中央に大きなオアシス。それを囲むように町……いや、市場が出来ていた。
 きちんとした石や木の家はなく、簡素な天幕がいくつも並び、時には籠をもって売り歩く様は、 とてもにぎやかで心踊る。お祭りのようでさえあった。
 もちろん、人の声、天幕の手触り、間違いなく現実のものだ。
「こりゃ、町じゃねぇな。ちゃんとした家がねぇし。」
「けれど少なくとも10日以上前からあるように思えますわよ。服もなんだか……すくなくとも ロト三国やルプガナの服飾ではないように思うのですけれど……。」
「にぎやかで楽しいねー。」
 ルーンはうきうきしながら町を見回す。
「とりあえず見て回るか。三手に別れるか?」
「そうですわね。……ルーン、無駄遣いしては駄目ですわよ?」
「……はーい。」
 リィンにそう言われ、ルーンは少し残念そうに頷いた。そうしてこの町のことを調べるために、三人は それぞれ散っていった。


 砂漠で熱せられて生まれた風がオアシスの上を滑り、冷やされてこちらに届く。砂が目に入りそうに なるが、目をつぶるとほのかに暖かい、しかし心地よい風が体中を満たしていく。
 周りの人間も、皆楽しそうだった。少なくとも蜃気楼や幻とは思えない。
「こんにちはー。」
 ルーンがにこやかに挨拶すると、それに対して皆が愛想良く返事し、時には商品を進めてくる。
(んー、どうしようかなー。ちょっと何か買って、お店の人と話すのがいいかなぁ。でも もし幻だったらどうしたらいいかなぁ……)
 確かに現実に見える。けれどルーンは感じていた。この町に近づいたとき、あの寝ているときと 同じ『感じ』がルーンを包み込んだのを。
 そんなことを考えながらのんびりと歩いていると、突然、その胸に、黒猫が飛び込んできた。
「わ、わわ。どうしたのー?」
 思わず抱き上げると、黒猫は抱かれるままにルーンにすりついた。ごろごろと喉を鳴らし、とても 嬉しそうで、ルーンも思わず嬉しくなる。あちこちを撫でるとその手にも擦り寄ってきた。
 黒猫にはこの砂漠はさぞ暑いだろうに、あまり気にした様子はない。もともとここの猫なのだろうか。すくなくとも 猫の感触は確かに現実だが。
 そう触っていると、近づいてくる気配がある。顔を上げると、自分より2つくらい下だろうか。少し幼い、かわいらしい 顔立ちの少女がこちらを見ていた。
「……トゥール??」
 問いかけるように言われ、一瞬なんのことかと思ったルーンだが、この猫の名前だと分かる。どうやら この猫はその少女のものらしい。少女も艶やかな黒髪と、こぼれそうな大きな黒い瞳をしていて、 この猫と一緒にいれば絵になるだろうなと思う。
「わー、トゥール君、って言うのかなぁ、君は?貴方の猫ですかー?可愛いですねー。」
 黒猫を撫でながら、猫と少女に話しかけると、少女は首を振った。どうやら少女の猫ではないらしい。
「あ、違うんだー。じゃあ、トゥール君はどこの猫さんですかー?」
「えっと、違うの。あの、えっと……トゥールじゃ、ないの?」
 ルーン自身に問いかけられたようで、目を丸くする。少女をもう一度見てみても、その少女に見覚えはないし、 トゥールという名に心当たりはない。
「えっとー、僕のこと、だよねー?僕はルーンって言います。貴方とは初めて会うと思うよー?ここの市場に来るのも 初めてだしー?」
「あ、えっと、リュシア、です。ごめんなさい、貴方が、とっても似てたの。わたしの一緒にいる友達に。」
「えー、僕そっくりなのー?わー、面白いー。見てみたいなー。」
 おずおずと少し怯えるようにいう少女を安心させようと、ルーンはにっこりと笑う。すると猫がみゃおん、と鳴いた。
「あ、ごめんねー。この子はなんて名前なのかなぁ?」
「知らないの。わたしも、旅人だから。懐いてきて、一緒にお散歩してたの。」
「わー、それもいいねー。黒猫君はここの子かなぁ?僕も旅人だから色々案内して欲しいなー。」
 この子から情報は得られそうにないが、旅人ならば、逆に多少変なことを言ってもごまかせるかもしれない。 そう思った時だった。ルーンの前方から爆音が響く。猫は驚いてルーンから飛び降りた。そして 爆音の方向へと走り出す。
 ルーンも猫を追いかけるように走りだす。あれはリィンのイオナズンの音ではないだろうか。
(リィンに何かあった?!)
 爆音の方向から、人たちが次々と逃げ出してきた。反対方向に駆けて行くルーン達を見て、逃げながら男が声をかけてきた。
「あんたら危ないぜ!なんでもモンスターが出たってよ!!」
 横を見ると、先ほどの少女、リュシアも猫を追いかけ走っていた。猫が心配なのだろうか。けれど リィンがイオナズンを使ったとすれば、相当強い敵がいる可能性もある。
「そうだよー、危ないよー。猫さんは僕が連れ戻すから、逃げてた方がいいよー。」
「あっちに仲間がいる。だから行かなきゃ。」
 ルーンの言葉に、リュシアは驚くほどきっぱりと答えた。とても大事な仲間なのだろう。おそらく 言っても無駄だと思ったが、念のため重ねて言ってみる。
「でも、危ないよー。」
「大丈夫。……わたしも戦えるから。」
 見かけにはとても戦えるように見えないが、リュシアの言葉には自信が見えた。ルーンはもう何も言わず、 その言葉を信じることにした。
 やがて二人は元の広場へたどり着く。すでに広場に人はなく、その中央にある大きな天幕の天井は破れていた。 黒猫はそこへと入っていく。
 二人もその後を追って天幕へと滑り込んだ。

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