〜 全ての王冠 〜


 荒れ果てたムーンブルク城。  こうなってから足を踏み入れるのは二度目だった。最初は自らの罪を暴かれるようで辛かった。今も、魂になった 人々への罪悪感は消えない。…だが。
「皆…本当にごめんなさい。こんなことで、私の罪は消えない。…けれど、ハーゴンは討ちました。シドーも倒す事が できました。…皆、だから安心してください。」
 城の中央でそう言うと、城の空気が震えた。皆の泣き声だった。
「…姫、ありがとう…。」
「我等は姫を恨んではおりません…。」
「姫がしあわせそうで嬉しく思います…。」
「我等は姫を誇りに思います…。」
 口々にそう言いながら、皆がゆっくりと空へと昇って行く。
「…綺麗ね…。」
「そうだな。」
 横で見ていたアクスとアーサーが冥福を祈りながらそう言った。
 アクスは笑う。不思議な気分だった。前に人魂を見た時は、冥福なんて祈る気にすらなれなかった。…無駄だと思っていたし、 どうでも良かったからだ。
 だが、今はこの人々が天の国に無事につく事を願ってしまう。この人々はアイリンの大切な人だから。
 一通り見送って、アイリンが小さくため息を着く。この奥には玉座の間…、ムーンブルク王、アイリンの父がいる。 アイリンを邪険に扱っていた王が。娘が犬に変えられた事が悔しく恥ずかしいと、言っていた父だった。
「大丈夫だ、アイリン。俺がいる。」
「ええ…行かなくては…。お願いします…側にいてください。」
 アクスが頷くのを見ると、アイリンはそのまま奥へ進む。アーサーはその場に残り、アクスはその後を追った。


 玉座の中央。うろうろと燃える人魂の前で、アイリンは跪いた。
「お父様…。アイリンはハーゴンを討ち、シドーを倒して参りました。」
「知っておる、アイリン。」
 はっきりとした声に、アイリンが顔を上げる。人魂の向こう側に、生前のムーンブルク王が見えた。 こちらの声を聞こえないと言っていた王だったが、今はその声が届いているようだった。
「この体のわしにも、お前の活躍は聞こえた。…よく頑張ったな…いつまでも小さいままだと思っていたが…な…。」
「お父様!」
「お前には、生前、ひどい事ばかり言っていた…。…人は死んでからなら、いくらでも丸くなれるものだな…。」
 遠い目で語る父に、アイリンは首を振るばかりだった。
「だが、アイリン…お前に国を治めるのは向いていない、わしは今でもそう思う。お前は…そうなろうと頑張っていたようだがな。 だが、お前は立派なことを為しとげた。この先、お前が女王となれる日がくるかもしれん。今はそう思う。」
「…私…。」
 言葉にならず、じっと父を見つめるアイリン。そんなアイリンの背中をそっとアクスは叩いてやる。
「どちらでも良い。お前が決めろ。そこにいる、力強い仲間たちと相談してな…。アクス殿、これからもアイリンの事、 よろしく頼みますぞ。」
 意味ありげに笑うムーンブルク王に、アクスは少しだけ笑い、それから真顔で頷いた。
「ではいかなくてはな、天の国への扉が閉じてしまう。…アイリン、お前はわしの子供だ、たった一人の。…幸せにな。」
「はい、お父様。」
 最後にしっかりとした声でそういうと、ムーンブルク王はゆっくりと空に昇り…そして消えて行った。

 じっと空を見ているアイリンに、アクスは優しく声をかける。
「…よく頑張った。」
「アクス…アクス…私……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 初めて流す、アイリンの涙を受け止めながら、アクスはいつまでもアイリンを抱いていた。



 アーサーは、山の向こう側にかすかに見える、サマルトリア城の尖塔を見ていた。
「…本当にいいのか?」
「ええ、下手に戻ると王に抹殺されかねないもの。それよりローレシアに貴方達を送り届けて、生きていた事を 証明してくれる人を増やしておくことにするわ。」
 ローレシア城の前でアーサーはそう言って笑った。それは、ずっと王からの命の危険に去らされてきた人間の処世術 なのだろう。
 会いたい人はいる。一番に報告したい人もいる。…だが、それは今はまだ許されない事を、アーサーは知っていた。
「それに、貴方たちが幸せにローレシア王に報告する姿も見たいしね。」
 アーサーの言葉に、アイリンが顔を赤くした。



 三人ともここに訪れることが分かっていたかのように、兵士たちは三人を、王の間へと通した。
「よくぞ無事戻ったな、アクス。」
 そこには、ローレシア王が玉座に座っていた。壁際には正装した兵士たちが立っている。
「はい、我等ロトの末裔三人で力を合わせ、ハーゴンと破壊神シドーを倒して参りました。」
「ふむ、よくぞやった。それでこそ、我が息子、勇者ロトと勇者アルフの血をひきし者だ!」
「ありがとうございます。」
 アクスは頭を下げる。王はそれを満足そうに見て、アーサーとアイリンを近くに呼んだ。
「アーサー王子。ふがいない息子を助けてくれて本当に感謝する。」
「いえ、こちらも何度もご子息に助けられてこそ、ハーゴンとシドーを打ち倒す事が叶いました。 願わくばこれからも友として助けあっていきたいと願っております。」
 アーサーはそう言って頭を下げる。それを見て満足そうに微笑む。
「アイリン王女。国を亡くして大変なさなか、息子の力となってくれて感謝しておるぞ。」
「いえ、こちらこそ、アクス王子には言葉にならないほど力になっていただきました。」
 アイリンも上品に頭を下げてみせる。それを見て、ローレシア王はまた満足そうに頷いた。そして 跪いている息子を見た。

 元々黒いほうではあったが、更に日にやけていた。体つきもたくましくなった。
 だが、それ以上に雰囲気が違う。表情だろうか…いいや、体全体がどこか輝いて見えた。
「アクスよ。お前は旅をして、何を学び、何を得た?」
「………。」
 アクスはしばらく考え、こう口に乗せた。
「王冠を。今王がかぶっておられる王冠ではなく、人の営みを守る王国の中心が王冠であるように、 人が生きるための大切なものの中央にあるものです。私はようやく、それを手にする事が出来たと思います。」
 アクスの言葉に、王は笑顔になる。
「そうか、それはなによりだ、アクス。ついでにこれを手にするが良い。」
 そういうと、ローレシア王は自分がかぶっている王冠を、アクスにかぶせた。
「父上?」
「新しい時代が来る。いや、来なければならぬ。そこにおられる、アーサー王子とアイリン王女のためにもな。 …どうだ、引き受けてくれるか?」
 アクスはちらりとアーサーとアイリンを見た。 二人とも展開に驚いていたようではあったが、視線に気がつくと、こちらに笑いかけてきた。
「…わかりました、お引き受けいたします。」

 アクスは立ち上がって、玉座へと歩く。この先の道のりは長く、辛く遠いだろう。
 それでも守りたい大切なものがあるというのならば、そのための力だというのならば、手にしなければならない。そして。
 玉座に座るために振り向く。そこには、守りたい大切な者たちが笑っていた。
 この人々に恥じないように、その力を使っていかなければならないのだと、王冠の重みを感じながら、アクスはゆっくりと 玉座に座った。


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