「そういえば、色々結婚話が持ち上がっていたことは、話に聞いておりました。王はそのことについてどのように おっしゃっていたんですか?」
 ブライがいけしゃあしゃあと聞くと、宰相が顔をゆがめる。
「うむ…余り乗り気ではなくてな。先日だが、コナンベリー地方の貴族のご令嬢をご紹介したんですが…」
「ああ、噂は聞きました。…話題と言えば自らの家の自慢と、宝石、ドレス、舞踏会の話ばかりだったとか…」
 ブライの言葉に宰相がため息をつく。
「あまり賢くないご令嬢だったからな…まあ、それはたまたまだっただけだ。」
「その後が…たしかソレッタの王女様でしたな。」
「そうだ!今度は失敗しまいと、楚々とした女性を探し出し、王に紹介したのだ!」
 召使いが運んできたお茶をそっと飲み干し、ブライがまたもや冷たく言う。
「今度はおとなしすぎましたな。三時間、王の質問に答えるだけだというのは…」
 宰相もため息をつき、紅茶を飲み干した。
「そうなのだ…そこで王はお怒りになってな…『いいかげんにしろ!これは一体何のつもりだ!』と、こうなのだ…」
「ほう、それで宰相殿はなんと?」
「『王様が国政に力を注ぐ事は真に結構でございます。ですが王もそろそろ次代の王について考えを めぐらさなければならぬときです。その機会に他国との絆を結び、国を豊かに するのが王族の義務です』と…」
「なるほど、ですがそれでは逆効果では?」
 ブライの言葉に宰相は力を込めて言う。
「まさにそうなのだ!王は『私は確かに王族だが、自らの全てを国のために犠牲にする気はない!』とご立腹でな…」
「ふむ、そしてそのあとは?」
「うむ、王はそのあと無言で仕事をなさって…ちょっとまてブライ。」
「はい、なんでしょう?宰相閣下」
 無表情で問い掛けたブライに、宰相は愚痴モードを解除して叫んだ。
「おぬし、知っておるのではないのか?なぜそんなに詳しいのだ?!」

「私は噂に聞いたまでですよ。」
 昨日の夜の話を思い返しながら、無表情に言った。
「そんなことよりこれからのことです。まさかこれからいらっしゃる姫やご令嬢に、『王は出奔しました』などとは 言えますまい。それに、他の仕事の事もあります。」
「うむ、しばらくは私が仕事を変わろう。会議といったものはおぬしにも出てもらいたい。しかし それもいつまでもつか…」
「宰相。大丈夫です。王はサントハイムを愛しておられます。…国政に支障が出る前に必ず戻っていらっしゃるように 私は教育いたしました。」
 そういったブライを宰相はにらんだ。
「…できればむやみに出奔せぬよう、教育して欲しかったがな!そもそもお前のせいだ。お前が やたら甘やかすから悪いのだ」
「私は甘やかした覚えなどありませんが。」
「いーや!おぬし、何か知っておらぬか?王の居場所はどこなのだ?」
 いつもの無表情をつらぬき、ブライはあっさりと言う。
「いいえ、知りません。居場所なんて、知っていれば一番に宰相殿に報告いたしますとも。」


 サントハイム王国を訪れるはずの二人のご令嬢は、サントハイム王は原因不明の病に伏せったと聞き、お見舞いの 言葉を述べるに到った。
 ブライが兵士に聞いたところ、朝一番に若い男が尋ねてきて宝石を一つお金に換えて行ったという事。
(下手にたくさん宝石を見せると、目立ちますからな…王も本格的に旅するおつもりか…)
 王は剣の腕もたち、そこそこではあるが魔法の使えた。今の平和な世の中、そうそう危険はないはずである。
(本格的に旅をするなら、エンドールの旅の扉だな…)
 そう思い、旅の扉を管理する兵士に尋ねると、その日の昼に、フレノールの村人集団が使っていったとの事。どうやら キメラの翼でフレノールまで行った後、旅行の人間に紛れ、旅の扉に行ったのだろう。ますます 計画的である。
 そこまで判ると、ブライは即刻国内の調査を大々的に依頼した。見つからないであろう所を探し少しでも時間稼ぎをすることに した。
 そして王の代理調印や会議に出る事、一ヶ月たった日のことだった。


「王様!お帰りなさいませ!」
「王様!心配しておりましたぞ!」
 その声に、ブライは自室から城門へと急いだ。
 深く頭を下げ、ブライは王にかしこまって述べる。
「国王様、お帰りなさいませ。国王が高貴なる理由で出奔なさってからと言うものわたくしのみならず、 一同が心配しておりましたが、王はご機嫌麗しく、わたくしも心よりお喜び申します。」
 ブライの言葉に苦々しくも笑いながら、
「まあ、そう言うな。ブライのような優秀な者がいるからこそ、私も旅立てたのだ。」
「それはそれは、大変光栄でございます。わたくしどものような者をかってくださり、信用してくださったなど、 自らの身に勝るほどの栄誉でございます。ですが、王の高貴な仕事はわたくしどもの卑しい身ではとてもとても こなせるものではござりませんゆえ…」
「ああ、もういい!」
 ブライの嫌味が挨拶の一部だとわかっている王は、横にいる女性の手をそっと取った。
 最高級のルビー。
 ブライがまず目に付いたのは、その緋く輝く瞳だった。
 その女性は、湖に浮かぶ、一輪の花…そう思わせるような、においたつ 美しさと可憐さ、そしてたおやかさを持ち合わせた女性だった。
 女性ははにかみながら、ブライに礼をした。その笑顔がブライの頭へと焼きつく。
 ブライに一歩遅れて現れた宰相にも聞こえるよう、王は良く通る声で言った。
「この方はユーナ・レディル。サントハイム王妃となる女性だ。」
 宰相が卒倒した音が、ブライの背後で響き渡った。


 一夜にして、その噂が城中を駆け巡った。
 ユーナ・レディルはボンモール地方に古く伝わる貴族の令嬢だった。
 ただし、その権威は既に失われ、その暮らしぶりは裕福な商人より劣る。領地も ほとんどなく、ボンモール王家の血にも何十代前から関わっていない、落ちぶれた貴族だった。
 当然、宰相はもとより、サントハイム貴族達、王族の遠縁、そして王家の中枢にいるもの達は反対した。

「ブライは知っておったのじゃな!」
 バン!とテーブルが叩かれる。テーブルに置かれていた紅茶が零れた。
「はて、何の事でしょうか、宰相。」
「とぼけるつもりか?王の目的を、知っておったのか?」
「はい、宰相閣下。」
「なぜ、事前に言わなかった!」
 詰問する宰相に、ブライは相変わらずの無表情で答えた。
「聞かれませんでしたので。」
「そういう問題ではない!もし知っておったら…」
「知っていたらどうなったのです?居場所がわかったわけでもなし、先に縁談を用意していれば、 そのご令嬢に恥をかかせることになりますし、王は逆上するでしょう。」
「だが!」
 なお怒り足りない宰相に、なおもクールに言い募る。
「ここで私を詰問するより、なさることがあるのではないですか?宰相。」
「むう、そうだった。」
 そう言って宰相は立ち上がる。扉を開けてブライの部屋を出て行こうとしたその時、宰相は 振り返る。

「おぬしも無論、王に反対の立場であろうな?」
 今まで無表情だったブライの顔に、一瞬戸惑いの色が見える。だが、それは一瞬だった。
「…私はいつでも、王を正しい方向へ導くのが努めです。」
 それだけ聞くと、満足げに宰相は出て行った。


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