〜 傾国の美少女 〜


 アクスの朝は早い。父親に言われ、幼い頃から剣の修行を欠かしていなかったせいだろうか。 朝日の前に起き出し、朝食の支度をする。…と言っても、せいぜい干し肉や野菜をあぶり焼きにする くらいだが。
 逆にアーサーの朝は遅い、というほどではないが、一般人程度の時間に目が覚める。ゆえに、 旅に出てから野営の朝には今の所毎日同じ会話が繰り広げられていた。
「まー、アーサーひどいわ!また私の分のお肉全部食べてるわね!それに野菜を残しているじゃない! ちゃんと食べなさい!」
 他人の配分などまったく考えないアクスは、自分の好きなものだけ食べ尽くし、 毎朝アーサーが起きた頃には焼かれていない野菜しか残っていないのだ。
 後々辛くなるのがわかるので、アクスは次食の分まで食べる事はしない。アーサーもそれが辛いと わかっているため、ここ毎朝は肉が食べられない日々が続いている。
「それだけじゃないわ!おとついのシチューだって肉を全部とっちゃって!少しは他人の分と いうものを考えてよ!」
「なら早く起きろよ。俺が知ったことではない。」
「アクスが早すぎるの!それなら起こしてくれたらいいじゃない!ひどい…。」
 アーサーの名誉の為に言えば、アーサーの目覚めの時間は旅をしていることを加味しても決して遅くはない。 アクスの朝が早すぎるのだ。
 アーサーの苦情など心底どうでもいいアクスは剣を磨きながら、目線で早くしろと催促する。アーサーは 小さく泣いてみせながら、自分の分の野菜を焼き始めるのだった。

 そんな感じで小さないさかいはあるが、おおむね平和に旅は続いていた。二人はローラの門を抜け、 滅ぼされたムーンブルクの城へたどり着き、王女の呪いを解くアイテムを探しに、湿地帯へ向かっていた。
「さて、探すわよ。」
「おう、頑張れ。」
 昼寝を決め込もうとするアクスを、アーサーは引きずり起こした。
「貴方も探すのよ!アクス!」
「どっちが探そうが同じ事だろう?」
「なら二人で探した方が早いじゃないの!」
「別に早く探す必要はないだろう?不公平を言うなら、しばらくしたら代わるさ。お前が先に見つける事を 祈ってるが。」
「何言っているの!犬に変えられているお姫様が可哀想だとは思わないの?どれだけ心細い思いをしているか…。 きっと一刻も早く戻りたいに決まっているわ!」
「そんなもん知ったことじゃない。お前が早く戻したいなら、無駄口叩かず探したほうが早いぞ。」
 犬を払うようにアーサーを追い払い、アクスはその場に寝転んだ。
「…まったく…ローレシアの王子は頭脳明晰文武両道だと聞いて、楽しみにしていたのに…。」
 アーサーはそう愚痴りながらも、両袖を巻くって湿地帯に入った。

 狭い湿地帯の浅いところにあったラーの鏡は、アーサーの努力でほどなくして見つかり、二人はそのままムーンペタの町へと 戻った。


 薄い毛のみすぼらしい犬。裏路地の隅で縮こまっているその子犬がいた。怯えた目でこちらを見ている。
「怖がらないで、王女様。今、元に戻してあげるわ。」
 アーサーは優しく微笑むと、犬に鏡を向ける。鏡から光が発せられ、犬へと終結した。

 閉じたまぶたを開けると、そこには輝くばかりの美少女がいた。
 本物の金と見まごうばかりの髪はやわらかな波を作りながら腰の辺りまで覆いつくし、あくまでも白い肌を彩っている。 ルビーよりもなお赤い目は、桜色の唇と共に愛らしく輝き、華奢な体つきは全身で守って上げたいと思わせる。あまりも 絶対無敵の美少女だった。
「アイリン王女ですね?」
「ごめんなさい!」
 アーサーの言葉に、少女は泣きそうな声をあげた。アクスですら、目を丸くする。
「違うのか?」
「…誤解させてごめんなさい、私はムーンブルクの王女アイリンです、あの、 私なんかのために、わざわざ苦労させて呪いを解かせてごめんなさい、ご足労かけてごめんなさい…。」
 ほとんど震えながらそういうアイリンに、アーサーは優しく微笑みかける。
「そんなに怯えなくてもいいのよ。サマルトリアの王子のアーサーよ、よろしくね。あっちはローレシアの王子 アクスよ。名前の聞き覚えくらいはあるんじゃないかしら?貴方を助けに来たのだから、ね。」
「…はい、ごめんなさい…、私なんかを助けに来てくださって…。」
 うつむいてそう言うアイリンに、アーサーは思わず空を仰いだ。
「俺達はハーゴンを倒しに行く。お前はどうする。」
 アクスの言葉に、アイリンはうつむいた。
「…………ごめんなさい…私も………連れていって下さい…。」
 その言葉は弱々しくもはっきりと空に響いた。


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