特別な女の子だった。幸せになって欲しいと、誰よりも思っていた女の子だった。
 守りたいと思った。独り占めしたいと思ったときもあった。
 それでも、思ってはいけないことだった。
 大好きなレオンの婚約者なのだから。二人は想いあっているのだから。この想いに気づかれれば、側に すらいられなくなると、わかっていたから。
 側にいたかった。幸せになった二人の側で、いつまでも笑っていたかった。それが、幼い頃からの… リィンが好きだと気がついたときからのルーンの夢だった。
 それは矛盾した夢。だが、想いは一つ。側にいたいと。望みは本当にそれだけで。他は全て叶わないと 判っていたから。最初から望もうとも想わなかった。

 封じられていた言葉が、空気を揺らした。
 心臓が故障したように激しく動き、顔へと血を送る。
 ルーンの口が、一瞬開かれ、そして閉じる。…何を言って良いか判らなかった。
 長い沈黙。何も言ってくれないリィンにルーンの心に不安が寄る。
(怒っちゃった…の、かな…)
 見上げると、そこには鏡に映したように真っ赤な顔をしたリィンがいた。
 なんとなくそれが嬉しくて。リィンがとても小さく見えて。ルーンはゆっくりリィンの側に寄って、 そっとリィンを包み込んだ。
「ありがとう、リィン。」
 何に対する礼なのか、ルーン自身もわかっていなかった。ただ、嬉しくて。とても嬉しくて。
「ありがとう。」
 もう一度、繰り返した。

 何度も聞いた言葉が、これほど嬉しいとは思わなくて。
 その言葉が頭の中に反響して、他に何も考えられなくなっていた。
 そんなリィンの周りがふわりと暖かくなって、リィンはふっと力を抜いた。
 心臓は今もなお、激しく動いているけれど。それでもこの耳にルーンの激しい鼓動が聞こえて、 なんとなく落ち着いてしまったのだ。
「…なんのお礼ですの?」
「僕にもわからないんだー。でも、嬉しかったから。あ、こうかな。僕のこと、好きでいてくれてありがとうって。」
 ルーンの言葉に、リィンがくすくすと笑う。
「それ、なんだかおかしいですわ。」
「僕もそう思うよー。でも、なんだかさっき、リィンの顔が真っ赤で、リィンが本当に僕のこと好きでいてくれるのかなって 思ったら、嬉しくなったんだ。」
「なんですの、信じてくれてませんでしたの?」
「今だって信じられないよ。ふわふわして、夢みたいで。」
 ルーンはそういうと、今度は強くリィンを抱きしめる。

「僕は…レオンみたいには強くないんだ。」
「ええ、知っているわ、ルーン。ルーンはいつも、今ある一番良い選択肢を、迷わず選ぶことが出来る強い方。… そして目の前にない選択肢を見つけられない、弱い方だわ。でも、わたくしも弱いの。 だから二人で一緒にいれば、支えあっていくことが出来るわ。わたくしは、そうなりたいの。」
 リィンの言葉に、ルーンは微笑む。
「うん。でも僕、リィンと居れば、存在しない選択肢を作り出せるよ。きっと。」
 抱き合ったまま、二人は笑い合った。幸福な体温を、感じあいながら。


 惜しむように、ルーンは体を離した。
「…帰らないとね。レオンが待ってる。」
「そうね。とりあえず、ローレシアに帰って…婚約を正式に断ることにするわ。」
 リィンの言葉に、まるでしかられた犬のようにルーンはしおれた。
「…でも僕、なんて言ったらいいのかな。…レオンは怒ってるのかな。 …もう、リィンを手放したりできないけど…でもレオンに嫌われるのは、僕悲しいよ。」
「心配いりませんわよ、ルーン。」
 ため息混じりに、リィンは言った。
「レオンには、ずっと前から他に好きな方がいらっしゃるんですもの。」
「…え?」
 ルーンは目を丸く見開いた。驚きのあまり、それしか言えなかった。
「ルーンってとても細やかな方なのに、意外とにぶいんですのね。それとも思い込みが激しいのかしら?先ほど、 レオンがわたくしのこと特別だっておっしゃってましたけど、それこそあれはルーンと同じなだけですわ。 わたくしは戦友以上のものにはなれなかったんですわ。」
「…もしかしてローラ姫のこと?」
「違いますわ。…ルーンが気がつかなくて当然かもしれませんわね。ルーンがわたくしのこと…見ていてくださったのと 同じように、わたくしもずっとレオンのことを見ていましたもの。そうじゃないと…きっと気がつきはしなかったでしょう。」
 ルーンはリィンの言葉にしばらく考え込むが、やがて首を振る。
「僕、やっぱり信じられないよー。僕、レオンの口からリィン以外の女の子の名前なんて、聞いたことないもの。」
「逆ですわ、ルーン。」
「逆?」
 まったく検討のつかない様子に、リィンはおかしくて仕方がなかった。
「ではヒントね。レオンはね、ある言葉を二人の為にしか使わないの。一人はレオンの初恋の方よ。…ではもう一人は?」
「…ある言葉?」
 ルーンは首をひねって考え込んでいる。身近すぎて意外と出てこないのかもしれない。リィンはくすりと笑って言葉をかける。
「いらっしゃるでしょう?たった一人、レオンが決して名前で呼ぼうとしない方。…きっと恥ずかしくて名前が呼べないのね。」
「…え?」
 先ほどとまったく同じ驚きの言葉に、リィンはついに耐え切れなくなって声をあげて笑った。
「ええー、リィン。あれ、ちょっと待って。」
「ふふふ、おかしいわね、ルーン。」
「…セラ…なの?」
「そうよ、気がつきませんでしたの?」
「だって、レオンはセラにはずっと冷たいよー?」
「まるで、姫君を守る騎士のように礼儀正しいの。…レオンは決して他の人には姫って使いませんのよ。その 言葉は特別なんでしょうね。」
 少しだけ寂しそうにリィンがそう訂正した。
「…わたくしが泣いた時、レオンは…元気付けて下さったけれど…セラが泣いた時のように 優しく慰めては下さらなかったわ。」
「…寂しい?」
 ルーンはそっと手を握る。リィンは握り返す。
「いいえ。わたくしを戦友だと認めてくださったことは、今では誇らしいことだと思っておりましてよ。」
 そう言ったリィン笑顔は本当に輝いていたから、ルーンも同じくらいの笑顔で微笑み返した。
「うん。そうだね。…でも、僕ちょっと複雑かも…むー…」
「ふふ、わたくしとしてはお邪魔虫な兄になって邪魔して欲しいですわね。このわたくしを袖にしたのですから。」
「でも、リィンが振ったんでしょ?」
「だって、振られるのが判っていたんですもの。悔しいから先に振りましたのよ。女のプライドですわ。」

 そうして、この世で一番幸せな二人は手をつないでゆっくりと歩き出す。
 新たなる船出へ向かって。


 お、終わらなかった…もっとこう、あっさりと終わらせるつもりだったのですが…
 なんかこう、この二人のくっつきはもっとこう…とやっているうちにどんどんと長く… (この話、一話でも長いほうだし…)

 何人かの方に、レオンのお相手を聞かれましたがこういうことでした。実際、もっとはっきり くっきり書いてるシーンがあるわけですが。呪いの場面ですね。
 次回こそ、必ず終わらせます…

戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送