚えてる。 あとは…呼んでるような声がして、ルビス様の声が聞こえて…」
 ルーンの言葉を聞いて、レオンは頭をかきむしった。これではあまりにもリィンが報われない。
「お前が死んだ時、一番悲しんだのがリィンなんだよ。…生き返ったとき、あんだけ泣いてただろ?」
「うん。でもレオンだったら…リィン、もっと悲しんでたと思うよ。リィン、レオンのこと…大好きなんだよ?」
(あー…)
 レオンは面倒くささに心の奥でうなる。
 ルーンは柔らかな中にも頑固なものがあるのは知っていた。ルーンの中には確固たる事実があるのだろう。 レオンとリィンは婚約者であり、二人は両想いである、と。
 ルーン自身もリィンのことを思っているはずなのに、よくぞここまで頑固に思い込めるものだと、レオンは 白旗をあげる。
(…だいたい恋のキューピッドなんて、俺の柄でも役割でもねえし)
「俺、リィンにとっくの昔にふられてるぜ?」
「えぇ?どうして?」
 声こそ普通だったが、ルーンの目が丸くなったのを見た。
「お前なぁ、ふられた本人にそれを聞くか?」
 心底驚いている様子のルーンに、レオンは茶化すように言う。
「あ、ご、ごめんね。きっと何かの間違いだよ。」
「間違いでふるような女かよ、あれが。詳しい話、聞いてこればいいんじゃねーの。俺は ここで待ってるからさ。」
 ルーンはしばらく考えた後、頷いた。
「うん…行ってくる、僕。ここで待っててね。」
「ああ、俺は寝てるぜ。さすがに疲れたしな。」
 レオンは欠伸をして、目を閉じる。
 ずっと忘れていた暖かでまっすぐな力強い陽の光。
 それは大切だった初恋の人と、同じ強い目を持った彼の人を思わせた。


 城は相変わらず沼地に覆われ、崩れた尖塔が寂しげに地に落ちていた。
(…たとえ、ハーゴンを討っても…ここではなんの意味もない…)
 此処は止まってしまった場所。動くことのない、死の深海の中。まるでアンコウのように、リィンは静かに もぐりこんだ。
 向かう場所は玉座。そこには確かに、かつて父がいたからだった。
 かつては何十人の兵士の中央に父が座り、威厳たっぷりに命を下していた、王宮の中心。そこに 居たのは一つの炎…王の魂がゆらゆらと座っていた。
「…お父様…」
 父がまだここにいることは、期待してはいなかった。理性のなくなった父に会うことは嬉しくもあり、絶望を 味わうのが怖くもあった。
 それでも、何があっても強くあろうと決めていた。父に安心してもらうために。だからこそ、こうして独りで やってきたのだ。誰かに支えてもらわなくてもいいように。
「わしは…ムーンブルク王の魂じゃ…わしに話しかけるのは、誰じゃ?」
「お父様。わたくしですわ。リィンディア・ルミナ・ロト・ムーンブルク…貴方の娘ですわ。」
 答えは、期待してはいなかった。だが答えが返った。
「気のせいか…懐かしい声が聞こえるような……。しかしそんなはずは…ない…リィンは…もはやわしの事など…」
「いいえ、お父様!わたくしです。」
 祈るように、魂に呼びかける。魂はゆっくりと形を変えた。


「…ま、まさか!見える、見えるぞ!!お前は、リィン!!」
「お、おとう、様…」
 震える声でそう呼ぶと、そっと手を差し伸べる。
 もう二度と、見ることができないと思っていた姿。もう、二度と聞くことのできないと思っていた声。
「…立派な姿だな…城の中で閉じこもっていたお前の姿が嘘のように…威厳のある、姿だ…」
「お父様…。この城を滅ぼし、世界を闇に覆おうとしていた、邪神官ハーゴンは、レオンとルーンと共に、このリィンが 討ち取りました…」
 出そうになる涙を抑え、威厳を持ってそう言った。娘の最後の姿が、誇れるような立派な姿であるように願って。
「…そして、お父様。わたくしはハーゴンの居城で、兄…フェオに会いました。ハーゴンに体をとられていた兄は…無事に ルビス様の加護の元、天上に上がることができましたわ。」
「そなたたちの活躍は…魂となったこのわしにも、感じるとることができる。本当に良くやったな。」
 その声は、とても優しかった。生きているうちは聞けなかった…いいや、厳しい言葉の裏側で、確かに感じていた 優しい声。
「お、とう…様…」
「これで、何も思い残すことなくこの世を去れるわい。」
「お父様!!わたくし、わたくし…」
 涙をこらえて、目を閉じる。泣くことは出来なかった。それだけはしたくなかった。もう、最後だと 判っていたから。
「わたくし…ずっとお父様も、お母様も、お兄様も…ずっとずっと本当の意味で、愛することができなかった… ずっと疑って、苦しんで…大好きだったのに…愛し合うことが、出来ませんでしたわ…どうして、もっと早く こうして、ぶつかっていれば…もっと有意義な時を、過ごすことができた、のに…」
「悲しむでない…リィンよ。そうさせていたのは、我々だ。不思議だな。死んで始めて、全てがわかった。 …それに血が繋がってなくとも、リィンは確かに我らの可愛い娘だったのにな。だが、リィン。お前は そんな不出来な我々を確かに愛し…そして我々の誇りを持って、立派なことを成し遂げてくれた。もう、 何も心配することはない。ありがとう。」
「いいえ…お父様たちが、立派だったからですわ。わたくしも、お父様の娘であったことを誇りに思いますわ。」
 リィンは涙を拭いて笑う。父と相対したただの娘として。それは初めての経験だった。
「この国のことは、お前に任せる。また再興するもよい。どこかの国にゆだねるのも良い。…お前には 力強い仲間が居る。三人で協力してお前が一番幸せになれるように…な。」
「お兄様も、同じようなことをおっしゃっておられましたわ。」
 リィンの表情は泣き笑いだった。そんなリィンを見て、王も笑った。

「さぁ、わしは行かなくては…。せっかく見えた天国への扉が閉じてしまうわい。」
「お元気で。お父様。…わたくし、決めてましたから。この国と城を、いつの日かきっと建て直してみせますわ。」
「お前は、わしの娘じゃ。頑張るのじゃよ。いつだって、わしは天国から見守っておるからな。…では、お別れじゃ。 ありがとう…どうか、元気でな。」
「…はい。お父様…いってらっしゃいまし。」
 城が真っ白な光で包まれる。光っているのは父。そして周りに漂っていた魂たち。
「光が見える…あれは、天国への扉…」
「ありがとう…ありがとう…」
 幸せそうな声をあげてながら、その魂は星のように光っている。それはとてもとても幻想的な光景だった。
 そして、いくつもの光が、ゆっくりと空へとあがり…そして、消えていった。



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