〜 まっすぐな曲がり角 〜


 アイリンが道端の岩に躓いてこけた。
「アイリン、大丈夫?」
「すみません…また、私…。」
 風の塔への道は遠く、険しかった。旅慣れていない上に女性であるアイリンのペースに合わせる事を知らない アクスが自分のペースで進むため、肩で息をしながら歩くアイリンは良く転び、そして謝ると言うことを繰り返していた。
「アクス、少しは考えてくれる?もう少しゆっくり歩いてちょうだい。無理させても仕方ないでしょう?」
 アーサーの言葉をアクスは聞いているのかいないのか、黙々と野営の準備を始めた。


 アーサーは野営地から少し離れた場所に佇んでいるアイリンに、優しく毛布をかけた。
「ほら、アイリン、早く食事をしなさい。」
「あ、アーサーさん…ごめんなさい。」
「アーサーでいいのよ、アイリン。ほら、ね、アクスが皆食べてしまうわよ。」
「はい、ごめんなさい。」
 アーサーはため息をつく。素直なのはいいのだが、この短期間に、いったいどれほどこの少女から 詫びの言葉を聞いただろうか。
 ムーンブルク王はひたすら王子を望み、ただ一人の子供である王女を邪険にしていたと、風の 噂で聞いた事があったなと思う。
「アイリンは、こうして女装している王子の事…憎いかしら?」
「いえ!そんな!…アクスさんもアーサーも立派で…。」
「そう、良かった。嫌われているかと思ったわ。」
「ごめんなさい…。そんなつもりじゃなかったんです…。」
 また謝るアイリンに、アーサーは優しく話しかける。
「謝ることなんて何もないのよ、アイリン。もう、そんなに綺麗で魔法も使えて凄い女の子なのに、 どうしてそんなに卑屈なのかしら?」
「ごめんなさい…。」
 アイリンはしゅんとなって、うつむく。
「謝らなくてもいいの、褒めているのよ。すごい魔力ねって。」
「そんなこと、もう何の意味もないから…。」
「アイリン…。お城のこと、お父上やお母上の事…辛かったら、泣いてもいいのよ?」
 アーサーの言葉に、アイリンははっとなって、首を振る。
「ごめんなさい、食事…でしたね…。」
 頭を下げて、アイリンは野営地の方へと歩いて行った。アーサーは再びため息をついた。

 アイリンが来た頃には、すでにアクスは鍋の肉を食いつくし、野菜だけがスープに浮いていた。アーサーはそれを 見て怒鳴りつける。
「もう、また肉を全部食べたわね、アクス!」
「あ、いいんです、私肉、嫌いですから…。アクスさんが食べてくださったんです。気を使ってくださって すみません、アクスさん…。」
 アーサーの言葉から庇うようにアイリンはか細くそう言った。意外な言葉にアクスは少し目を丸くする。
「…アクスで良い。」
「え…はい、すみません、アクス…。今日は足をひっぱってすみません…あの、明日はもっと 頑張って歩きます…。怒っていらっしゃいますよね…。」
「別に怒ってない。」
「ほら、アイリン、しっかり食べなさい。」
 そう言ってアイリンの器にスープをよそうアーサーを見ながら、アクスは手に持っていた飲み物を 飲み干した。


 風の塔の敵は強かった。アクス一人ではおそらくこのあたりではのたれ死んでいただろうと、アクスは 冷静に考える。
 アーサーの魔法と剣の連鎖攻撃も、ずいぶんな敵の数を屠っているのだが、アイリンの風の魔法は 凄かった。最初に決まればその場にいる全ての敵を倒していることさえあったのだから。
 だが、アイリンはアクスのペースについていけず、たいていの場合戦闘が始まった時には肩で息をしているため、 初手に呪文を唱えられる事はまれだったが。
「お役に立てなくてごめんなさい…。」
 そうしてアイリンは、毎回そうやって謝っている。いや、戦闘に間に合おうがなかろうが、常に なにかしらで謝っている少女だった。
(まぁ、どうでもいいことだが。)
 別にアイリンが卑屈だろうが不屈だろうが、自分にはまったく関係のないことだった。アクスにとって 重要なのは、アイリンが自分へ呪文を誤射しないことだったが、幸いその心配はなさそうだった。

「まぁ、これが風のマント?すごいわー。」
 塔の部屋を全てめぐり、ようやくアーサーが風のマントを発見したようだった。
 アクスは今しがたまでモンスターを切っていた剣の血をふき取る。
 なかなかきつい戦いだったが、なんとかこの塔から出られそうだ。
(まぁ、ドラゴンの角で墜落死にならなければいいが。)
 死に様にこだわる気はないが、王家三人の心中は少し問題があるかもしれない。…死んだ後のことなど、 いつにもましてどうでもいいのだが。
「あの…アクス…。その、傷を…。」
 おそるおそる、アイリンが手を出してきた。気がつくと両手両足から血が流れていた。アクスは 無言でそこに座り込み、アイリンはびくびくしながらも回復の呪文を唱えた。
 アーサーも回復呪文が使えるが、アイリンの回復呪文はアーサーのそれよりも良く効く。見る間に傷がふさがっていく。
「あ、あの、どうでしょうか…?」
 アクスは自分の体を見渡して、体に傷がないことを確認した。
「感謝する。」
 ぶっきらぼうにアクスがそう言ったとたん、アイリンは一瞬目を見開き、そしてぱっと微笑んだ。
 それは世界中の花が同時に咲き誇ったような、本当に美しい笑顔だった。
(…………………。)
 アーサーの元へと歩くアイリンの後姿を見ながら、アクスはなんとなく、次からはもう少しだけゆっくり歩こうと 思った。



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