〜 Dead halt 〜


 心地よい水の響きが、万人の心を癒すこの町は、水の都として親しまれているベラヌールの町だった。
「水の紋章が…ここにあると良いのですけれど…。もしなかったなら…。」
「なら、なぁに?」
 アイリンがつぶやいているのを聞き届け、アーサーは首をかしげる。アーサーはすっかり元の女装に戻っていた。
「ごめんなさい……おそらく、この町に…ロンダルキアに向かう扉があるはずなんです…。だから…。」
「どうして知っているんだ?」
 アクスの言葉に、アイリンはうつむいて黙り込む。するとそこに声がかかった。

「そこの貴方、ちょっといいかな?」
 アクスの目の前に、僧侶が立っていた。若いせいか、敬虔という感じはせず軽い印象がある。
「むむむ…、なんと不吉な!貴方たちの顔に死相が見えますぞ!」
「そうか。」
 予想以上にどうでもいい話に、アクスはそれだけ言うと、手をあげてその青年の前から立ち去ろうとした。
「…そう、貴方がたには死相…が…。」
「危ない、アクス!!」
 アーサーがアクスを庇うように立ちはだかった。
「この私の呪いによってな!!!」
 僧侶はそう言うと、突然黒い霧になって、アクスの前にいた、アーサーに襲いかかった。アーサーの顔が、真っ黒に 染まっていく。アーサーの体は地に落ちた。
「アーサー!」
「ハーゴン様に言われた目標とは違ったが、まぁいい。こちらも同じ呪いをかけてくれるわ!!」
「っち!!」
 なお、アクスへ襲いかかろうとする黒い霧の中央を、アクスはロトの剣で切りつける。さすがにそれに堪えたのか、 そのまま空に溶けた。

「アーサー!アーサー!!ごめんなさい、アーサー…!」
「…だ、い、じょうぶ、よ、アイリン…、あなた、があやまる、ことじゃ、ないの…。」
「すまない、アーサー。…とりあえず宿に運ぶぞ。」
 アクスがアーサーを抱き上げ、そのまま宿へと向かった。


 ベッドで苦しげな息をするアーサー。その横で、暗い顔でアーサーの顔をぬぐうアイリン。
「…すまない、アーサー。俺が油断したばかりに…。」
「ふ、…ふふ、あなた、から…そんな言葉が、き、けるなんて…ね…。」
 こんな時でも笑って見せるアーサーに、アクスはある種の尊敬を覚える。
「し、んぱい、しない、で…。きっと、すぐ…なおるから…、貴方たち…、ハーゴンを…たお…ぅ…し…。」
「話さないでください…アーサー…、大丈夫です、大丈夫ですから…。」
 アーサーの意識は遠のいたようだった。熱が高くなっているようで、言葉にならないうわごとを口にしている。
「…大丈夫です、アーサー…すぐに治しますから…。」
「呪いを解く手段があるのか?」
 アクスの言葉に、アイリンは首を振る。
「…ごめんなさい、呪いを解く方法はわかりません…ですが、呪文を 唱え、口唇と口唇をあわせることで、アーサーの呪いを私に移しかえることはできます。」
「そんなことをしても、何にもならないだろう?」
 アイリンは強い意思を宿した目で、アクスを見た。
「戦力が抜けるなら、アーサーより私の方が良いはずです。ごめんなさい、どうか、私をかついでロンダルキアへ連れて行って下さい。 戦闘中は捨置いてくだされば…。呪いにかかっても、回復呪文を唱えることくらいは、きっとできますから…。」
 そういうと、アイリンは呪文を唱え始めた。

 アイリンの言う通り、どちらが戦力になるかはわからないが、かついでいくのならばアイリンの方が楽だ。どちらが苦しもうと アクスにとってはどうでもいいことなのだ。
 アイリンの呪文が終わった。アイリンはゆっくりアーサーに顔を近づけた。おそらく先ほど言っていたとおり、口唇と口唇を あわせるのだろう。
(…口唇と、口唇を、合わせる?)
 アクスはとっさにアイリンの額を持って、それを押しとどめた。
「やめろ。」
「…アクス?」
 目を丸くしているアイリン。アクスは驚いていた。自分の行動がわからずに。
「…俺は…そう、俺はどっちも呪いをかけたままにしておく気は…ない。俺のせいで、こうなったんだ、ちゃんと責任は取るさ。」
 言っているうちに、考えが固まってきた。ふと、頭によぎったのは、かつて読んだ事のある伝説。
「そう、だ…。たしか南の海の孤島には、世界樹という気があって、その葉は死者さえ蘇らすほどの力があると書いてあった。」
「世界樹の…葉?」
「ああ、試してみよう。…待ってろ。」
 アクスがアーサーに呼びかける。アーサーは、聞いてはいなかった。
「………ちゃん…と…まって…て…く……アリス……。」
 アーサーは熱に浮かされながら、空に手を伸ばしていた。


 地図で目的の場所の目安をつけ、アクスは船を動かした。
 自分を庇って、呪いを受けたアーサー。
(なぜ、そんなことをしたのだろうな。)
 余計な事をしたとは思わない。助かったと思う。ただ、自分を助けようとして呪いを受けたアーサーの行動が 不可解だった。
(亡くしたくは、ないな。)
 その行動を幸運だとして、放置しておく気は、なかった。苦しんでいるのをどうでもいい、とは 思えなかった。
(…でもじゃあ、なんで俺は、あの時止めたんだろうな?)
 アイリンの事を考える。いつも救いの手を差し伸べようとするアーサーとは違い、アイリンは『戦力』では あるが、そう言う意味での助けを受けたわけではない。体力的にも、おそらく精神的にもアイリンには 余裕がないのだろう。
(…ではなぜ、俺はあの時止めたんだろうか?)
 理屈で言えば、簡単だろう。アイリンも得難いからだった。戦闘的にも…多分、精神的にも。
「アクス?」
 ずっと虚空をみつめていたのだろうか、アイリンが心配そうにこちらを見ていた。

「…あ、ああ、なんだ?」
「ごめんなさい、邪魔して…」
 アイリンが不安そうな目でこちらを見ていた。
「…大丈夫だ、アイリン。これで駄目でも別の手を考える。心配するな。」
「…はい…いえ、ごめんなさい、アクスの方こそ、アーサーを心配してるんじゃないかって、私、思って…。」
 その言葉に、アクスの顔に笑みがこぼれた。
「心配してくれたのか。」
「…ごめんなさい、やっぱり、せめて二人が治療法を見つける間だけでも、私が呪いを受けておけばと思って…。」
 アクスはアイリンの肩をつかんだ。
「俺は、それは嫌だ。俺を信じろ。必ず助ける。アーサーも、アイリンも…どっちも大事なんだ。だから、そんな事は やめてくれ。」
 そう言われて、頬を少し赤くして頷くアイリンを見て、アクスは思う。
 もしかしたら、ただ単に、二人が唇を合わせるのが、嫌だっただけかもしれない…と。


 ゆっくりと喉を通る、緑色の粘液。それをアーサーがかろうじて飲み干したとたん、真っ黒だった顔色に赤みが 差し…そしてアーサーの顔に笑みが浮かんだ。
「…ありがとう。もう、大丈夫よ。」
「今日は寝ておけ。体力はそう簡単には戻らないだろう。…すまなかった、ありがとう。」
 ほっとしながらアクスはそう言った。アーサーは笑う。
「ふふふ、アクスにそんな風に言って貰えるなんてね。嬉しいわ。」
「アーサー…ごめんなさい…大丈夫ですか?」
 横からアイリンがそっとアーサーの手を握る。
「大丈夫よ、心配かけたみたいね。もうなんともないわ。」
「良かった…。無事で…。」
 そっと手を握りあう美少女二人を見て、アクスはなんとも複雑な表情を浮かべた。


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