巡る星の行く末

 しばらくの沈黙が、その場を支配した。その沈黙を破ったのはエドガンだった。
「どう思う、我が第一の娘、マーニャよ」
 エドガンは娘の自主性を重んずる。そして子供だからといって侮ることはしない。 だから娘達に強引に後を継がせようとも思わないし、弟子にするためには 多くの時に共同生活をしなければならない。だから同じく共同生活をしてる娘達に意見を求めるのは当然だと思っていた。
「あたしは錬金術とか研究とか、よくわからないけど…でも悪くないと思う」
「では第二の娘、ミネアよ。お前はどう思う?」
 一瞬考え込んだようだが、それを振り払うようにミネアも言った。
「それはお父さんの決めることだから。でも…ううん、なんでもない。お父さんがいいと思うなら、 私もかまわないと思います。」
「では、きまりだな、雑用が多いと思うが、しっかり働いてくれるかい?バルザック君」
「ありがとうございます、バルザック、とお呼びすて下さい。」
 バルザックは顔をほころばせてそう言った。
「よろしく、バルザック。仲良くしてね」
 マーニャは本当に嬉しそうだった。
「よろしくお願いします、バルザックさん」
 まだほぐれぬ緊張を持ち、それでもゆっくりと微笑みながらミネアはそう言った。

 それからというもの、マーニャは殻を脱ぎ捨てるように、美しくなっていった。それはまるで羽化するように。 もともと華のある美しい娘が、絶世の美少女、そして後には稀代の美女への道のりを確実に歩んでいった。

 二ヶ月後。2人は生涯何をしていくかを決めていた。それはジプシーの慣習だった。早いうちから自分に合うものを選び、 一族の中の居場所を作り、一族に早く貢献していくという。もっともジプシーの一族から離れている二人がこの年でそんなものを 決めたのは、研究に一生をささげるエドガンの血筋かもしれない。
 一通り色々こなし、自分に興味や才のあるものを選ぶ。それがマーニャの踊りであり、ミネアの占いであった。 2人には魔法の才能があった。もっともベクトルは面白いほど別だったが。もともと顔は似ていても、双子でありながら、 いや双子であるからこそか性格も考え方もまったく違う2人。本人の資質や、特性に左右される魔法が違うのは当然ともいえる。 マーニャは火の魔法に才があり、ミネアは癒しの魔法が上手く使えた。このまま修行すれば、 立派な魔法使いと僧侶になれる、と村の魔法使いかぶれのおじさんが保障するほどの才能だった。 だが2人はそれを選ばなかった。
「この平和な時代に魔法なんて必要ないと思います。癒しの魔法にはちょっと興味があるから独学でやるかもしれないけど、 今は占いを本格的にやってみたいわ。」
 と幼いミネアが、年より大人じみた事を言った。
「あたし、踊ってたい。魔法使いって、なんかおばさんくさくて嫌だもの」
マーニャはあっけらかんとそう言った。そう言って、二人は踊り、占いに没頭していった。
 けれどマーニャの本心はそことはまた、違ったところにあったかも知れない。元来派手好きの彼女が、 火の魔法を拒否したわけは。

「バルザック!お父さんは?」
 夕闇まじかに迫るとき、マーニャは村の入り口にいるバルザックを見つけ、小走りに近づいていく。
「マーニャお嬢様、エドガン様は今、城主様に報告中です。」
「バルザック、お嬢様ってつけるの止めてって言ってるでしょう?バルザックが弟子なのはあたしじゃなくて お父さんなんだから!」
「でもマーニャお嬢様…」
「あーもう!お嬢様って呼ぶの止めなきゃ、返事しない!」
 幼いほほをぷう、と膨らます。8歳らしいと言えなくもない行動。その心は、いわゆる8歳の心ではなかったが。
「判ったよ、マーニャ」
 まいったまいった、と苦笑しながらバルザックは言った。
「マーニャ、踊りは楽しいかい?」
「うん、すごく!やり始めたばっかりだし、上手くいかないこともあるけど、それでも楽しいの!」
 自分のことをマーニャと呼んでくれて喜んだマーニャは、にこやかに答えた。
 少し顔を曇らせ、バルザックが言った。
「しかし踊りでよかったのかい?マーニャには魔法の才能があるんだって?エドガン様が言ってたよ」
「あーもう、お父さんってば、おしゃべりなんだから。いいの!魔法を極めるためには、 いっぱいいっぱい本を読まないといけないんだって。あたし、そんなの耐えらんない」
と、一気に言った後、ちらりとバルザックを見つめ、
「それに…バルザックは、魔法、嫌いでしょ?」
 バルザックは魔法を嫌っていた。それは自分に才能がないせいなのか、それともそのことで 一族を追い出されたせいか、それとも魔法のせいで一族が穢れていったと思っているからなのかは マーニャには判らなかったが。
「嫌い…ではないよ。でも…苦手かな?やっぱり自分には使えないものだからね。でもだからといって、 魔法が使えるマーニャを嫌ったりしないよ?」
「いいの!踊ってるとね、どんな悩みも飛んでいくの。あたしはミネアみたいに占いの才能はないはずなのにね、 何か見えてくるような気がするんだ。それでも踊りに集中してると頭が真っ白になっていってね。すごく気持ちいいの。」
「そうだね、それに踊ってるマーニャは一番綺麗だと思うよ」
 マーニャは顔を真っ赤にした、そして何か言おうとしたとき、
「姉さん、ご飯…あ、バルザックさん、帰ってたんですか。お父さんは?」
 ミネアが家のかげからひょこん、と顔を出して呼びかけた。
「エドガン様は城主様にご報告中です。私は先に荷物を持って帰ってまいりました。」
 そういってバルザックは家の方向に歩き出す。マーニャはその背中を名残惜しそうに追いかけた。
(ミネアが…もうちょっと話し掛けてくるのが遅かったら…)
 マーニャはそう思うと残念でならなかったが、それでも顔をふり、そして駆け出した。


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