セラフィナ=サルン=サマルトリア。サマルトリア随一の宝石と呼ばれ、その姿はローラ姫の生き写しと伝えられる、 愛らしい姫。
 そして年頃にもなり、美貌のつぼみがほころぼうとしているその様子は、すべての人々をはっと させる。年頃になるまでに、すでに求婚者が列を連ね、手に入れるためならば、全財産を差し出すのも辞さないほどだった。
「セラがさらわれちゃった…って、どういうことなの?」
 ルーンの言葉に頭を下げ、兵士が言葉をつなぐ。
「つい先ほどの話であります。自室で休んでいらっしゃいましたセラフィナ姫様が、忽然と姿を消されてしまわれました。部屋の 入り口で見張りをしておりました者は、姫様は部屋から一歩も出てないと断言しておりますし、城の者も誰一人姫様の姿を 見た者はおりません。ただ、部屋を調べたところ、窓が開いておりまして…おそらく悪漢はそこから入ったものと…」

「他に何か変わった事はございませんの?たとえば…こげ跡などは?」
 リィンがそう聞いたのにはわけがある。ロトの血筋を引くものは、代々魔力に長けている。そしてセラもその一人だった。 リィンやルーンほどの威力はないが、ベホイミやベギラマくらいならば使えるはずである。悪漢がさらう前に、抵抗の 跡があってもおかしくはない。
「いえ、荒れた様子はありませんでした。ただ、庭師がその…空に浮かぶ黒い魔物を見たと申しております。 その黒い魔物の頭にこぶのような物があったと。…そしてそれは東へ去っていったと…」
「黒い魔物…頭にこぶ…」
「東…」
 該当する魔物…と言っては失礼だろうか。だが、二人の頭には同時に一人の人物が浮かんだ。
「…竜王のひ孫が、セラを…」
「でも、一体何のために…?」
「おそらくそやつが、姫様をさらったものと推測できます。どうか、王子様、捜索隊…いえ討伐隊を御命じくださいませ!!」
 そう兵士は頭を下げたまま、そう叫んだ。


「…え?ちょっと待って…父様は捜索隊を出さなかったの?どう言ってるの?」
 いくら父親がのんきでも、愛娘が浚われて、捜索隊を出さないなどとあるわけがない。
 その言葉に、兵士は顔をあげなかったが、体が震えた。
「いえ、その…私ごときでは、詳しい事はわかりません…ただ、国王様がルーンバルト王子に伝えて来いとおっしゃいましたので、 こうして…」
 しどろもどろでそう言う兵士に、リィンは優しく声をかけた。
「顔をあげてくださいます?他に何かご存知ではありません?」
 にっこりと笑うリィンの姿に、兵士は一瞬見とれて顔を赤らめた。
「大丈夫だよ。怒らないから、知ってること全部、教えてくれないかなぁ?」
 今度はルーンにそう言われ、兵士はもう一度頭を下げた。そしてしぶしぶと言った風情で、言葉を吐く。
「実はその…姫様の部屋に、手紙が残されておりまして…こちらで、ございます。」
 そっとその手紙を差し出した。かわいらしいカードには花とレースがあしらってあり、おそらくセラの自室に あったものだろう。
 ”父様、母様、兄様へ。竜王様より御招待を受けましたので、アレフガルドにある竜王の城に行って参りますわ。 心配しないでくださいませ。セラ。”
「おそらく、竜王めの偽の手紙かと思い、王子を混乱させまいと黙っておりました。申し訳ございません。」
 深く頭を下げる兵士。二人はそのカードをじっと眺めた。その筆跡もサインも、間違える事のない、セラ自身の ものだった。

「それで、サマルトリア王は、これをご覧になって…?」
「はい…その、王は、『セラがそういうのだから、大丈夫だろう。大事無い。一応ルーンにだけは伝えておいてくれ』と… ですが、相手は魔物です。姫様の御身になにがあるかわかりません。」
 熱を持って言う兵士。
 リィンはなんとなく解った。おそらくこの兵士はセラに懸想しているのだろう。だからこそ、取り戻したくて気が狂いそうなのだ。 だからこそ伝令をかって出、手紙を握りつぶすことで、すぐさまセラを取り戻そうとしたのだろう。
「大丈夫だよー。竜王のひ孫は、僕たちも会った事があるんだけど、すごく良くしてくれたんだよ。たくさん 助けてもらったし。心配ないよー。」
「お、お言葉ですが、でしたらなぜ、姫様をさらったのでしょう!かつての竜王のように、何かたくらんでいるのは 明白です!!」
 顔を上げて、真っ赤になって叫んだ。そして口をつぐむ。王子に口答えするなど、首をはねられてもおかしくない。
 だが、リィンはその心中を慮って、ルーンに笑いかける。
「ですが、心配するお気持ちはわかりましてよ。ルーン、一度お迎えに行ってはいかがかしら?滞在期間も知らせず城を 出るなんて、淑女のなさることではありませんもの。」
「んー、そうだねー。どうしよっかー。リィンも行く?」
「どういたしましょうか…久々にセラに会いたい気もいたしますけれど…」
「で、では、ぜひとも私もお供に!!」
 勢いよく言う兵士に、ルーンはにっこり笑う。
「ううん、大丈夫だよー。父様に『わかりました。心配しないでも大丈夫だよ』って伝えてくれる?お願いだよー。」
 兵士は危険ですと言いたかったが、相手はハーゴンと邪神を倒した勇者。それは口にはできず、しぶしぶ 「かしこまりました」頷き、部屋を出て行ったその時だった。
 ぱたぱたと音を立てて、窓の外側にある止まり木に、白い鳩が止まった。伝書鳩だった。


「あら…おかしいわね…サマルトリアからかしら?」
 今は定期連絡の日時ではない。サマルトリアに派遣してある者が、セラの失踪を伝えに鳩を送ってきたのだろうかと、 窓を開けて、足に取り付けてある筒に手を伸ばす。そして手紙を取り出して広げた。そして目を通して…リィンは絶句した。
「ルーン…」
 そっとその手紙をルーンへと差し出す。ルーンは遠慮しながらもそれを受け取り、目を通した。
『ローレシア王が仕事を放置し、失踪。船で一人、港を出た事を目撃されている。』
「うわぁ…」
 ああ見えて真面目なレオンは、仕事を放って抜け出したことは一度もなかった。それが 消えたとなると…
「…捜索隊は派遣されたようですわね。ルーン、どういたします?」
「うーん、どうしようかー。」
 心中では兄と友情の板ばさみになっているのだろうルーンを見て、リィンは小さく笑った。
「レオンが行ったのでしたら、とりあえず心配ありませんわ。お茶もすっかりさめてしまいましたし、入れなおしましょう?」
 執務室にしつらえてある小さな応接間に移動しながら、リィンはメイドを呼ぶための小さなベルを鳴らした。
「うん、そうだねー。」
 結局ルーンはにっこりと笑って、柔らかな長椅子に座りなおした。



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