ため息一つ。リィンはゆっくり城から出た。かつて毒の沼地だった沼からは、すっかり毒が 消えているようで、リィンは少しだけホッとした。
「…お疲れ様、リィン。」
 リィンは顔を上げる。そこにはいつものように微笑んでいるルーンがいた。
「…いやだ…ルーン…いらし…た…」
 ぽろぽろと零れ落ちる涙。ルーンの顔を見て、こらえていたものがあふれ出す。ルーンの胸に頭を預けて、 しばらく涙が流れるままに任せた。

「落ち着いた?えらかったね、リィン。」
 それはそう、長くない時間。ゆっくり髪をなでながら、ルーンはリィンに優しくそう尋ねた。
「ごめんなさい。なんだか気が緩んでしまって。ありがとう。」
「ううん、ごめんね。独りで行くって言ってたのに。」
「いいえ。ありがとうございます。…お独りですの?」
 きょろきょろと周りを見回すリィン。ルーンは少し申し訳なさそうに言った。
「うん、レオンは寝てるって。ごめんね?」
「どうして謝りますの?…来てくださって、ホッとしておりますわ。ねえ、ルーン、聞いてくださる?」
 リィンがすっきりした表情で言う。
「なぁに?」
「わたくし、決めましたの。必ずこの国を、元通りに…いいえ、今まで以上に素晴らしい国に戻してみせるって。 それがわたくしの代で実行できなくても、その素地を必ず作って見せますわ。」
「うん、リィンなら、きっときっと素敵な国が作れるよ。」
「ルーンも協力してくださる?」
「うん、僕も、レオンも絶対協力するよ。…リィンはこれから、どこに行くの?」
 ルーンの言葉に、ひどく複雑なものを感じたが、とりあえず答えた。
「そうね。そのうち街にも顔を出して、民を安心させたいけれど…今のままでは本物だという証明もありませんし… ロト三国で話し合う機会も増えるでしょうから、ローレシアに一度挨拶して、しばらく留まるのが平和かもしれませんわね。 ルーンも逢いに来てくださるでしょう?」
 リィンの言葉に、ルーンはすぐには頷かなかった。どう言おうか少しまごついているようにも見えて、 リィンは首をかしげた。
「どうしましたの?」
「レオンを、振ったって…ホント?」


 風が流れて、リィンの髪がたなびく。
「…レオンから、聞きましたの?」
「うん、とっくの昔に振られてるって。」
 かつて緑の丘でのレオンとの会話を思い出す。
「…まぁ、振ったと言えば…そうなのかもしれませんけれど…」
「どうして?リィン、レオンのこと…大好きでしょう?僕、知ってるよ?」
 リィンは少し悩んで、笑った。
「ルーン、わたくしは今、何も持っていませんわ。両親も国もない…寄る辺のない人間。家と家族を持っている ただの民衆以下の人間ですわ。」
「リィン…」
 少し哀しそうな顔をしたルーンに、リィンは輝くばかりの世界を見せる。
「悲観してはおりませんの。最初はわたくしは何のために生きていけば良いのかずっと考えておりましたけれど… わたくしは、わたくしの世界のために、生きることにしますの。」
「リィンの世界?」
「そう、わたくしが見る、全ての世界。わたくしが、愛する世界。愛されるために生きるのではなく、愛するために 生きるの。国と民と、ルビス様が守るこの世界全てと」
「うん、それは、とってもいいね。」
「そしてなにより。ルーン、貴方を。」

「リィン?」
 唐突なリィンの言葉を信じることが出来ず、ルーンの顔が固まった。
「一番愛しているのは、貴方よ、ルーン。だから、貴方がいなくなれば、世界は消えるわ。誰も見えなくなるの。 だから、ルーン、貴方は生きていて。せめて、アレフ様のように、寿命が来るその日までこの世界に生きていて。」
 不安だった。もうしないと言っていても、自分とレオンの…大事な人のためなら、命を ためらわず投げ出せる人。それは、優しくて、残酷で。リィンは、そんな命綱になりたかった。
 一瞬固まったルーンの顔が、真っ赤に染まる。
「え…あの、え…」
「…覚えていて、ルーン。貴方はわたくしの世界の全て。貴方が居て、初めてわたくしは世界を見ることができるの。 貴方が死ねば、わたくしの世界も消えるわ。」
「ちょ、ちょっとまって、リィンはずっとレオンが好きだったでしょう?僕、僕知ってるんだよ?」
 ルーンの顔は相変わらず赤くて…リィンはその表情を可愛いと思った。
「ルーンはどうして、わたくしがレオンのことを好きだって思われますの?」
 リィンの言葉に、ルーンの顔がますます赤くなる。地肌が白いルーンの顔が、トマトのように真っ赤だった。 口を手で押さえて、ぼそぼそとつぶやく。
「…リィンは、いつもレオンのこと、見てたから…レオンと離れてても目はリィンのこと、いつも 追ってたから…リィンはレオンのこと、大好きなんだなって思ってたよ。」
「ええ、好きでしたわ。わたくしは、レオンが好きで、憧れて…共に並び立つことも望んでいました。今だって、好きですわ。」
「だったら…どうして?」
「…だって、きっと今のわたくしの気持ちは、ルーンがレオンを思うのと同じ気持ちですから。」


「…僕と、同じ?」
 首をかしげたルーンの顔はまだ赤くて、リィンはおかしくて微笑んだ。
「ええ。…憧れて、こんな風になりたいなって…そんな希望。自分には絶対になれないから。…ルーンもそうでしょう?」
「うん、僕レオン大好き。だから…リィンとレオンが一緒にいてくれたらきっと幸せになれるって…ずっと 思ってたんだ。」
 ルーンのその言葉に、さすがにリィンは気分を少し損ねる。
「っもう!!わたくしは、今、ルーンが好きなんですのよ!どうしてそんなことおっしゃるの?わたくしのこと、 信じてくださいませんの?」
「…ずっと、見てたよ。リィンの事。いつからだったか覚えてないけど、僕ずっとリィンの事、見てた。リィンはとっても 頑張りやさんで…とっても弱いって知ってたから。守ってあげたいって思ってたから。…だから、リィンが レオンの事どんな目で見てたかも、知ってるから…」
 切ないほどの目で、リィンはレオンを見ていた。ずっとずっと、いつでも見ていた。
 それはとても寂しかったけれど…それでも二人が幸せになるなら、良いと思っていた。
「レオンも、リィンと話すときはいつも楽しそうで。女の子苦手だって言ってるのに、リィンだけは特別で。… 二人が大切だから…僕、寂しいけど、悲しいけど、それでいいやってずっと思ってたから…」
「では、ルーンは?レオンのこととか関係なく…ルーンはわたくしの事…どう思ってくださってますの? レオンと同じですの?」
 一気に迫ったリィンだったが、ふと顔を緩めた。少しうつむいてつぶやく。
「…本当は、今はどちらでもいいの。…ルーンはレオンの方が好きだって知ってますもの。わたくしのことなんかより、 ずっと。だから…覚えていて欲しいんですわ。わたくしが、誰よりもルーンが好きで…ルーンが死んだらとても、とても 悲しんで…世界の全てさえ無意味になってしまうと。」
「…そんなこと、ないよ。」
 リィンは顔をあげる。そこには耳まで真っ赤になって…それでもまっすぐこっちを見据えたルーンがいた。
「えっとね、…レオンとは、違うよ。えっとね。ずっと守りたいって思ってた。リィンの事、見てたから。ずっとずっと…」
 何度も言ってきた言葉。
 そし、決して言ってはいけない言葉だった。この想いを込めては。
「好きだったんだよ、リィン。」


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