巡る星の行く末

 それは暖かな春の陽の光のようでした。
ミネアは語る。心にじわじわ迫ってくる。氷を解かすように、優しく。

 占いをしていた。ミネアは生涯のともを占いと決めていた。ジプシーの儀式は職業を決めるものだ。だか エドガンはこう言った。
「生きるために、自分がしたくないこともしなければいけない事もある。それに今から職を決めてしまうことで 、視野を狭めてしまうのは良くないよ。だから今から決めるのは生涯、これで食べていくものではない。 生涯、何とともに歩んでいくかを決める儀式だよ」と。
 父に買ってもらった水晶を手にし、じっと見つめる。この瞬間が好きだった。ミネアはもともと何かを読み取る 力が強い。良い兆候、悪い兆候、ただその力をただ持っているわけではなく、水晶に集めることで 特定のものが見える。占いとはそういうものである。
 マーニャはそれほど占いの才があるわけではなかったが、踊っていると何かが見えてくるという。これも 踊ることで、自分の体と頭を真っ白にすることで、自分自身を占いの道具にしているからだ。ただ、 ミネアほど才があるわけではないため、狙った何かが見えてくるということは少ない。 またマーニャが見える物は、もっぱら自分の気持ちなど、自分に関することであるが、ミネアは 逆に自分のことはあまり見えてこない。狙ったものが見えることによって、逆に邪念が入ったり、 占いの解釈をまげてしまったりするからである。
 占いの修行をするためには、当然何かを占わなくてはならない。ただ、自分のことを占えないので、 よくマーニャに占うことを聞いていた。マーニャはそういうことを面白がって、よく他愛のないことを 占ってくれと頼んでいた。明日の天気、研究材料を探しに行く父が、何時帰ってくるかなどや、 時には何かを隠し、それを当ててくれ等もだ。
(ねえさんてば、何かと勘違いしてるんじゃないかしら。)
今のところ、かなりの確立で当てるミネアに、「博打でもしたら大もうけね!」などと張り切っていた。 真面目なミネアは「占いは神聖なもの」と言って断ってはおいたが。
 5年間そんなことを続けていたが、そのうちに、ミネアは姉が絶対に聞いてはこない事があることに気がついた。
 バルザックのことだ。幼いあの日、わからなかったマーニャの反応。今ならわかる、マーニャは あの日、バルザックに一目ぼれをしたと。
 あの日からどんどん綺麗になっていく姉を見て驚いたものだ。深みのある踊り、時に見せる、妖艶な表情。 13歳とは思えない、あの踊り。あの踊りは姉の全てだとミネアは思う。もしまったく同じように ミネアが踊ってみても、あのような踊りは出来ないことを、ミネアは知っていた。
 ミネアは恋をしていないから。そしてあの踊りは、バルザックへの思いだから。
 マーニャを美しくしたのはバルザックだろう。だからこそ、悔しく思う。
(しょうがないじゃない、コーミズはいい村だけど、出会いなんてないもの)
 双子の姉がどんどん美しくなり、置いていかれたように思うミネアだったが、コーミズは農耕の村。 若者はみな、モンバーバラに出稼ぎに行くか、下手するとハバリアから旅立ってしまう。
 (まして隣にあんな綺麗な姉さんがいたら、出会うことも出来やしない。私にはあんな華はないもの)
 ミネアは自分の魅力に気がついていなかった。姉のような派手さはないミネアだが、未開花ではありながら その神秘的な魅力はマーニャには持ち合わせていない、犯しがたい聖域のような魅力が備わっていた。
 (いけない、いけない)
 心から雑念を取り払うため、ミネアは首を横に振った。そして水晶をもう一度見つめる。
 ミネアは姉の恋の行方を占おうと思ったのだ。一度も頼んでこない姉を、臆病ともすばらしいとも思ったが、 知ってみたい欲望には耐えられなかった。なんだかんだ言いながら、ミネアは姉を心から愛していたし、 だからこそ嫉妬もするし、憧れていた。
 叶えばいいと思う。バルザックはいい人だ。父の手伝いを怠ることなく、あくまでも向上心を持ち、 自分の研究を少しずつ続けている。姉にも自分にも良くしてくれる。はたで見てると脈が あるように思うが、9つ差だ、どうだかわからない。大人の人すぎて感情を読み取る事は出来なかった。 でも研究一筋で姉の方を見てくれないかもしれない。
 集中する。愛する姉と、親愛なるバルザックの恋の行方を…
 ぼんやりと見えてきた。そしてその映像は…不吉な予感に変わる!!
「え!」
 ミネアは水晶から身を引いた。台の上に載せていた水晶球が草の上に転がる。 思わずへたり込む。不鮮明でよくは見えなかったが、恋占いに似つかわしくない、不吉な映像だった。 そして、それはどこかで一度、感じたような予感だった。 水晶を見るが、もうそこには何も映ってはいなかった。残念なような、ほっとするような感じ。もうあんなものは 見たくないように思えた。もう一度占いする勇気はない。身震いがする。風が ほほに冷たい。ここは外だった。家にはマーニャがいるため、林のかげに隠れていたから。
 (そろそろ帰らなくては)
 父もバルザックも地下に閉じこもっているだろうし、ばれてはいないだろうが、そろそろ晩御飯を作らなくてはいけない。 しかし起き上がることが出来なかった。恐ろしくて。初めて見るようで、それでいて、 既視感のある、あのぼんやりした不吉な映像を思い出すだけで、心が縮こまるようだった。
「どうかされましたか?」
 暖かい、声がした。ふりむくと、牧歌的な男性が立っていた。見覚えがない、よその人だろう。
「どうかされましたか?美しいお嬢さん」
暖かい笑みで、もう一度その青年が尋ねた。
「な、なんでもありません。ちょっと、転んでしまって」
そう言って、ミネアは水晶玉に手を伸ばした。ミネアの顔は赤くなっていった。
(恥ずかしい、へたり込んでいるところずっと見てたのかしら。)
「私はオーリンと言います。エドガンどのに用事があり、この村にきたのですが、何か光るものがあり、 気になって来てみたら貴方が倒れてらしたので。大丈夫でしょうか」
オーリン、たまに父から聞く名前だった。キングレオ城の王立研究員の一人の息子だ。 もともと王立研究員とエドガンは仲が悪い。もっとも向こうが一方的に嫌っているだけだが。 父の研究のせいで、色々お株を奪われているらしい。その中でオーリンだけは父のことを慕っていて、 よく話し掛けてきて、色々錬金術について会話するのだと言う。
「私はミネア、エドガンの娘です。あの…」
 ミネアは今も顔を真っ赤にしていた。”光るもの”を一瞬自分の事だと勘違いしてしまったせいだ。
 (いやだ、もう。水晶玉の事なのに。さっきまで姉さんの恋占い、してたせいだわ)
「貴方がエドガンさんの自慢の娘さん、ミネアさんですか。はじめまして。ちょっと失礼」
オーリンはミネアの前のしゃがみこみ、手をミネアの額に当てた。
「熱で倒れられたんでしょうか?お顔が熱いですね。失礼します。」
 そういって、オーリンはミネアを抱きかかえ、持ち上げた。ミネアの顔はますます火照った。
「あ、あの!オーリンさん」
「せっかくです、このままお運びしましょう。エドガンさんの家を案内してくださりませんか?」
「私、大丈夫です、あの」
 ミネアはこういうことに免疫はない。ますます顔が熱くなる。
「光の先に、このような宝があったとは。私もなかなか幸運な男です」
そういって微笑むオーリンに告げられる言葉はもうなかった。 ミネアは右とかまっすぐと言う道案内のほかには何も言えず、顔を真っ赤に火照らせたままだった。

 遠くに、ペスタの声が聞こえた。

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